人に抱えられるとかレアな経験だと思ってました。まさか生涯で三度もあるとは思ってなかった。そしてそのうちの一つをここで消費するとは夢にも思わなかった。獏だけに。わぁうまーい。
「何を言ってるんだ、君は!今の状況を考えたまえ!」
本日二度目のたしなめです。今日は大安売りだね、ドレミー。いや、今日が大安売りなのかな。髪切った?
「……いかん、完全に狂っている。無理もないか。あんなことになれば――」
「あなたの身柄だよ」
そう言い放ったこいしは、にたりと笑い、コードでドアに鍵をかけた。
「……は?おい、どういうことだ。」
「やだなぁ、正邪ちゃん。そのままの意味に決まってるでしょ?」
コードが伸びていく。十。二十。四十。待って待って、いたいけな簀巻きに何するつもりだ。ほらドレミーだって驚いてるんだぞ……驚いてんじゃねーよ。
「この大会はあなたの身柄を確保するために行われた、いわば偽りの儀式だよ。どうもみんな楽しんでるみたいだけどね。」
「ストップストップ。私にそれだけの価値はないだろ。もう指名手配は終わったんだぞ?」
ガラスの向こうでは白狼がドリブルしながらゴールへ駆けている。おかしい。人里の掲示板を前に見た時、もう私の写真は剥がされていた。これはつまりお尋ね者ではなくなったということだろう。もっとも、剥がす前と私の人里での扱いは何も変わっていなかったが。
「でもあなたには、いや、あなたの中にはあいつがいる。戦神タケミカヅチをもってして敵わなかった、アマツミカボシがね。」
「いやいやいや、あれが手を貸してくれたのは一瞬だけだったって。その後さっさとどっかいったぞあいつ。」
それに、その説には重大な欠陥がある。私の中にミカボシがいることを知らなければ皆動かないはずだ。
「たとえいなくとも、知らなくとも。その噂さえあれば、一体上位は何をするでしょうね。ちょうどそんな『噂』の異変もあったし。」
「……ちっ。」
確かにそうだ。噂が実体化する異変があった以上、神がそのへんの妖怪の中にいる。そんな噂を信じはしないだろうが、確かめはするだろう。本当にいたならば始末することも視野に入れて。ガラスの向こうに、スキマ送りにされた白狼の姿が見える。脱落三人目。
(待ちたまえ。話が読めないのだが。アマツミカボシ様は君みたいな妖怪に降りる神ではないはずだろう)
ドレミーは困惑している。まあ、あの時完全に蚊帳の外だったし、しゃーないっちゃしゃーない。
(そのミカボシ様か、もしくは私の神にでも聞いとけ。ってかなんで小声?)
(君は目の前の妖怪が敵でないと判断するのかい?あれでも?)
こいしは話しながらも、コードを練っている。形状、腕。こいしの持つ技の中でも捕獲能力が強めのものだ。それが五本ほど。私が全力を出しても逃げられるか怪しい。
「……ハッ。けどよ、こいし。それなら噂を流す役が必要だろう。一体誰が流したんだ?」
ならば会話でつなぐのみ。まだ攻撃してこないというならば、出来るだけ時間を稼いで脱出方法を探るべきだ。アイテムも一つもないし。
だが返ってきた言葉は意外なものだった。
「え?私は何もしてないよ。というか誰も何もしてない。」
「は?」
「私はただ、バスケとか楽しそうだなぁ、って思って人を集めただけなんだけど。それにあの人たち、一人としてミカボシのこと知らないよ。お姉ちゃんが保証したもん。」
……どういうことだ。となると私を式神にでもするつもりか?いや、それはないか。この反抗心の塊を従えるくらいなら、もっと従順なやつを探すはずだ。それに弱妖怪が来る理由がない。
そこまで考えたところで、私の頭は最悪の答えを考えついた。最近幻想少女達の間で流行っていると聞くが、いやいや、まさか、そんな。
「……なぁ。覚が保証したってことは、心を読んだんだよな、参加者全員の。」
「うん。全員同じだった。」
「……なんて言ってたんだ?」
まさか。そんな。
「『絶対優勝して、鬼人正邪と結婚する』って!」
以上、回想終了。え?ドレミーに抱えられてる理由がないって?ドレミーに聞いてくれ。なんかその話を聞いた瞬間に私を抱えて逃げ出したんだ。ドアも蹴破って。
「常識的に考えたまえ。君の中にミカボシ様がいたと仮定する。」
あ、意地でも認めないんだ。うふふ、強情なんだから。
「君の意見は聞いていない。……妖怪の中に神を下ろす手法など、地上で聞いたことがない。もとより神降ろしは月の業だ。人はともかく妖怪には無理だろう。ならば主犯は月だ。」
ドレミーが壁を蹴ってカーブする。ほう、あの一瞬でそこまで考えつくとは。やるではないか。
「正解か。君に月の手法が施されたなら、必ずどこかにその跡が残っているはずだ。それも見逃しようのないものがね。『ケッコン』すればそれがバレてしまうかもしれない。」
ドレミーは壁を蹴って上へ登っている。地霊殿地上直通連絡用通路、間欠泉管理センター前だ。飛べよ。
「それよりこの方が早い。一体なぜ君にそんな手術が課されたのかは知らないが、地上の奴らにそれがバレるのはまずいだろう。月の民が地上に手を加えた。ただその事実だけで八雲紫が私達をつき崩してくるかもしれないのだ。」
ふむ。だったら探査機の時にやってそうなもんだが。
「あれは緊急処置だ。現に人妖に手はまだ出していなかった」
まだってことは出す予定だったのかよ。タチ悪い。つーかどこに向かってんだお前は?まさか月に私を幽閉する気か?
そう言うと、ドレミーは立ち止まった。縦穴の途中で。まてまて、せめて安定なとこで止まれよ。
「……考えていない。私の一存で月に貴様を住まわすわけにはいかないし。これ以上サグメ様に頼るのは、サグメ様の立場を危うくする。」
「……」
考えてねーのかよ、というツッコミはさておき。
私にはわからない。いや、この後どうすればいいか、とかではなく、『鬼人正邪を殺す』という発想にこいつが至らない理由がわからない。
なにせ普段から私を恨んでいるのだ。しかも今私は簀巻きである。抵抗なんてしようにも出来ないのだ。最大のチャンスだというのにどうして手を出さないのか。ぬえを見習えよ。口が裂けても言わないけど。
代わりに言う。
「だったら、あの姉妹を信じてもいいんじゃねーの?」
「何?」
「会場を見渡した時にいたんだよ。桃食ってばっかのやつと明らかに雰囲気の違う剣持ちのやつがな。」
「!!それって……!」
嘘は言ってない。桃を食い続ける扇子持ちの女など何人もいないだろう。間違えそうな亡霊姫はなんかさっさと脱落したし。
剣持ちの方も、闘気に見せて炎出してたしほぼ確実だろう。剣と炎の両方を修めるやつが幾人もいては私は今頃捕まっている。
……もっとも、幻想郷にはそいつらに化けられる妖怪とかいくらでもいるのだが。
「信じてやってもいいんじゃないか?お前だってこれは渡りに船のはずだろう。」
「……私は……」
ドレミーは押し黙った。あのふたりに任せた方が安全だ。しかしすべて任せてしまっていいものか。それに悩んでいるのだろう。やがて口を開いた。
「私はっ!」
しかし、私はそれを聞くことは出来なかった。
単純である。いったいこいつはどこで立ち止まったでしょう?配点はなんと八点だ。
「え?……わ、わぁぁぁ!!」
答えは『足場の不安定な崖』です。正解者には私が明日掴んだはずの希望をプレゼント。崩れゆく崖とともにバイバイ現世。
「……だから安定したとこで止まれって言っただろうがァァァ!」
私の声は空しく縦穴に響くのみだった。
……あれ?私、何も言わなかったら地上に逃げれたんじゃね?