「ええ、お父様。あの子ならもう、全部分かってるかもしれない。」
レミリアは何もない虚空の上に手を置いた。まるで、ちょうどそこにある誰かの頭を撫でるように。
「そうでしょ、フラン」
「……」
手の中の虚空からフランドールが現れる。フランドールが好んで使う、透明化のスペルだ。
「もう、破壊で透明化するのはやめときなさいっていってるでしょ。あなたの能力は危ないんだから」
「……ごめんなさい、おねえさま。でも、聞かなくちゃって思って」
「私はね、お姉様。絶対になりたかったんだ」
「みんなみんな、相対なんだ。みんなが居なきゃ私はいない。私が居なきゃみんなはいない」
「それがすごく恐かった」
レミリアは、フランの告白を静かに受け止めていた。
いや、反論も何も出来なかった、という方が正しい。
だって彼女は、生まれた時から紅魔の王だ。絶対的な君主だったのだ。
相対的なことに苦しむだなんて考えたこともない彼女には、フランドールにかける言葉を見つけられない。
「お姉様、私達は吸血鬼だわ。祈る神なんていない」
「安心なんて見つからない」
「安全なんて存在しない」
「相対的なこの世界じゃ、安定なんてすぐに壊れてしまう」
「だから私は、逆をとったのさ」
「壊せばいいんだ。他の何かが壊してしまう前に、私が壊せばいい。」
「何が壊れたか、どう壊れたか、誰のせいにするかはみんな違う。相対的だから不安になる」
「それなら私が、私だけが安心を壊す絶対の存在であれば」
「みんなみんな、逆説的に安心するのよ。そうでしょ、おねえさま」
レミリアの脳裏に、冷静な分析が舞い込む。
//彼女はトチ狂っている。自分と他人の境界が曖昧になり、自分を救うために他人を救おうとしている。けれど本当は自分は救われる程の価値もないと思っているから、他人にも罰を与えている。それを自覚しないでいる。
――けれど。
「いいえ。違うわ、フランドール。」
かける言葉が見つからない。
言うべき正解が存在しない。
「確かに面白い話だったわ。それでも私はこう言うのよ。『あんたは間違ってる』。」
「……そう。お姉様も強がるのね。真実から目を逸らすというのね」
けれど、それはここで黙っている理由になんてならない。
「でも心配はいらないわ、お姉様。そんな人にでも安心を与えるのが絶対なんだ。私なんだ。貴女は疑念を持たず、ただ負けていればいいのよ、お姉様」
「素敵なお誘いね。でも残念、受けられないわ。だって私は、」
正解の為じゃない。彼女が止める理由は、ただ一つ。
「私は紅魔館の主で、貴女の姉よ。
妹が迷っているなら、手を引いてやるのが姉の務めなのさ」
「ねえ、レミリアお姉様」
今日はあの日と同じ、
「――いい天気ね」
「……フランちゃん、フランちゃんてばー」
「もー、客室で寝てるもんだから吃驚しちゃったよ」
「ごめんごめん。椅子の座り心地が良くってね」
「おいおい、随分待たせたじゃねえかよ。強者の余裕ってやつかあ?」
「ふふ、それなら時間にきっちり来るのは弱者の強みかしら」
「けっ、ぬかせ。さっさと仕事始めんぞ」
「今日は予約が入ってるわ。眠いなら、来るまで寝ててもいいわよ」
「いいえ。せっかく起きたからね。歓迎の準備をしましょう」
「妹様。お客がお見えになりました」
「ご苦労さま、咲夜。下がっていいわ」
「仰せのままに」
「さて、と」
だから、助けは必要ない。
「いらっしゃいませ。ようこそ、依頼屋へ」
私はもう――救われているのだから。