――感覚共有したヒヨコが、目の前でミキサーにかけられていた。

 こういう拷問を受けるようになってから、既に一週間が経過していた。特に得られるものはないことに徐々に焦りを覚え始める組織の構成員。見ていて面白いと思っていたのは二日目の朝までだった。丸一日は一応持ったことは評価する。
 何様だと思われるかもしれないが、そもそも私こと姿月依織は突然拉致され、突然拷問を受けているだけの普通の女子中学生である。これだけ冷静に評価を下しているのだから、むしろ感謝してほしいものだ。私じゃなかったら爪をはがされた段階で既に失禁している。
 別に私に痛覚が無いから無敵というわけではない。爪をはがされたときは熱くもないのに汗が滲み出て、ああこれが脂汗かと思ったりもしたし、首にギロチンを落とされてから蘇生されたときは薄れていく意識に寒気を覚えた。肉体も精神も強度はただの女子中学生だ。それだけボコられればそんな反応くらい出てくる。
 それはともかく。私は今、問題を抱えている。ミキサーに二匹目のヒヨコが投入され、存在しない痛みに脳の血管が煮えたぎるような感覚に陥っていることではない。痛みが過ぎて頭の中の文字を紡ごうとしても散ってしまうため、言葉がろくに出てこない事でもない。

 何を隠そう、拷問されているにもかかわらず、私は何を喋ればいいのか皆目見当がつかないことである。確かに一日目は色々喋った。仲間の居場所とか戦略とか傾向とか全部洗いざらい吐いた。まあ私は友人は居てもそういう組織の仲間的なのは一切いないので、嘘八百を並べ立てただけだが。そしたら次の日から拷問が厳しくなっただけで、特に解放される様子とかまるで無かった。
 おかしい。私はまだ中学生だが中学二年生だ。つまり後輩がいて、さらに後輩に色々教える立場というのが分かってくる年でもある。その経験からして、ちゃんと話したのにろくに褒美を与えないどころか、さらに拷問を厳しくするのはまるでよくないと思う。頑張って思いつく限りを話したのに、それに罰が与えられては余計に話したくなくなる。子供っぽいとは思うけれどたぶん大人もそうだと思うのだ。それが分からない歳じゃないだろうに、と半分くらい心情そのまま口に出したらさらに拷問が厳しくなった。心からの言葉は求めていないらしい。どうしろと。

 仕方なく二日目では、腕から徐々に上がっていく灼熱の焼きごてを見ながら、最近コンビニで美味しかったおやつの話をした。ある程度自由に扱えるお金が持てる、それが中学生だ。だが全てを食べられるほどの財力でもないのが中学生である。必然的に、美味しいお菓子なのかどうかをかぎ分ける力が育っていく時期である。そんな中、栄えある一位を取ったのはザクチョコアイスだった。アイスにチョコをコーティングし、カリカリとしたナッツを埋め込んである。冷たさ、甘さ、歯ごたえ、ナッツの塩味とどこを食べてもおいしい。これが終わったらあなたも食べてみて、というところで瞼をこてで焼き潰された。その後の狼狽を見るに、そこまでする予定はなかったらしい。
 確かに、目は二つしかないのだ。二日目で一つ潰すのはちょっと性急に過ぎるというか、勿体無い。いやむしろ、早めに潰して最後の方で希望を奪うようにもう一つ潰すのがいいか。それは恐怖心をあおるという元々の拷問らしさがあるな、などと話している雑談に花を咲かせていると、急に今日の分の拷問が終了した。どういうこと。

 三日目。その後三日目、四日目、五日目と代わり映えのない拷問が続いた。強いて挙げるなら新しい拷問を試すと言って変な声で脂ぎった男が連れてこられたくらいだが、疲れながらも私が望み通り各種の情報を話し続けていたら男の方がしおれていつの間にか部屋の隅で縮こまる子犬のようになってしまった。
 ここまで来ると私にもわかる。情報を出せば出すほどこの人たちは不幸になるのだ。であればどんなに要求されても出さないほうがこの人たちの為になるのだろう。別に拉致された身で相手の……そういえば組織の名前すら聞いてないが、仮に機関として、機関が潰れようが焼き討ちされようが知ったことじゃない。
 ただ、数日続けて私から出せた成果がこれなら、もう私が何かする意味が無いというか、もう何をしていいのか分からないというか。そのことを正直に白状しても、どうやら機関の人間は上から「情報を出せ」のコールもとい圧力を一心に受けているだけの状態らしく、具体的な案が何も出てない。現場はある意味地獄の様相だった。

 六日目。ついに機関の上層部は痺れを切らしたらしく、ある魔法の使用許可が下りた。でも焼きゴテを押された方が熱いし痛いし、電気を流された方が恐怖がある。今更何の魔法を使うのかと思っていた、その矢先に出てきたのは冒頭のヒヨコとミキサーだった。
 拷問という枠で見て、この認識は間違いなく正しかった。私の体が引き裂かれ、磨り潰され、血と肉の乱雑に混ざり合わされた残骸になる経験が、目の前でヒヨコが死ぬという精神的ショックとともに叩きつけられる。さらに外界からの肉体の損傷はなく、いくらでもできる。心を折るにはピッタリなんだな、と思い、六日目のうちには私は三十五匹のヒヨコの運命を追体験した。

 そして七日目。今日だ。ヒヨコミキサーを十匹見た後、突然白衣の人間が入ってきて私の前に座った。そして耳慣れないアクセントで早口にまくしたてる。幸い聞き取れないわけではないので頑張って耳を傾ける。どうやら私の精神耐性について話しているようだ。というか質問、というか尋問か。
 何をしても新鮮に痛がる。狂っている様子もなくバイタルも良好。薬物の兆候もなく、つまりは精神肉体ともに異常なし。君がどうしてそうも理性的な精神でいられるのかが本気で分からないとのことだった。無痛症では本当にないのかと訊かれたので、拉致したならその辺は知ってるはずでしょと返す。白衣は黙り込んで首をかしげていた。

 八日目。ついに彼らは何もしなくなった。恐らく一週間の結果、何をしても無駄と判断し、何もしないという拷問を与えることにしたんだろう。話しても見ても何も起きない。仕方がないので、あの白衣に与えられた疑問を自分で深めてみる。なぜそんなにも正常なのか。

 何を言っているのか分からなかった。正常とは何だろう。私はただ生きていたかった?死にたくなかっただろうか。仮に痛みが存在しないなら死んでいたかもしれないが、そもそも痛みは私にとって結果であって避けるべき罰ではない。確かに一般的にこれは罰になって避けるべきだから避けとくか、という認識はあるがあくまで周りに合わせるためだ。私自身はどれだけ傷んでも死んでも特に何とも思わない。

 避ける気があるのに現状痛みを受け続けている理由は、それこそ逃げる算段が無いからだ。私の武器らしい武器は皆捕まった時に取り上げられた。拘束具はなぜか日に日にそのきつさを増してる。この状況では流石に逃げる方法など思いつかない。唯一情報を吐けば見逃してもらえるらしいのだが、それが何なのか全然教えてくれない。そんな苦悩に満ちた女子中学生を捕まえて何故正常か、と質問するのは間違っていると思う。何やっても意味が無いと人は皆こうなる物じゃないか。

 恐らく九日目。白衣の人間がまたやってきた。彼は拳銃を私に向け、何の警告もなく私の脳天を撃ち抜いた。