「そう、私の依頼は最高の毒を作ること」

 毒人形、メディスン・メランコリーは静かに言った。
 紅魔館の一室という、幻想郷で普通に賢く暮らすなら絶対に入らない場所でさえ、彼女は少しも怖気づくことなく。
 その声は体に似合った小ささでありながら、確かな『強さ』を持っていた。

「なるほど。わかったわ、帰れ」

 しかし私にはそんなの関係ない。速やかに帰宅を勧めるのが私のやることだ。

「ひどい! まだ詳細も何も話してないのに!」
「委細構わず帰宅しなさい。私達は非合法集団じゃないのよ」
「嘘だ! だってあの天邪鬼をかくまってるじゃない!」
「囚人は刑務所に匿われてはいないのよ。ほら帰りなさい」
「やだやだ! ここに来るのどれだけ大変だったと思ってるのよ!」
 メディスンはソファに張り付き、絶対に動かないぞという強い意志で私を睨みつける。
「興味本位で幽香さんの向日葵折って生き延びるくらい」
「えっ、いや、さすがにそこまでじゃないけど……」
「じゃあいいわね、お帰りなさい」
 でもやっぱり関係ない。ソファに張り付くなら、ソファごと持ちあげればいい。見た目これでも大妖怪なのだ。というか地底で鬼相手に戦っていたせいで元から腕力はあったけど。腕が太くならないのが不思議ね。
「ちょっちょ! なんでそんなに帰そうとするのよ? 私は依頼人よ! クライアントなのよ!」
「503, Service Temporarily Unavailable」
「一人で処理能力超えるサーバーなんて捨てなさいよ!」
「いやなんで反応できるのよ」
 彼女のことは聞いたことはないが、この外見で一人で紅魔館に来れたのを見るにおそらく野良妖怪なのだろう。なのに外の世界の知識にも通じているとは。最近の幻想郷、進んでるな。
「とにかく、私は依頼を受けてくれるまでここを動かないからね!」
 メディスンがソファから飛び降り、床に貼りつく。考えたな。さすがに床を動かすことはできない。本当に動く気はないようだし、ほっといて紹介でもしておこう。

 私の名前は封獣ぬえ。命蓮寺の居候にして、紅魔館のとある部屋に集まる集団の一員だ。
 集団の主な仕事は何でも屋。依頼が来れば今日の晩ごはんの案出しから六面ボスまで務める。来れば。無論選り好みはするが。
 構成人数は五人。フランドール、こいし、私、天邪鬼、そして胡散臭い地底の河童。河童はほとんどここに来ないが、一応一員ではある。
 就業時間は適当。そもそも遊びついでに始めたことなので、何も決まってない。何となく集まり、何となく解散。それでも依頼人が来るのは、珍しい妖怪の何でも屋だからか。私としては面白いから何でもいいけど。

 そして今日もなんとなく早朝から集まっていたら、この野良人形がやって来たというのが事態のあらましだ。……それにしてもこの子、本当に動かないわね。どうしたものか。そうだ、カーペットごといってみるか。

 そう考えていると、ふと部屋の中に何かの違和感を感じた。違和感の方向を見ると、そこに妖怪が一匹、膝を抱えて座っている。

「ずーいぶんと啖呵切るねえ。そんなに毒が作りたいのかしら」
 突然部屋の中に現れた彼女が、首を傾げていた。
 彼女の名は古明地こいし。見た目そんな感じは全く無いが、無意識を操り、無意識に生きている妖怪らしい。地底にいる頃からの知り合いでもある。あまり知り合う気なんてなかったのだけれど。
「ていうかテメー、依頼するほど切羽詰まってんのは人形解放じゃねえのか? 毒なんざその副産物だとばっか思ってたが」
 そのこいしに応えるように、机に足を投げ出して寝ていたはずのクソ野郎が、本の覆いの下で口を開く。
 鬼人正邪。異変を起こしたただ一人の天邪鬼で、全世界の敵であり、私の敵だ。今は指名手配は休止中らしいが、そんなの知った事か。すぐにでも冥府に送ってやりたい。だが、そうできない理由がある。
「えー、あー、うーんと」
「自分の一番の願いは、自分で叶えるから大丈夫。でしょ?」
 天使の微笑みにより、私の戦闘意欲も消え去った。
 フランドール・スカーレット。この地上を慈悲で覆うために顕現した大天使フラエル改め私達のリーダーだ。今日もかわかっこ美しい。ちょっと命蓮寺のカレンダーに微笑み記念日追加してくる。
「あー、うんそれそれ。採用!」
「今後ますますのご健闘をお祈りしています」
「不採用!?」
「で、ホントは何でなのよ」
 私がそう聞くと、観念したのかメディスンはすぐに答えた。
「いやー、間違っちゃいないのよ。私は人形を解放したいんだけどさ、最近毒作りの奥深さにハマっちゃって」
「うんうん」
「もう四六時中毒のことしか考えられなくて」
「四六時/中毒?」
「違うわよこいし」
「だから完成させれば強制的に終わらせられるかなって!」
「それ二周目始めるだけじゃないの?」
「その有無すら言わせない! 最っ高に最っ高なハッピーエンドってやつを!」
「なるほど、私等にピッタリってわけかよ。あぁ?」
 天邪鬼が不機嫌そうに応答する。おそらく単にハッピーという言葉が気に食わなくて、適当に難癖を付けたのだろう。なんとも単純な奴だ。
「……と、とにかく! このメディスン・メランコリーには最高の毒を作る夢がある! さあ依頼を受けなさい!」
「過去最高に不敵不敵しいなあ」
「もしかして今勇気を褒められてる!?」
「そんでもって最悪にポジティブだなこいつ」
「いいじゃない。変に悪用する気もないみたいだし、受けちゃいましょうよ依頼」
 ぐっ。フランドールにそう言われては、断りづらくなってしまうじゃないか。けれどここでいきなり手のひらは返せない。フランドールは大きな力を持っているが、それに対して善良すぎる。あれではいずれ能力を悪用されてしまう。
 だから私が代わりに慎重にならなければ。依頼人が善か悪かを判断するのは、私の大事な仕事の一つだ。ただ反対するだけの馬鹿邪鬼とは違う。
「……最高の毒が出来たとして。あなたはそれをどうするつもり?」
「決まってるでしょ? 処分するわ。なんなら調合法も消去していいわよ。私は毒が作れればいいんだから!」
「処分の見当はついてるの?」
「ふっ。伊達に永遠亭通ってるわけじゃないわ。一万種程度の毒なら調合しても解毒できる」
「誰かで実験しないと、最高の毒かどうかはわからないわよね。それは誰に頼むの?」
「心配無用! もうすでに八意永琳に協力は取り付けたわ!」
「この子本当に野良妖怪?」
「メディスン・メランコリーよ!」
「そういうこと聞いたんじゃないのよねえ」
 その後も同じような問答を続けるも、彼女は淀むことなくスラスラと言い返す。ああもう、この子凄く真剣に考えてる。これじゃあ結局断れないじゃないの。
「……わかったわ。引き受けましょう」
「やったー! それじゃあしばらくよろしくね!」
 メディスンは床から跳ね起き、私に抱きついた。やめろ。離れて。手違いでソファ落とすわよ。
「さぁて、決まったからには方法探さなくちゃなあ」
「はいはい! 古明地こいしは黒谷ヤマメを推します! 毒と病気。これほど相性のいいものもない! 本命で!」
「ならフランドール・スカーレットからはパチュリー・ノーレッジを出すわ。錬金術の心得もあるし、もしダメだったとしても占いで次に頼む人の目星をつけられる。対抗ね」
「……何、大穴出さなきゃいけないの? じゃあ霍青娥。煉丹術に通じて、何より邪悪だからこの話に乗る可能性は高い。問題は乗られても困ることだけど」
「そんでここに私の(推薦する)霧雨魔理沙を加えて、さあ選べ! お前に全ては託された!」
「なんか急に提示された!? え、えーっと……」
 メディスンは焦りながらも、私に目配せする。いや、なんで私が助けると思ってるのよ。自分で選びなさいよ。そう思いつつ、メディスンの手にそっとある物をのせる。

「!」

 メディスンの顔がぱっと明るくなる。

「依頼料上乗せね」
「!?」

 一瞬で萎んだ。ふむ、面白い。これ機会があったらもう一回やろっと。

「じ、じゃあ公平にこれで決めるわよ! いけえ!」

 ヤケクソ気味にメディスンはそれを投げた。