さて、説明なくいきなり会話から入って困惑している者もいるかもしれない。
 でもこれで大体分かっただろう、私の現状が。
 「あ、でもこれとかなんか面白そう」
 そこでキノコを拾っているのがフランドール・スカーレット。遥かなる常識人だ。だが、拾ってないで早く破壊しろ。
 「それは美味しくないからやめときな!こっちがいいよ、フランちゃん」
 キャラが安定してないコイツが古明地こいし。何をしでかすか全く予想できないので一番の危険人物だ。そんな奴が鬼殺しを手にしている。おい、誰か止めて。幻想郷の鬼殺しはマジ殺しなんだぞ。
 「そこにあったのね、酒。じゃ、客が来るまで酒盛りでもしましょう」
 この状況を作った張本人、封獣ぬえはそう言って戸棚から紅茶のカップを取り出す。飲めねぇよ、格式高いよその猪口。
 「待てよ。それ以前に、お前仏教徒だろ」
 そして私、天邪鬼の鬼人正邪だ。四人揃ってクレイジーカルテット。今日も紅魔館の一室に集まって、依頼が来るのを待っている。
 場違いもいいとこだって?私もそう思う。私の悲願はヒエラルキーの逆転だというのに、何をここでグダグダしているのか。何なら今すぐ全員ぶっ倒して出て行きたい。
 だが今それをやっても返り討ちに合うのが関の山だ。それよりかは、こうやっていつでも首を狙える位置で力を蓄えるのが良い。
 けして言い訳ではない。
 「天邪鬼なんだからそんな小さい事気にするもんじゃないわよ」
 封獣がカウンターを引っ張りだし、カップを並べる。この部屋ホント何でもあるな。つーかマジで飲むの、お前。
 「何その『男の子なんだから』みたいなの」
 「女の子だから欲望に忠実に生きていたい」
 「女に対して見方が偏り過ぎだろ」
 「すみません、日本酒、パリジャンで」
 「フランドール、お前は馴染み過ぎ」
 唇に手をやりカウンターに頬杖をつく。フランドールが妙に艶めかしい動作でオーダーしているが、忘れてはいけない、出てくるのは日本酒だ。
 「あいよ、カシスの代わりに日本酒ぶち込めばいいかな?」
 そしてオーダーを受けるのはこいしだ。カシス抜いたらそれはもはやただのマティ
 ……いや、なんでこいしがカウンターにいるんだ。どっから拾ってきたそのウェイター服。
 「メイド妖精が交代でちくちく縫ってた」
 「妖精にもそういう欲はあるんだな」
 「で、正邪ちゃんは何飲むの?」
 「花冷え」
 封獣にああは言ったが、私自身は飲めれば何でもいい派だ。貰える時は貰っておく。
 「熱燗ね、はいはい。はい、酒前酒」
 日本酒に氷を入れたものが私の目の前に出てくる。ロックか。ロックで押し通すつもりか。これが出せるなら花冷えも出せるだろ。いいけどさ、熱燗でも。
 「……花冷え美味しいわー」
 いつの間にか封獣もカウンター席につき、酒を嗜んでいた。厭らしい目でこちらを見ている。
 「封獣、お前の懐から出てきたものが花冷えなわけ無いだろう。なんの強がりだよそれ」
 だからといって、私に効くわけではない。もっと出会った初期だったらともかく、今更その程度じゃもう何とも思わねえよ。
 「勘がいいわね、羨まチッしいわ」
 「もうちょい頑張れよ。本当お前私のこと嫌いだな」
 「全世界があなたの味方になっても、私は変わらず敵で居続けてあげる」
 「これはある意味愛よ、愛。ねえ、正邪」
 「殺し愛なんですけどねえ」
 日本酒ロックをぐっと飲み干す。こう書くと盃を想像するが、持ち方は紅茶持ちだ。……気分出ねー。
 けど、氷を入れたおかげで鬼殺しのきつい部分が柔らかくなっている。案外良いな、日本酒ロック。もう一杯いっとくか。
 そう思ってコップをこいしの方に寄せようとすると、突然部屋のドアが開かれた。
 「フランドール様ー、お客様ですよ。皆様一同様宛ですー」
 果たして、そこにいたのはメイド長――
 ではなく、妖精メイドだ。緑がかった薄青髪長髪、くすんだ赤目という人間だったら不自然極まりない自然の権化がそこにいる。
 「はーいはい、通してちょうだい、シーア」
 「かしこまりましたー」
 「あれ、メイド長は休みなのか?」
 「休みではありません。本日付けで貴女方の相手としてこのシーアが専属されたんですー」
 「よほど嫌だったのかしら」
 「何があったんだろーねー」
 封獣、こいし、お前らのそのセリフ聞いたらメイド長ブチ切れるぞ。さっさと思い出しとけ。
 「あ、ちょっと待って。シーア、どんな奴が来たの?」
 「薄桃の長袖に赤いシャツ、薄桃のスカートを着て、変な鉄板を背負っていました。あと変な錠前が胸に。変な河童みたいでしたよー」
 「んー?どこかで聞いたよーな」
 「最後の一文なんだよ、どこで判断したんだよ」
 「河童みたいでした」
 ゴリ押しやめろ。しかし、そいつが今回の客か。できれば常識人であってくれと願うが、ここに来る常識人はすでに狂気の沙汰だと気づいて諦める。
 「それと鉄板に尻尾がついてましたー」
 「奇抜なファッションねえ」
 「正邪様クラスの邪気を感じました」
 「なかなかの安心要素ね」
 「それはどういう意味だ、おい」
 「服の左右に出てる黄色い部分を引っ張ろうとしましたが色よい返事は帰って来ませんでした」
 「ちゃんと返してくださいよぉ、その服」
 「姉妹が一人いるらしいわね」
 「か、かっこいい……」
 「出身は妖怪の山と思われます!」
 「『はーふ』らしいですが、『はーふ』ってなんですか?」
 「だああっ!わらわら集まるな妖精共っー!」
 いつの間にか私達は妖精メイドに囲まれていた。なにか面白そうなことがあると集まってくるのは、人間も妖精も変わりない。
 でもお前ら、仕事しろよ。お前らがここにいるってことは、多分今ごろその推定河童は迷い子と化してるぞ。そのことを伝える気はさらさらないけど。
 「ちょっとみんな、お客様はどうしたの」
 だってそういう常識はフランドールが突っ込むし。
 「問題ありませんー、後ろから来てますのでー」
 シーアと呼ばれた妖精メイドが得意げに答える。うん、目的は達成してる。けど仕事はしてない。わらわら移動する妖精メイドに付いて来てるだけだろ、それ。
 「せっかくなので一杯ひっかけてから仕事に戻りますかー」
 「言い方がおっさんじゃない」
 「キッス・イン・ザ・ダークを一つ」
 「名前でごまかすな」
 「せっかく日本酒があるんですし、日本酒を頼みましょうよ。春暁をお願いします」
 「はいはーい、じゃ、私はオレンジサキニー。後は頼むよ、メイド長。」
 次々とカクテルが注文されていく。三人の注文を皮切りに、メイド妖精たちまでがカクテルの名前を叫び始めた。それを一身に引き受け、カクテルを作る銀髪の人間。
 ……ん?あれ、こいつ、十六夜?十六夜咲夜か?じゃあこいしは……隣りにいたわ。
 「お待たせしました、こちら熱燗、春暁、オレンジサキニーです」
 数秒もしないうちに、完璧にステアされたカクテルが出てくる。うん、この仕事の早さ、間違いないな。何やってんの、悪魔のメイド長。
 「教えて差し上げましょうか。お客様をお連れするよう頼んだのにここで図々しくもキッス・イン・ザ・ダークなんて頼んでるそこのメイド妖精の前で」
 そう話す彼女の瞳には、キッスどころかダーク・イン・ザ・ダークネスみたいなオーラが見える。ストップストップ。シーアがもう色失ってグレースケール状態だから、やめてやって。
 だがメイド長は止まらず――かと思いきや、急に笑顔になり、メイド妖精たちの方を向いた。
 大声ではなく、むしろいつも話しているような、しかしよく通る声で言う。
 「こんにちは。今日は皆さんに、楽しんで頂きたいものがありまして」
 その言葉に、メイド妖精たちが固まる。
 「な、なんでしょうか、メイド長様?」
 「われわれ、ここの掃除をしようと、思い立ち」
 そう言い訳するメイド妖精たちには耳を貸さず、二の句を継ぐ。
 「いつも頑張ってるみんなに、今日はねぎらいの意味を込めて、シルバー・ブレットを――」
 今度はメイド妖精たちの顔が綻ぶ。早いよお前ら。まだアイツは言い終わってないぞ。
 「――振る舞おうと思いましたが、あいにく今日は弾切れでして。ですので代わりに、」
 「みんな、伏せて」
 フランドールが呟く。小さく、しかし強く。今まで何だかんだ長く一緒にいたせいか、一瞬で理解してしまった。これ、本気で危ないんじゃね?
 その予想通り、咄嗟に身を屈めると同時にメイド長は言い放った。
 「シルバー・ナイフでご勘弁下さいな」