回収フラグ
- 竹水筒
- 赤河童
- 山の不穏
空を飛ぶということは、空を飛ぶということです
発言者を除くならば、やるべきことはやらないと終わらない事を示してくれる名言だと思います。
戦闘描写をねっとり書くとエタるという現象にようやく気がついたので、以降はまともに戦闘しません。
「まずは軽く。見定めるぞ、貴様の強さ」
というわけで、イベント戦闘。VS. 椛(無手)です。
美鈴さんに勝るとも劣らない気力スキル、種族由来の爪と牙、補助とはいえ侮れない火力の妖力スキルでガンガン攻めてくる強キャラです。お前のような下っ端がいるか。なお一番強いのは身の丈に合った刀を持ったときだったりします。
原作からは想像もつかない強化っぷりですが、これには訳があります。
このゲーム、条件を満たすと原作でいう弱キャラもやたらと強くなるシステムがあるのです。有名どころでは札を外したルーミア、記憶を完全にしたエタニティラルバですね。マイナーどころでは力の使い方を知った清蘭、心を蝕む毒メディスン。
椛さんの条件は見ての通り『威嚇を止める』です。誰だってそうでは?
さしものZootheraもその通りだと思ったのか、Ver.e381bfe3819fe381aaで『部下が傷つけられる』『射命丸に使われる』『暇である』などの条件が追加されました。これで簡単に椛さんを強化できるようになりました。
と思いきや、このバージョンで条件自体に『満たしても確率が上がらない条件』になる確率が設定されました。性格が悪いよ。今回は八割近く満たしているので確率的には問題ありません。
「どうした! 動きが鈍い! 貴様というものはこの程度か!?」
ところで、そろそろ良くない点を見せておかねばなりません。山岳と戦闘は後でたくさん入れてもらうために少し失敗する、というのは前に言いましたね。
そのためのイベントがこの椛さんとの戦闘です。どれだけ上手く行ってもイレギュラーがあっては成績はつけられません。確定失敗になります。またこの戦闘は川下り中に発生させられるので、時間のロスもありません。二度目の山岳修行への布石はバッチリ。
「右腕だけでは防戦一方だぞ! 貴様はそれで満足か、侵入者!」
そんなこんなで、この戦闘は勝たなくていいです。失敗とはいえ中止されるわけじゃないので、むしろ負けてスキップしたほうがいいかもしれません。今回は当初の目的がまだなので生きねば。戦いの過程で『空紅』を取得します。
言葉にすれば簡単ですがこれが難しい。なにせ『空紅』にかかっている起点ロックは「上空100m以上で五秒間滞空すること」。それができないから覚えようとしてんだろ、と言いたくなるスキル堂々一位です。一体どこの天才向けなんだ。
「ならば私から本気を出す! はぁっ!」
陰陽玉を手首に当てて逸らします。右耳揺れ二回を合図に、1m先に左カーブ玉。
そんなものを今無理して覚える必要があるのかというと、これが意外とあるんですよ。
今更ですがこのゲーム、空を飛べるのが前提で敵の攻撃が作られています。基本攻撃は弾幕ですからね、そりゃそうよ。今のままでは敵の通常攻撃が不可能弾幕になりかねません。
特に今日の夜は外に出る、というかこのチャートは毎夜敵エンカ地帯を駆け抜けるので、早めに取って鍛えておかないと最悪死亡からのリセットコンボになります。例え妖精相手でも侮れば死にますからね、この幻想郷。いや集団に突っ込む奴が悪いんですけど。
「ち! またこいつか。ならば! 牙符っ!」
牙符『咀嚼玩味』。陰陽玉を噛み砕きに来ました。博麗の巫女が使う養殖陰陽玉ならともかく、ナチュラルボーン天然陰陽玉は限界を超えると普通に壊れます。あの牙の鋭さで1t2t出されたら当然が過ぎる。
もちろん破壊は許容できるロスではありません。くいっと。
「なっ! 貴様……糸使いか!?」
陰陽玉に噛ませていた糸を引っ張り、通常操作に急加速を加えます。これで躱せない速度の攻撃はありません。あとは気合で避けましょう。クリーンヒットしなきゃ陰陽玉は生きるので焦らずに。
「せっ! はぁっ! やっ! ふっ、見えてきた……!」
また、糸は破断耐性が全然ありません。椛さんが糸を切ろうとしないよう、炭触媒火魔法と帆布触媒風魔法で牽制します。このときに風があると火を操りやすい。
段々と対応されるんですが、それ込みでギリギリを演出しましょう。次の攻撃に向けて油断させていきます。
「――これなら、問題無いだろう。……しっ!」
一瞬のスキを突かれ、陰陽玉が蹴っ飛ばされてしまいました。私の方に向かってきます。
ここは身体強化の強度を活かし、下から掬い上げて上に反らします。さらに糸を引きつつ、ピンと張った糸に竹水筒を押し当て玉側に滑らせていきます。
こうすることで、竹水筒を支点にして陰陽玉を回転させられます。利点は手を怪我させず、かつ勢いを活かしたままに、突進してきた椛さんに陰陽玉を叩きつけられること。
「……!」
お手本のようなカウンターヒッ……あれ? 何で躱されてるんですか?
あの、甲板に思っきし陰陽玉叩きつけちゃったんですけど。卵の殻を割るような音声入ったんですけど。
あ、これ無理ですね。反応が無い。しばらく動かせません。陰陽玉、脱落となります。
いやでも、何で狙い読まれたんですか。だって今の完全に死角だったじゃないですか。戦闘中、しかも攻撃で距離を詰めてる最中に上を向く馬鹿が何処にいるんです。実際上なんて向いてなかったのに何で見えて……
「これで、一つか。次!」
右に行く素振りを見せ、ガードしたところをさらに右から回し蹴ることでほぼ背中を打つ技。
気力スキル『転廻駆身』です。まともに食らえば呼吸が乱れ動きが鈍る確保用スキル。一切左のフェイントを挟まない、頭脳プレイに見せかけた脳筋スキルともいいます。
この対処は簡単です。タイミングを合わせて伏せ避け、体全体のバネを効かせて軸足を狩りにいきましょう。
……!?
なっ!? 死角への軌道曲げ……かっ、カウンターに、カウンター!? おまっ、そんなの試走じゃ一回も……っ! 露西亜ガー……
「遅い!」
……くぅ! 右腕まるごと……いいのを貰いました。念の為根性を使わず体力を温存していましたが、その対策が功を奏した形です。いやほんと、こういう事があるからリカバリーって大事ですよねー……。
「……なるほど、読めてきた。貴様……格闘の経験もあるのか。玉使い、糸使い、それに格闘経験。在野で遊ぶには勿体無い」
……何で?
いや、心当たりはあるんですけども。椛さんは『千里先まで見通す程度の能力』者です。いわゆる千里眼ですね。
普段は哨戒に使ってるのであまり知られてませんが、この能力が戦闘で使われると360°死角が無くなる凶悪スキルと化します。遮蔽物無視、盲点無し、ISO650000ノーノイズ。これなら上からも下からも攻め込めないのは説明がつきます。
ただこれ、かなり身体への負荷がかかる行為です。慣れてなければ二分使用でも一日丸々寝込むくらいの負荷です。それをこの序盤で切ってくるとか、どう考えても並の警戒心じゃありません。
加えて私は一般人です。軽く強さを見定められるような一般人ですよ。一体何を恐れるところがあるんですか。山への侵入に天狗への危害程度、普通の魔法使いだってやってますよ。あれは射命丸さんが仕事してるっていうのもありますけれど。
……本当は、何しに来たんですか?
「? 聞いていなかったのか。私の精神を弄んだ貴様を懲らしめるためだ」
誤解を与える表現は止してくださいよ。けど不思議ですね、嘘を言ってるように見えません。というか椛さんって嘘はつけないタイプだったはずです。把握してる性格内では。
まさか、まさかですが。ここに来て屑運ですか。
懲らしめるのにも全力をかける獅子精神とか、平然と嘘をつける真面目系クズとか、そんな超レア性格引いてwikiを充実させちゃうあれですか。いいんですか。そんなことして。泣きますよ。
「新たな神が現れた今……我々は、貴様に負けている場合ではない。あの二人がなぜ負けたかは分かった。次は、私が勝つ番だ」
ん?
今
なんて?
「……新たな神が現れ」
は?
「えっ。何だ。変なことは言って……あぁ。新たな神が戻って来た。再び力を付けて帰ってきた。すまない、配慮が欠け」
名前。
「何?」
そいつ。名前。特徴。
「天弓千亦。虹色の服装に青空の外套、変な立ち姿で、決め台詞は『お前の命を|無《かみ》に返そう』。やはり、知り合いか」
……いいえ。
《《知りません》》。
「……嘘だろう。顔が真っ青だぞ。おい、大丈夫か。船医に見せたほうが――」
・
・
・
「はぁ……はぁ……」
「よし! もう少しよ!」
枝は弾け飛び、船がその雨を縫い進む。勢い良く回る舵輪を、船長がぐいと引き戻す。
船の中央のマストには十字架が括りつけられており、そこに磔にされた雛は、大きな枝を弾幕で逸らし続けている。
「やるな。見直したぞ、厄神」
「……知ってて……これ、やったの……?」
「そうだけ。どっ」
着地と同時、また勢い良く飛び出し、枝を切り飛ばす。
そんなこころの大立ち回りを、目を輝かせて見ている少女が居た。
「……すごい……! 身長くらいに太かったのに、一太刀で! こころ先輩! かっこいい!」
「褒めるな褒めるな。それより、次はどこだ?」
「曲がり角すぐ! 上です!」
響子の良く通る声が、こころに的確に指示を届ける。そこへ寸分過たず、剣戟が閃く。
ぱらぱらと舞い散る葉っぱが、雛の鼻腔に濃い夏の香りを届けた。
「へくしゅっ! ……あ、やばい。あの、一回解いて私の尊厳のため」
――その横を跳んでいく、影がある。
「わっ、ほ、豊夏!? 勝った……わけじゃないですよね?」
「元気じゃないか……侵入者! 貴様と神の関係は知らないが……このまま、帰すわけにはいかなくなった! 我々に同行願おう!」
声を背中に受けながら。
彼女は舳先に取り付き、ゆらりと立ち上がる。
そして名残惜しげにこちらへ振り返る、その頬を伝って。
つっ、と。
大粒の涙が、溢れていく。
「……えっ?」
その意味は、誰一人理解できない。
感情というものについて人一倍知っている、秦こころですら。
むしろ、こころには決して理解できなかった。
突然現れた、その感情の意味など。
「どうした――」
誰かがふと、零した。
その問いに答えるように、彼女が舞う。
正確には、舳先から船首に向けアンダースローで竹水筒をぶん投げた。
船体にぶつかった竹水筒が割れ、中身を辺りに撒き散らす。
何も知らなければ、それは単なる不法投棄だった。
「――!!」
けれど、椛には見える。
裂ける竹、漏れ出る水。河へ飲まれていく解けた紐。
そのどれとも違う「それ」だけが見えている。
記憶がちらつく。魔法使いを相手にした時、何度も受けた感覚。
それら全てのどの過去よりも、遥かに濃く粘ついた気配。
瞬時に判断する。「それ」が何を引き起こすか。
自分が何をするべきか。
緊張が肌を灼く。
口を開く。
「伏、せろぉぉぉぉおおおおお!!!」
――その日の文々。新聞の一面は。
久々に、空を飛ぶ船が飾ったという。
・
・
・
……20m……50m……90m。よし、100m到達。
というわけで実行いたしました空に出る方法。『船を水魔法でぶっ飛ばしてショートカット』でございます。空を通り、危険地帯を一つ無視することで革新的なタイムで川を下り終えられる、現在の川下り単体RTAでの主流ルートです。
「あーーっ!! 滑る! 落ちるぅ!」
「きっ、響子ぉ! これに掴まって! 私のアンカー!」
「ど、どこ掴めばいいですかぁ! 鋭い! あーー!!」
このルートには船を飛ばす能力が必要です。しかし最速でこの修行に突っ込むTWoAカテゴリでは、そういったスキルは取得していません。よって今まで採用する気はありませんでした。
なのにこれで出せる限界高度が測定された結果、100m滞空を五秒という条件をぎりぎり満たせることが分かっ《てしまっ》たので、益が大きいと判断し頑張って導入することにしました。検証班|絶対に許さない《いつもありがとう》。
なのでこれは前から決めていた行動であり、決して天弓千亦なる得体の知れないモノから一刻も早く離れようと形振り構っていないわけではありません。
考える時間を稼ぐための行動です。
「休憩は済んだわね? 雲山! そこよ!」
「あーー……あれ? 止まって……っ! 一輪さん! 雲山さん!」
……さて、このあとどうしよう。せめてもの、今後は山に関わらないチャートにしたいところですが……そうもいきません。というのも昨日聖さんと特別山岳修行を約束してしまったからですね。キャンセルしようにも本人は人里にいて手が離せませんし、なにより予定は二日後。たとえ聖さんが了承しても山が動くかは分かりません。
「…………」
「……! こころさん!? 大丈夫ですか!」
「|ひははんは《舌噛んだ》」
「おい! 何だ今の! 釘が折れちゃったじゃないか……どこだここ?」
もちろん、自分がその修行に行かないだけなら適当にサボってしまえばいいんですけど。今は命蓮寺からの信頼を得る段階なのでそれも出来ません。信頼は一度壊れると立て直しに時間がかかる上、一人目へのチャートの大事な布石にもなっています。あとからリカバリは効きません。
「空よ! 川に何がいたのかわからないけれど! 船ごと飛ばされてるのよ今の私達!」
「は!? ……いや、現にそうなってるのか。落ち着け、皆! 対応するんだ!」
「修理人の言うとおりよ! 冷静に対処しなさい! で、何すればいいの!」
「えっと、えっと……船長!」
つまり私は明後日、この不確定要素がいる山に入って一日まるまる使うことが確定しています。
……致命的では? 今までのミスは何だかんだ何とかできるビジョンがありましたが、今度の相手は初めての現象。上手く行くかもしれませんし、RTA、失敗です。
そう思った私はいつものように、
リセットボタンに、
手を添え、
「まずは――
――落下点を予測する! 白狼天狗! あなたは山の妖怪よね、この方向に何があるかわかる!?」
逡巡しました。
何故なら、滅多に拾えない『穢那の火』を拾っていることを思い出したからです。
リセットするのは、この火がどれくらいタイム短縮効果を持っているか確かめてからでも遅くない。
そう考えると、力は抜けていきました。
「逃すか、侵入……私!? え、ちょ、ちょっと待って……っ! 煙草畑!」
つまり試走に移行するわけですが、だからといってRTAまで投げ捨てるわけではありません。RTAはRTAやらないと上手くなりませんしここからノーミスなら記録は出ま……煙草?
「その近くに水場はある!?」
「水場!? 水場は……」
「畑の手前だ、船長! この川の続きだ! 急蛇行だが、着水は可能に違いない!」
「修理人!?」
畑……川……急蛇行? 見たことがある地形のような……いや、考えるまでもないですね。ここは舳先ですし、マップは大体頭に入ってますし。自分で下を覗いて現在地を把握すれば、あとは速度と方向をもとに落下点を予想できます。
幸いここは上空。下から見る景色よりは見慣れた光景ですから、現在地程度すぐに分かりますよ。どれどれ。
……
……
……え? これ、第四危険地帯も越えるじゃないですか。マジで? え、その、す川下り単体RTA更新しちゃうんですけど。いやいや、そんなわけ……マジで?
「私も……山の、妖怪だ! 方向が分かれば、何があるかくらいは分かる! 見えるか、椛!」
「手前、手前……あった! 確かに行けそうだ!」
「……」
……修理人さん。着水の衝撃はどれくらいですか?
「……バラバラにならない程度だ。川に落ちるとなると水深が足りない……すぐに錨で止めて、私達だけ下りるしかないだろうな。
その時は急げよ。お前は飛べない、というのは聞いているから」
…………あの、椛さん。水場、もう一つないですか?
「もう一つ? まあ確かに、畑の奥にもあるが……って何話しかけてるんだ、お前! 私は殺す気で来たんだぞ!」
あの。先程上げたメリットって、着水前提の話なんですが。着地しちゃったら文句なしの最低評価で山から命狙われるんですけど。試走どころじゃなくなっちゃうんですけど。手前に川があるのを見るに、これ飛ばしすぎましたね。何ででしょう、ざっと思いつくだけでも増水した川に破れた帆に残留した奇跡などがありますけど。
第四危険地帯も越えるじゃないですか。マジで? え、川下り単体RTA更新しちゃうんですけど。いやいや、そんなわけ……マジで?
はい、私のミスです。
手前に……川
そのつもりで川に向けて飛ばしたのに、なんか飛びすぎてる。
「よし、総員準備! その川にこの船を落とす!」
「な……無茶だ! 帆は破れてるんだぞ! 方向が変えられないのに、どうやって落とすつもりだ!」
あーそっか。帆がないからかー。
ちなみに船を飛ばさず、普通に下り切る安定ルートで良かったのではないかというとそれも無理です。このルートで練習を始めてからしばらく経つので、もう第三危険地帯をまともに越えられる気がしません。今の私にとってはこの空こそが安定ルートなのです。
しかも煙草って、外貨獲得の手段としてポピュラーな嗜好品じゃないですか。それを使う立場の方って、即ち強者です。このまま着地して煙草を潰せば、そういった強者から不興を買います。その時の最低評価は山に留まりません。下手すれば文字通りの全世界指名手配犯になりかねない。そうなれば試走どころか明日も定かでなくなります。なんでそんな火薬庫がそこに生えてるんですか?
状況が多くて早くて対処しきれない
しかも煙草ですよ、煙草。外貨獲得の手段としてポピュラーな趣味嗜好全振りアイテムです。そして趣味嗜好全振り出来る方って、それ即ち強者です。このまま着地して煙草を潰せば、そういった強者から不興を買います。その時の最低評価は山に留まりません。下手すれば文字通りの全世界指名手配犯になりかねない。
でも妙ですね、山って大豆とかお茶を栽培するとこじゃないんですか。煙草の栽培なんて聞いたことも見たこともありません。それに、そもそもこの位置は畑じゃなくただの丘だったはずです。これも千亦の仕業か?
「あ、あぁ。確かに手前に川はあるが……この角度と速度なら、飛び越えて畑に落ちるだろう」
「それは不味い!
「あの! ……ぁ、あの……話す暇があるなら、他に掴まってくれないかしら。……せめて、お腹以外で……」
「
「待って! ……ぉ、お腹は今駄目……もうちょっと、別のところを……」
「ん!? と、ここか!」
「んっ……」
現在マストには十字架があり、十字架には雛さんがいます。
つまり必然的に抱き合うことになります。
「待って! ……ぉ、お腹は今駄目……もうちょっと、別のところを……」
「ん!? と、ここか!」
「んっ……」
そうと決まれば次の仕事を始めましょう。水魔法で滑り降りつつ、雛さんを磔にしてるロープに狙いを定めて。
「え?」
「え、」
懐からの連続居合変哲ナイフ。
これでロープを切ってやれば、雛さんに掴まってる椛さんもセットで落ちて行きます。
先程までのスピードの比じゃなく動いているのは、余った魔力を全部身体強化に打ち込んだからですね。目にも止まらない速さで手足四箇所のロープを切ります。
肉体がついてってないので代償として体力が減りますが、いつものことだな。
「――っ! 雛!」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから付いてこないで! やっ、やることが、あるんでしょ!?」
雛さんも飛べるので問題ありません。
その事を思い出した椛さんが、再び船に戻らんと向き直り、全力で飛んできます。
しかし焦りが見えます。一直線でとても狙いやすい。
「!? ……かっ……壁……!?」
法壁(小)。
たとえ見えていても、回避不能なスピードで投げれば問題ありません。
肉体がついてってないので今度こそ右腕が逝きました。後で吊っておきましょう。
しこたま顔を打ち付けた椛さんが落ちていくのを確認。怒り心頭に発する凄まじい形相ですが、流石にここからもう一度来ることはありません。
それではごきげんよう……
「……しん……にゅう……しゃぁ……!!」
……ん? 何か、違和感が……あれ? 眼下に流れる川、あのヘアピンカーブ、あそこ《《いつもの着水ポイント》》じゃね?
ああそういや、いつもより河が増水してましたね。それで手前で飛ばしたはずなのに、勢いで本来の座礁ポイントどころか着水ポイントをも越えてしまったと。なるほど。
まあ問題ありません。予定のポイントを越えた以上、座礁という運命に変わりはないのです。むしろ確定的に座礁するので一周回って気が楽になりました。
「豊夏」
つまりこの先がどんなハードモードになるのかという想像に対し、その全てが無駄にならないという保証が付いたのです。運命の分岐に先立っては両方のチャートを引っ張り回している私はもう居ません。片方のチャートを出して内容を反芻するだけ。それだけで許されるのです。作業量は実に二分の一ですよ。その分を集中に回せば上手く行く確率は二倍になるということです。あれ? 二倍になるように頑張ったら作業量も二倍になってつまり一分の一では?
「あの、豊夏?」
あ、はい。何でしょうか、一輪さん。できれば左肩を叩いてもらっていいですか。今右を叩かれるとガチ痛い。ほう、なるほど。大事な話。すみません聞いてなかったんでもう一度お願いできますか。ありがとうございます。優しい。えーと、何々……
・
・
・
木の隙間を抜ける風に、狐色の耳が揺れる。
「ほう……」
「どうした、典。機嫌が良いな」
その耳には、敬愛する主人の声も届いていた。
典と呼ばれた狐の獣人が、襟首にかかる紐を弄りながら前へ向き直る。
黒いブーツに、青いワンピース。その上から黒いマントを羽織り、頭には青の頭巾が乗っている。
妖怪の山の大天狗。飯綱丸龍が、そこにいた。
「いえいえ。ここは良いところだと思ったのですよ。さぞや普段は散歩に丁度良いのでしょうと」
風は次第に勢いを弱め、しゃわしゃわと揺れていた煙草も沈黙する。その間に設けられた収穫道を抜けて、二人はさらに奥へ進んでいく。
やがて見えてきたのは、増水した川の奔流。
それはあたかも透明な壁にぶつかったように、不自然に横へ流れていた。
「ああ、そうだとも。そう言ってもらえるなら、こうして守らせた甲斐がある」
龍が透明な壁に触れる。しかし壁のようには止められず、手が濁流へと呑まれる。何かを確かめるように暫く手を止め、それから引き抜く。
この透明な壁は、いわゆる結界と呼ばれるものだ。駒草山如という山女郎の頼みで、龍がとある山姥に張らせたものである。
明日は大雨だ。このままでは煙草が洗い流されてしまう。何とかならないか。そういえば虹龍洞の警備の報酬がまだ余ってた気がするな。そんな不器用な脅しを聞き入れ、龍は一昨日の昼のうちに結界使いを探し出し、煙草畑を結界で覆わせていた。今日の彼女の仕事は、その点検だ。
「問題はないようだな」
ちなみに、山姥は縄張りから殆ど出ず、天狗社会とも不可侵契約を結ぶほどの閉鎖的妖怪である。
それゆえ煙草畑まで来いと言われた時の山姥は、それはもうとてつもなく不機嫌だった。
『山女郎でも何でも、うちはうちだ。心配して来たっていう上っ面はやめろ』
妙に策謀を巡らせた結果そう諭され、結局弾幕勝負で打ち負かしてようやく動いたのである。
ぶっちゃけ、初めから要件を言えば避けられた戦闘であった。
さもありなん。
「防火と利水の為の川が、こんな事になってしまうとは。見抜けませんでしたねえ」
「仕方ないさ、昨日の雨は規格外だった。龍神は幻想郷を洗い流すつもりかと思ったほどだ」
「神にも何か、苛つくことでもあったのですかね」
「さてな」
少し移動しては、また濁流へ手を差し込む。
それを何度か繰り返すと、結界に光が滲み始める。
その光は差し込んだ場所の向こう側、水の中で瞬いている。
やがてその一つ一つが光の線で繋がれ、更にその外側へと伸びていく。
それは結界の向こう側で描かれた、星空のようだった。
「真意は神無月にでも明らかになる。私達はこうして利益を守ればいい」
ぱきっ。
その軽い音と共に、光は一斉に輝きを失った。
手を引き抜く。
「さ、帰るぞ」
「……」
紺の手巾で手を拭い、マントを翻して煙草畑へ戻っていく。一歩、二歩。
典がその後を追う。一歩、半歩。やがて、その足は止まる。
龍が振り向く。
「何だ? あの赤河童を見に来たと思っていたか」
「……いえいえ。彼女はとっくに山を追放された身。あなたが気にする理由がありませんとも」
赤河童。つい最近、山の上層部から仕事を受けた地底の河童である。
人間と河童のハーフであった彼女は、どちらにも馴染めずに地底に籠もっていた。
しかしそのままではどちらの為にもならないと、山側から仕事の依頼を出し、和解のきっかけにしようとしたのである。
それは親切心だろうか?
否、断じて有り得ない。
彼女の持つ力、『あらゆるものを禁止する程度の能力』。これが野放しになったままである事を恐れたのだろう。龍はそう考えている。
ただ、上が何を考えていても、龍がやる事は変わらない。
上層部から実働隊へ、その仕事を正確に伝える。仕事がしっかり終わるよう、彼ら彼女らの士気を引き上げる一言を添えて。
やった事は、変わらない。龍の仕事はすでに終わっていた。
故に顔を出す必要はない。ここへ来たのも、結界の調査の為である。
断じて赤河童の視察をする為ではない。
確かにそろそろ船が通ると聞き及んでいるが、あくまで偶然である。
断じて赤河童へ心配など抱いていない。
何故ならその心配は、容易く憐れみに変わる。
たとえ山から追放された相手といえど、河童は技術のプロフェッショナルだ。
下を率いる大天狗として、山に参加する一天狗として、龍はそんな目で河童を見ることなど、許せなかった。
「分かっているな。その通りだ、それじゃ――」
けれど、それに思考の三割ほどが覆われていたのも事実。
彼女は一つの脅威に気付けなかった。
煙草畑で佇む典。
その口元が薄く、笑っていたことに。
「――なっ!?」
代わりに、もう一つの脅威には鋭く反応した。
遥か遠く、今頃は濁流の向こう側を流れているはずの船。
それがこちらに『飛んで』きていることに。
「逃げるぞ!」
気付いてから、龍の行動は早かった。
普段畳んでいる翼を広げ、ふっと宙へ浮かび上がる。
そして典に手を差し伸べる。
けれど、典は動かない。
それほどまでに、彼女は感情を抑えきれなかった。
(あの赤河童)
つ、と手を口にやり、その溢れる笑みと言葉を隠す。
代わりに頭蓋の裏側が狂喜に満ちる。
――持っていた。そう、まだ燻っていたのだ。
山への恨みが、消えることの無い怨嗟の炎が。
それを我々の資金源の一つである、煙草を潰すことで表明しようとは。
ああ――
何たる、甘美な復讐劇だろうか!
「何をしている、典! 早く掴まって!」
「ええ……行きましょう」
――だが、彼女は知らないのだ。
この煙草には、如何程に強固な結界が張ってあるのか。
山と決別した彼女は知る由もないのだ。
故に。
この結界が破れれば、私の主はどんなに曇るだろう?
故に!
この結界が耐えたのならば、赤河童はいかなる顔を見せてくれるのだろう!
胸中は期待に溢れ、その皮一枚に隔てた心を強く、強く高鳴らせる。
そうだ、私は菅牧典。ヒトに囁く管狐。
それでこそ赤河童、《《あなたを引き込んだ》》甲斐がある!
「許せよ、少し荒く行く……!」
そんなことを考えていたせいで、ほんの束の間、典の行動は遅れた。
龍の手を取り、振り落とされないようにしがみつく。
それがもう少しだけ早ければ、今頃典は龍の腕の中から、その最高速度の景色を眺めつつ、悠々とその場を離れられていたかもしれない。
しかし、龍は未だ加速中だった。
故に反応できない。
《《急に水平方向の速度を早めた、その船に。》》
「え」
故に被る。
「は」
――その舳先に立つブロンドの女に、衝突するコースへ。
「「――な、んっ、でぇぇぇぇ!!?」」
山は種族のサラダなので、気を付けてても地雷を踏むことがあります。
煙草ってこんな高原で育つの?
→在来種銘柄の一つである水府葉は山がちな《ref:https://www.hitachiota-osobayasan-kai.com/water_reservoir/》水府村で育てられてた《/ref》らしい。
そうでなくても煙草はナス科だし、まあ少々高くても行けるんじゃないかな。
多湿は煙草の生育に悪いらしいです。
なので水場に挟まれた位置で煙草を育てるかって言われると微妙な線な気もしますが、そこは農地と水場に高低差があるか、もしくは煙草が幻想種ということでなんとか。
典はこころの教育にクソ悪いです。
当初は典が煙草畑に残って出会う予定でしたが、飯綱丸様が典|を置いていく《に弱みを握らせる》わけが無かった。
この厄をもとに風邪を引くこころ