『怒ってないから、言いたいこと自由に言ってみなさい。多少の失礼ぐらい大目に見るわ』
天井に取り付けられた機械から、光が注がれる。その光が空中のある点にぶつかると、観測者の目へと一直線に屈折する。結果、何処からでも光を、正しい映像を見ることができる。
日魔法『レイレフラクション』かな。難度以上に面倒だから使われない魔法だ。本来の用途は主に直接間接問わずあらゆる光を曲げて、物体の位置を誤認させること。
問題は光に直接干渉するために工数が多く、戦闘中や移動中にはほぼ使用不可なこと。だから単純に水魔法で適当なレンズを作るほうがよっぽど楽なこと。それでも使う利点といえば単純すぎてつけ入る隙がない、つまり干渉されにくい……くらい。
要するに、上映されているのは嘘偽りなくさっきの私である。弱々しすぎるとか、デコピンで死にそうとか、春風と共に意識持ってかれそうだと感じても私である。日暮れの朱に負けないほど肌が青白い。
『では、まず一つ。この後、他の小悪魔たちとの面会は可能ですか。お疲れであれば面会謝絶の札を掛けますが』
『問題ないわ』
『では、面会歓迎で』
ただ、まあ、予想の範囲内ではあった。本物の記録をまだ持っていて、それに気づかれたら困る。加えて注目を集めろと言われたらそりゃ察するわよ。
だからここは怒らない。そもそも私は盗撮自体は怒ってない。コアがそれを持っている、という事実が誤解されそうだと思ってただけだ。この形の公開ならコアが持ってたとは思われないだろうし、さして問題ない。
それはそれでいいんだけど。
『今後もお食事はペースト状にした方がよろしいでしょうか。お医者様は食べられるなら少しずつ固形物を食べたほうがいいと仰っておりました』
…………。
い、いやいやいやいや。流石にほら、ここまでしといて私の盗撮映像上映会に招待したかっただけとかいくら何でもそれはないない。
コアは意外とたくさん考えてるいい子だからそんな快楽全振りなこと確かにしそうだけれどもしそうなだけで実際にはしないだろいやでも忘れがちだけど皆れっきとした悪魔だから主を騙して陥れるぐらいのことはするとしてもこのような行為にどのようなメリットが有りますか?
『しばらくはペーストでお願い』
『了解です』
カ、カームダウン。パチュリー・ノーレッジ。コアを信じたのは私、だったら信じ抜くのも私だ。これがやりたいことだったと言うなら私はその背中を押すもんだしさっきやってみろって言ったじゃないか、今更違うとは言わせないぞ。たとえそれが前例というスコップでセキュリティホール掘るような真似でも私は受け入れて先に進んだ後ろに広がる不自然豊かな断崖絶壁……
……何だか、最近、同じこと、考えたような。
『……魔法が使えるようになったら』
あの時、私が、受け入れたのは。
そうだ。私が忘れてたのは。
『ディ』
「コア、インを捕らえなさい」
「あいあいさーっ!」
片手に使い魔を持ったコアが、戸棚の影から飛び出し小悪魔隊に突撃する。最前列にいた四枚羽の小悪魔が左手で右手を握り、前に突き出す。
コアがその手を踏むと同時に、最前列の悪魔はコアを上に思い切り放り投げた。高さを得た彼女はそのまま小悪魔隊の中ほど、インに目掛けて落ちていく。
その隣を跳ぶメイド長。ナイフをコアの首に突き付けたまま。ひとつの助けも借りずに同じ軌道を空に描く。二人がかりにはさすがにインも捕まるかって何してんのちょっと。
「ぐっ……!」
「悪いわね、イン。……ところで、咲夜は」
「紅魔館を守りに来ました」
「あっ、うん」
そうだね。煙と轟音だけといっても、騒ぎを起こしたのはコアだ。だからナイフを向けるならコア。それは正しいけどさ。
「合図があるまではやりません」
「いや、ないわよ合図。下がっていいわ」
「聞いてくださいよパチュリー様! 私、使い魔が飛んできた時からずーっとナイフを向けられてるんです! 怖くて怖くて声も震えんば」
「かりでもなかったわよ」
むしろ終始楽しんでたわよね。ああ、でも声が上擦ってたときがあったな。あながち怖かったのも嘘じゃないのかしら。
というか飛んできたときって、通信してるとき全然咲夜に気づかなかったんだけど。一体どこに隠れてたんだ。まさかコアの後ろに……? あんなに小さい体の……?
「……はっ! パチュリー様、これは一体!?」
「インってあんな一面あるんだ……」
「どうなっとん、これ。あっ、こっから光出とんか。ほぁー」
「乱暴はいけませんよ!」
ちらほらと、混乱から復帰する者が出始める。そして好きに動き始める。いつもの紅魔館の様相を取り戻しつつある中でも、まだ私は気を抜けない。まだ約束を果たしていない。右手にさらに魔素を集める。
「いいえ、これは必要な措置よ。皆、下がりなさい。記憶が消し飛ぶわよ」
残念ながら本気で。なにせ、相手は私を騙し切りかけた相手。遠見のボトルネックでも止めきれない相手。三日分のディゾルブスペルを全て消費させるような相手だ。
うん、だんだん点が繋がってきた。ディゾルブスペルを練れば練るほど、記憶が少しずつ元に戻る。本当に幸運だったな。今気づかなかったら、後でディゾルブスペルで解除してもわからなかった。きっとその頃には、ただの常識になってたんでしょうね。
こんな些細な認識歪曲。
「何言ってやが……むっ!」
「さっ、ささ退がりましょ! 本気です、あれ!」
「押さないでー! 横二列高さ二列ずつを守ってお通り下さーい!」
あら、察しがいいわね。えーっと……ひときわ小さい身長に、内側が黄色の赤髪で山高帽の子。と、ゼン。よしよし、一人確実に覚えてる。進歩したわね私。二歩目で躓きまくってたからちょっと自信取り戻したわ。やはりゼンは癒し。そこに居るだけでヒーリング……。
……あれ? 目が霞んできた。おいおい頼むわよ私。ここで倒れたらゼンの癒やし効果が大したことないみたいじゃないか。確かに大魔法ディゾルブスペルを失敗してからっ欠になるまで魔力を消され続けて、そこからまた魔力貯め直してる起き抜けの状況下で一度目以上の威力の二度目の大魔法を撃とうとしてるよ。
でもいま夜よ? 魔女として最高の時間じゃない。そりゃ状況はアレかもしれないけど、昼の太陽も拝めるこの部屋なら月光だってふんだんに差し込む。特性上陰気が強いこのスペルを編むには悪くない場所……
待てよ。今日って、たしか。
…………
……
…
……曜日のことばかり考えていて、すっかり抜け落ちてた。
今日、新月じゃん。
「……」
満月に比べ、新月の魔力は格段に扱いが難しい。量もさることながら、お前別の魔力だろってくらいに性質が違う。
例えば30m離れたところに魔界の門を立てる場合、満月なら魔法陣で適切に流れを作って細工するだけで立派な門が立つ。
しかし新月だと、自分自身が新月の魔力に触れないくらい遠くに離れて、細心の注意を払って細工する必要が出てくる。そうしないと意図せず現れた超巨大な門に何とは言わないが裁断されたりするから。
「……っく」
ところで、今の状況を整理してみましょう。
・回復しきってないときに編んだ不安定なスペル
・それを補強しようとした月の魔力
・それが不安定な新月の魔力だったりしたらどうなるのかって答えが如実に実現しかかってるってこれ制御制圧制限制止。
「……ふ……うっ……!?」
だが例示で上げたとおり、新月の魔力は特別な力を持っている。上手く制御できるなら満月以上の結果を出せる可能性があるから、全くの無駄じゃない。問題は不安定の二乗によって制御しきれなかったスペルが漏れていること。
そして先だって、私は擬似的な麻酔魔法で筋肉痛を誤魔化したばかりであること。これらが意味することくらい考えればわかるからわざわざ経験なんてする必要皆無なんだっからほんとやめてそっちからこっち来んなああああああっ!!!
「はっ……あ……む……ぐぐ」
「……! パチュリー様!」
「何かしら……? 私は平気よ、コア。そのままインを抑えてなさい」
「ぐっ……! ……わかり、ました」
……
「何なのだ、一体何が起きている! 誰か知らないのか、あの煙は何だったのだ!?」
「うわっ、何、ちょっ、チシャ! 引っ張らなくても大丈夫だって! 僕も最後にちゃんと出るから」
「あわわわ! マズイですマズイです! 早く早く!」
「ギャー!! 押すんじゃねー! 潰れる! 潰れ死ぬぅ!」
「……このためか……」
……制御、完了。
麻酔も魔力も消えた。
でも、間に合った。
大丈夫。皆の避難も終わった。
あとは撃つだけ。
というか、それしかない。
魔力消えたからこれ以上スペルの強化はできない。
これが駄目なら、認識歪曲でまた忘れる。二度と助けられなくなる。
チャンスは一度。
このディゾルブスペル、一発だけだ。
「……よし。咲夜。私がこれを撃ったら、コアを抱えて部屋の外に逃げなさい」
「承知しました」
「えっ、最後まで抑えてなくていいんですか!? てっきりディゾルブスペルの対象は私達だけ外してるから大丈夫だ一緒に受けろとか」
「……死ぬわよ」
「咲夜さん! 頼みます!」
「一文字につきナイフ一本」
「なんで!」
「四本ね。承知しました」
「記号までも!?」
……肩越しに窓を覗く。空は一面真っ黒で、どこにも光は見当たらない。私の紫の髪がはっきりと窓に映るほどだ。遠くに見える輝針城も今日は光が消えている。
……。
……人里の明かりがぼんやり見える。蝋燭もガス灯も電灯もまぜこぜにした、統一性のない明かり。ただそこに居るのだと、それだけを伝える微かな明かりだ。
あとは、森の光茸くらいか。窓から見える灯はそれだけだ。前へと向き直る。
こんな日でも――私達は、互いにはっきり姿がわかる。紅魔館の灯は、煌々と私達を照らしている。
たとえ吸血鬼だろうが、人間だろうが、魔女だろうが、妖精だろうが、妖怪だろうが、悪魔だろうが。
誰だって、分け隔てなく。
「いくわよ。3、」
「相応の罰ですわ。悪魔は人間より頑丈ですから」
「咲夜さんの悪魔基準はレミリアさんじゃないですか! 死んじゃいます!」
それは、紅魔館にいる身として当然の義務だ。
照らされない者など、居てはならない。
居るはずがないと、思い込んでいた。
居るじゃないか、ここに。
助けを求め続けている小悪魔が、ここにいる。
だったら、私は一体何をする?
「2」
「首には刺さないわよ。出血多量でカーペットが汚れるし」
「ああそれなら、ってなるわけ無いでしょう! 目線をもっと刺される側に寄せてください!」
『……パチュリー、さま。わたし、助かるのですか』
二人の下敷きになっている少女が、そう呟いた。
愚問ね。
「1。……『イン。私はただの魔女じゃない』」
「……傷跡を残さないようにしたいなら、刺す場所はかなり限られてくる。覚悟は良いか?」
「刺すことが確定事項じゃないですかーっ!」
その言葉のために、息を大きく吸い込む。
体に巡る血が、脳を活性化する。
そして活性化したせいで気づいた。
「ゼロ。――あなたの主にして七曜の魔女。パチュリー・ノーレッジよ」
紅魔館じゃなく、図書館の灯で例えたほうがよかったな、って。
ホブゴブリン隊はノリで動いた妖精たちの後始末をしています