投稿するか悩みましたが、好きすぎてどこで見ても解釈違いになるよりは健全だと思いました。
「6時間。それがこの国の寿命だってさ」
中庭で飲むコーヒーが、一息にまずくなった瞬間だった。
味のしないそれを無理に飲み下している間にも、彼の鞄からはバサバサと資料が出続ける。そしてポケットから筆記具らしきものが取り出され、テーブルに広げられた資料に線を引いていく。
「着弾予測地点はこの範囲。被害予測はこの通りだね。半壊で済みそうなのが青、全壊で済みそうなのが黄色。で、赤色は消滅予測。地盤ごと消えてなくなる」
そのうちの地図に四つ、円が描かれた。青色は大陸の半分を覆い、黄色は隣国を含めた大半を覆っている。そして赤色は、私たちが今いる屋敷を覆って、なお余りある範囲だった。つまり逃げられない。
「……とまぁ、いろいろ分かってもね。僕にはさっぱり対策が思いつかないわけだ! だから二人とも、頼むよ『隕石攻略』!」
「無理でしょ」
そう言って、彼――エリテアは着慣れない白衣から小さな手を覗かせ、細身の黒のスキニーをぴたりと合わせ、諸手を合わせて頭を下げた。友人に対する提案ではなく、冒険者に緊急で依頼を発注する時の懇願だ。普通の依頼なら引き受けていただろう。普通なら、私も。
「諦めが早い!」
「貴方の諦めが悪いのよ。なにこれ? 一人二人でどうにかならないでしょ」
「でも三人なら?」
「無理でしょ」
即答する。仮に三人で青黄赤を担当できたとしても、着弾点をカバーできない。ちょっとくらい地面に触れても大丈夫と言いたいがそれも言えないのだ。なにせその中心は冒険者ギルド、私の職場だ。ちょっと消滅すれば明日のご飯が無くなる可能性まであった。
それに、そもそも三人で手を取り合うのが不可能という意味もある。
「……要するに、でけぇ岩が落ちて来てんだろ。だったらエリテア、テメーだけで良いじゃねぇか」
資料を掲げ眺めていたタコ女が口を開く。裾の広いショートパンツに撚れたシャツ。それらの上から羽織っているのは、腕に沿って円の意匠があしらわれ、猫耳のような折り目が付いた黒のローブ。
この女――シエラは駄目だ。私はいい。エリテアはいい。けどこいつだけは駄目だ。ただでさえ誰かと協力する気が無く、その上私が嫌いだ。私が黄色でこいつが青なら、うっかりこいつの方に岩を撃ち返す自信がある。
「シエラぁ。確かに岩だけどさ、この岩前後10kmはあるよぉ」
「それがどうした。やりゃいいだろ」
「もう試したよぉ。10kmを動かせるんなら、僕は隕石よりまずお屋敷を避難させてるさ」
「まあ、そうね」
これだけの規模だ。最善手は青まで逃げて、余波を防ぎきって生き延びることだろう。けれどそうすれば、あの人から預かっているこの屋敷は消える。あの人の所有物で、しかも私達を信じて預けてくれているこの屋敷がだ。それを保護できるならと思ったがそう甘くはないか。
「国は何してるの?」
「頼んでるよー。もちろん隣の国にも話は通してあるさ。今頃議会は大熱狂だろうね」
「何で分かんだよ」
「よくぞお聞きになりました! こちら我らの商会で新しく取り扱い予定の小型集音マ」
残り6時間で大熱狂。どうやら方針が固まり切っていないらしい。流石に何もせずに終わることはないだろうが、国に頼ることは難しいのは分かった。
「つまり、こうね。広範囲。単純高火力。国は頼れない。この状況を逃げる以外で何とかしたい」
「と受信……ああ、そうだねその通り! どうだい、引き受けてくれる?」
「そうかい。疲れたろう。一日寝てもう一回考え直せ」
「遠回しな死ね発言!?」
「貴方の言うことも大差ないわよ」
散乱した資料をまとめ、パラパラとめくる。どこを見ても絶望的な情報しか載っていない。単純に斬っても速度が落ちるわけではなく、大質量をぶつけて逸らしても1kmもズレない。そもそも6時間というのも、魔法ギルドの魔導士が理想的に魔法を当てて遅延させた場合という記述まであった。
そんな希望的観測を持ち出してでも、私とこいつに助けを求めている。それが今のエリテアだった。
「でも断るのは実質無理だし。受けるわよ」
「
「そうでもないさ。そもそもシエラっちならともかく、マノキっちは直接要らないし」
「喧嘩を売りに来たの貴方」
「直接って何だ。私を弾にして岩にぶつけでもする気か? こちとらただの一般市民だぞ」
「え怖……しないよそんなただの処刑」
場合によっては効果的な手法だ。こいつのことは嫌いだが、生存力は目を見張るものがある。隕石の表面にいれば、とにかく隕石をどうにかしなければ生き残れないだろう。効果的だ。こいつも、今ここに居ないあの人も、それを許さないことを除けば。
「そうじゃなく、間接的に二人が必要ってわけさ」
私の持つ紙束から、彼はその一枚をすり取った。
指がちょっと切れた。
「……で……ここかよ……」
肩で息をしながら、タコ女が呟いた。それは放っておいてインターフォンを押す。
「
つる草を払い、巧妙に森の木々で隠されたインターフォンを押す。
「グギャ?」
ガラガラと引き違いの岩戸が開き、中から魔物が現れる。緑の皮膚に長い鼻、長い耳、ドワーフよりも一回り小さい体。その姿は冒険者にとって最もなじみ深い魔物、ゴブリンそのものだ。
「や」
「ギャ? グギャ……ギャ、ギャアアアアアアアアアア!!!??」
正確にはゴブリンそのものだった。滝のように冷や汗を出し、黄色の目からは瞳が消え、報告にある数倍の速さで岩戸の奥へ駆け出していく姿は、普段の姿とはあまりにかけ離れている。
「……おい、目的覚えてるかお前」
「分かってるわ。交渉よね」
その背中を追い、私とこいつで奥へと進む。
奥は洞窟だ。といっても表のように岩肌が見える無骨なものではない。足元にはカーペット、壁は磨き抜かれ明かりを反射している。天井は植物の壁紙が貼られていて、そこらの建物よりも立派な様相だ。
「話には聞いてたが……本当にダンジョンに裏道があるんだな」
「必要が分からないわよね。宝箱も、魔物も、こことは関係なく湧いて出てくるのに」
「……なんで視点がダンジョン側なんだよ。整備したのは人間じゃねえのか」
「だったらゴブリンが門番なんてしないわよ」
突き当りの扉を開く。
そこは広い、薄暗い円筒形の部屋だった。高い天井から陽光に似た光が降り注ぎ、部屋の中央に漂う粉塵をキラキラと輝かせる。
周囲は天井に届かんばかりにアーチがいくつも積み重なっていて、いくつかは巨大な神像が収められている。その一つの顔が外れたかと思えば、光の塊がこちらに向かって飛んできた。タコ女が弾き落とす。
「おい、やっぱり無理だろ交渉。まるで歓迎されてねぇぞ」
「出来れば話を通して、合法的に持ち出したかったんだけど。門番がさっさと帰っちゃったのが痛いわ」
「……ちなみによぉ。心当たりはねぇのか、この対応に」
「昨日敵を逃がさず全員殺す練習をしたわね」
そう言い切ると、全ての神像から一斉に光弾が飛んできた。すかさずタコ女の方に弾き返す。
だが相殺された。タコ女も同じく私に向けて弾き返していたからだ。少しの間潰し合うが、やがてそれをすり抜けた一発が私の顔に飛んでくる。身をよじってかわす。
「それを先に聞いてりゃ、覚悟も決まったんだがな!」
「何のよ」
「交渉のやり方だよ!」
その一手遅れが響いた。次を弾き返すより早く、タコ女から弾が飛んでくる。たちまち防戦一方になっていく。仕方が無いので一度離れ、神像の前を横切り部屋を回る。身をよじる代わりに一方向への速度で振り切る算段だ。
「ここは初心者用ダンジョンなのよ? 敵で必要な技術を磨くのは冒険者として当然だわ」
「その敵から装備を借りるって話だぞ! 印象がゴミになったエピソード黙って引っ提げてくんじゃねぇ!」
振り切った弾が次々と神像を破壊する。最後に一際大きな神像の前に立ち、光弾の着弾に合わせて思い切り蹴る。だがそれはヒビを入れるだけにとどまった。もう一発入れようとするが、予感がして後ろに飛びのく。それは神像の口からのレーザーと、床に空いた穴という形で正しさを証明した。
「クソ……まあいい。どうせこれが一番手っ取り早いんだ。仕事しろクソ女」
「そう。じゃあ貴女も頼んだわよ」
神像の口から、人の頭ほどの虫が這い出てくる。その背中には銃口が付いており、レーザーはここから撃ち出されたと推測できた。辺りを見渡せば、壊れた神像からも次々に出てきている。私はタコ女の腕を掴んだ。
「は?」
「先に物を取ってきなさい。そのほうが早いわ」
そのままアーチの一つへ投げ飛ばす。過程でいくつか虫を撃ち落としたが、虫はまるで気にしないと言ったふうに、全てのレーザーを私に向けて撃ち始めた。懐中時計を見ながらかわしていく。
「ふざっけってめっ……!」
「思った通り、私だけが狙いね。じゃあさっさと行ってらっしゃいな。あと5時間半もないわよ」
「……クソがよ!」
足音が離れていくのを確認し、懐から手帳を取り出す。昨日分かったことを元に作ったTodoリストだ。クソ女を先に行かせた以上、それを追撃されると仕事を果たせない。今は私しか撃っていないが、いつ心変わりするとも知れないのだ。ここで全て潰す。
「範囲を指定して、誘導して、想定の1.5倍くらいで撃って、死亡確認。よし」
手帳のページをめくる。それぞれの工程でよく使う呪文集だ。その通りに式を編み、陣を可視化する。範囲はこの差し込む光でいいだろう。次は誘導だ。そこまで作ったところで気が付く。
(……空に飛んでる奴は想定してなかったわね)
誘導のため、ストーンカッターを虫に向けて飛ばす。だがカッターは線的な攻撃だ。空を飛ぶ虫には容易に躱される。それどころか、カッターが邪魔でとてもレーザーを視認しにくい。そのうち、一つが隙間を抜いて私を狙った。ストーンカッターで壁を作るが、容易に抜かれる。頬を掠める。
(早いとこやらないといけないけど。んー……)
いったん攻撃を止めて離れる。レーザーの軌道は単調で、逃げ場を潰されることはない。光弾と同じく、走っていれば躱し続けることもたやすいだろう。だがそれは今のまま攻撃が続けばの話だ。
(カッターじゃ通らない。下手に広げればレーザーをかわせない。なら)
周囲を見渡す。私がかわしたレーザーがそこら中に着弾し、穴が開いている。床。壁。アーチ。その中で、唯一なんの傷もない物がある。
挟んだペンを取り出し、呪文のページに書き込んでいく。ストーンカッターは三節からなる魔法だ。足元の石を取り、変形させ、撃ち出す。この三節が私の限界で、これを変えることはできない。だから変形だけを書き換え、発動させる。
足元の石を取り、接合させ、撃ち出す。
瓦礫が持ち上がり、平たい直方体を形作る。面制圧だ。向こう側から虫がレーザーを撃つ音が聞こえる。直方体ごと私を撃ち抜くつもりだろう。だが問題ない。これは神像の欠片だけを接合した直方体だ。
ほどなくして、壁にたたきつけられた音がする。傷ひとつない直方体、その裏側からパラパラと虫の残骸が落ちていく。欠片の数上、全てを潰しきることはできなかった。残った虫が床に散らばる残骸を眺めていた。
「後は消化試合ね」
壊した神像跡を跳び渡る。着地するたびに魔法を発動し、欠片を虫へと放っていく。通ると分かれば何のことはない、数を増やせばいつか当たるのだ。少し残して自分を守る盾にすれば、躱す必要もない。そうして虫たちを真ん中へ追い立てていき、ついには全て魔法陣の上に固まった。
「じゃ、またいつか。」
そして陣が光り出す。
「拾って来て……やったぞ、おら!」
「おお! お疲れさま! で何でシエラだけボロボロなの?」
「冒険者に向いてないからよ」
待ち合わせ場所は街の中心の噴水広場だった。ただしいくつかあった噴水は土地ごと退かされているため、今はだだっ広いただの広場だ。そこに数百人が集まっていた。
「それで、どうしてみんなこっちを見ているのかしら」
「そりゃもう! 命を預けるメインアイテムの御到着だよ。気にならないわけないじゃないか!」
「……え。この人数でやるの?」
足元の地面を隆起させ、辺りを見回す。何度見ても規模は数百人だ。数万人だって入れるこの広場において、自然の脅威である隕石を相手取るには明らかに心もとない。隆起を戻す。
「ははは、無茶言わないでくれよ。まだ事態が分かってから1時間だ。即応できる人間が何人いるのさ」
「ああ、じゃあ最終的にはもっと増えるのね。ならまあ」
「いやこれで終わりだけど」
「終わりだろ!」