体から棘が生えた。
 たったそれだけの情報から、私はどれだけの物語を想像し、また幾億の人びとがそれを読み語り受け継いでいくだろうか? それを知ることに関して私は興味を持つものの、明日を今まさに手放した私にとっては取るに足らない道端の砂利に等しい輝きを放っている。そもそも未だ単なる記憶であるこの思いを誰かに伝えることなど不可能に違いない。だがしかし、記憶として残せるということは誰かがいつか考えた、あるいはいつか考えつくという事実に対した証明の証左に他ならない。これは私が普通の存在であるという考えに基づくのではなく、人の考え得るものすべて取りうる可能性に等しいといういつかどこかで自分に取り入れた考え方にその根拠を頼る。したがって、私は末期の末期だとしても無駄へ変換することのできない思考に囚われ続けることを選ぶのだ。
 そも、この棘とはいかなるものか。実際、これを棘と形容するのは少しばかり語弊が生じるかもしれない。私の胸を貫き天を仰いでいるこの棘は、私の体に心臓はおろか肺臓一つを完璧に穿ち抜くほどの大穴を開けているのである。引き抜いてくれれば風も通るだろうに、この有様では蛆も何から食めばいいものか迷いを生じることがあるかもしれない。それならば私は鳥のみにこの身を捧げようではないか。肉を取りやすくするために力を抜き、目を取りやすくするために大きく見開く。けして自然に動物が迷い込むことのないこの密室においても、私が取りうる行動とその原理は野生に頼るより他になかった。そうでなければ、この部屋を霊安室と変える私の蛮行を認めてもらっているという自覚さえもなければ、私の身体の死後について死後も苦慮せねばならないこの結末に私は苦しむことすらできないのだ。
 やがて私の首に、重く固く大きく研ぎ澄まされた刃が迫る。
 辛く、苦く、静かで、暗く。そんな善意で舗装された安らぎへと至る道を言葉で蹂躙し、死への実感を強欲に撃墜する。私という存在が消えるその瞬間に思い至ったのは、終に私は許されたという安堵と形ばかりの後悔だ。それらの隙間に入り込んだ怨嗟と憤怒の感情が、幾重にも折り重なり私の存在をここに繋ぎ留めている。死んだ瞬間に誰もが手に入れるのは死んだという事実だけだから、私が手にしたこの解放感は私だけの真実であるのだと心に刻み込み私は明日も生きていく。

 ああ、そうだ。私は明日も生きていく。

 生きていく。

 生きて。

 いくのに。

 この棘。

 邪魔だな。

 「火符『アグニシャイン』」

 私ごと焼けた。おかげで胸の傷口から出血することなく回復魔法を唱えられたからプラスね。そもそも胸を刺された時点でプラスだけども。いくら回復魔法を使えば元通りとはいえ、もしも子宮とかぶっ刺されたりしたら私もそれなりに怒る。なんか、こう、貫通済みとか言われそうでやだ。
 というか、種族魔法使いって心臓無くなっても即死しないのね。初めて知ったわ。多分科学的に血液で生きているっていう状態より、妖怪的に体が動くから生きているっていう状態のほうが優勢なんだろう。そう考えたらなんか無敵な気がしてくるが、あまりはしゃぐとまたフランに怒られるから程々にしないと。
 さぁあぁあぁて。