彼女にとってそれは、真赤の点だった。

「天井を這って……! くそっ、民間人! 前に出ろ!」
「前は掃討した! 今なら安全だぜ!」

 点が止まるのを見て、横にブーストをかける。
 ぱしゃりと跳ねる液体を聞いて、銃口を向ける。
 加速の重みを無視し、引き金を引く。
 
 前線の彼らが弱らせたのだろう、その怪物は無数に閃くプラズマの刃に覆われ、すぐに天井から滑り落ちた。壁を蹴り、怪物から距離をとって着地する。焼き切られたパーツがボトボトと落ちては床で跳ねていた。

「……大丈夫です」

 バイザーに飛び散った怪物の体液を振り払い、再び彼らの隊列へと加わる。隊員達はこちらを見て震えていた。払った体液を当ててしまったかと考えるが、どうやら違うらしい。皆が口々に話し始める。

「やるじゃねえか民間人!」
「軽やかな身のこなし……さすがダンサーだ!」
「気を抜くなよ。一滴だって致命傷になりかねない」

 隊員の一人が跳ねた液体を指差す。液体は泡を立てながらジュウジュウと少しずつ床を溶かし、さらに地下へと潜り込んでいく。
 まさかと思い、さっき振り払った体液を見る。ベッタリと壁に張り付いたそれは、時折非常ランプで赤く照らされていた。

「床が泡立ってる……それにこの匂い、酸か?」
「あいつら酸を吐いてたのか! おい、それじゃこの体液も……」
「こっちは問題ないみたいです。むしろ何だか、ちょっと爽やかな気分になった感じで」
「民間人!?」

 嘘じゃない。怪物の体液を見ると、ちゃんと奴らが死ぬのだと実感できる。穴だらけになった表皮を見ると、私が殺したのだと安心できる。乱雑に焼き切った牙を見ると、仇を討っている確信が得られる。
 
「武器の扱いには慣れたようだな。その調子だ」
「……Sir, yes sir」

 隊長の言葉で、ふと我に返る。とっさに映画で見た言葉が口をついて出た。彼は軽く頷くと、隊の先頭をとってまた歩き始める。この分隊は、民間人――私を安全な場所へ連れて行く、という目的を持って動いている。身を守るためにと渡された武器を、仇討ちに使っている私とは違う。

「にしても、どこに行っても怪物がいやがるな」
「死体も多い。善戦はしてるみたいだ」
「それなら他の隊に会ってもいいはずだが……」

 隊員たちは話し合いながら、隊長の後に続き通路を先へと進んでいく。隊列を乱さないよう、私もその後を追っている。
 やがて見えてきたのは大きな壁だった。左右にはレールが付いており、壁がスムーズに上に開くように設計されている。それは非常時に各通路を区切り、被害地区を抑えるための隔壁だった。さっきはこれを開けた瞬間に敵が襲ってきた。次もそうなる保証はない、それでも予想はつく。

「隔壁を開けるぞ」
「問題ありません」
「リロードは終わった。いつでもいいぜ」
「いくぞ、民間人」
「はい」

 ヘルメットに手を当て、バイザーに映し出されたレーダーの大きさを調整する。十、二十匹は居るだろうか。赤い点は隔壁の向こう側で忙しなく動き回っているようだった。
 
「戦闘用意!」

 隔壁が上がる。