その後、ショックで喘息まで誘発した私に美鈴が泣きながら気を使って痛覚を一旦遮断したり、お構いなしに咲夜が喘息の薬入りの昼食を口に突っ込んできたり、それを見たフランが喉につまらないようにと昼食をすかさずペースト状にしたりしてくれたそうだ。
「つまりね、おかげで私は皆と一緒に居る有り難みがわかったのよ」
「良かったわね」
ほかにも小悪魔たちが隣の部屋で緑茶飲んでた医者を連れてきたり、医者と一緒に見舞い順待ちだった小悪魔たちやメイド妖精やホフゴブリンまでもが寝室に入ってきては、瀕死の私を診察する医者を二十人ほどが取り囲むという何かを想起してしまいそうなシチュエーションになっていたらしい。
「それにね、心配してくれる相手が沢山いるのって、幸せなんだなって思えたし」
「そうね」
ちなみに、左手は粉砕骨折ではなかった。
「何より、カルシウムの大事さが理解できたわ。朝食の牛乳は無駄じゃなかったのね」
「その通りだわ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……ええっと、そうよ。要はね、これだけの利点があったのだから、初めから難点ばかりに目を向けるのは気が早いと思うのよ」
「そうよね。特に、誰かを従えるような誇り高き吸血鬼は、そんな些事に囚われるようじゃ困るもの」
……さて。
起きてすぐの美鈴の謝罪により、事態を理解した。
その上に座っていたレミィの説明で、状況は把握した。
その後に来たフランドールが青筋を立てて、美鈴を引きずっていくのを見て全てを悟った。ついでに死も悟った。
だから、なぜ窓の向こうがあんなにも色とりどりに輝いているのか、なぜ時々高笑いが聞こえるのか、なぜそれに謝罪の声が時折交じるのか、私は大体知っている。というか、ベッドから普通に向こうが見える。
でも一応聞いておこう。
「つまり、私はフランと美鈴が戦う理由が知りたいのよね」
「当ててみなさい」
────────
こんばんは。大図書館のライングデッド、パチュリーです。正しくは十歩ぐらい手前で踏みとどまったが、首と口以外動かないっていう今の状況を見るなら多分対して変わらない。
まあ動かそうとすれば動くけれど。ただ、今動かしたら十年分の筋肉痛 + 医者の説教五時間フリーパスが貰えるらしい。しかもどっちも使用回数無制限だ。なんて気前がいいのだろう。
うん。今日の動かない大図書館は休業しよう。今の私は動かないベッド。誰かの今日を笑顔で終わらせられる人。魔女だけど。
だからとりあえず、門番と主の妹の今日を笑顔で終わらせてやりたい。時折感じる振動が激戦を知らせている。夕暮れに飛び交う弾幕の色が部屋に映って、さながら星無しプラネタリウムとか若干悠長に考えている暇はなさそうだ。なんとか二人を止めなければ。
そのためにも、まずは笑顔にしなければならない相手がすぐそこにいる。観念しな、レミィ。私のベッド史の一ページ目に加えてやるよ。
「きっと私はこうだと思うわ。美鈴が私の手を砕いたことに対して、フランは立腹している。罰の名目で二人の戦いは始まった。美鈴も甘んじて罰を受け入れる覚悟だ。だからレミィも止めずに見ている」
「九十点」
「本当はレミィも止めたいけれど、二人の意思を尊重している」
「九十一点」
配点低っ。
まあ、ここまでは聞いた話とレミィの様子から推定できる程度だ。ここから推測に入る。レミィの性格からして、恐らく。
「実はフランの背中を押してしまったから、今更止むに止まれず」
「……九十四点」
「ちょっぴり美鈴に痛い目見せようと思った」
「……」
「……」
「………………」
目を逸らすな。
気持ちは分かるけども。私もレミィが同じような状況に陥ってたら美鈴シメるかってなるけども。けれど私の場合は半分以上運動不足という自己責任が関わっているのだ。いいじゃないか、もう十分だろう。不問にしてあげましょうよ。
「……戦い続ける理由としては九十五点」
「えぇ」
軽い咳払いとともに、レミィはそう告げた。うん、ちょっとだけ緊張がほぐれたかな。
「そこはわかるくせに……」
本当はレミィに頼らずとも、魔法でここから二人を止められれば一番なのだが。一応さっき試したけど、やっぱりディゾルブスペルは健在だった。さすが私の魔法。効力効果時間精神ダメージ、全てにおいてとても優秀ね。お前は私の誇りだから早く解けないかな。
「なにさ、なんなら意地でも当ててやるわよ」
「……まあいいわ、答え合わせね。あの子は罰の名目じゃやってないわ」
「へえ?」
「『美鈴、あなた鈍ってるわね。力を鍛えるばっかりで、制御の方を疎かにしてたんでしょ。私が修行に付き合ってあげるから、きっちり制御を覚えなさい』」
「……立派になったわね、あの子も」
「ええ。しかも修行の終え時はあの子が決めるときた。随分と理知的に育ってくれて、私は嬉しいよ」
フランドール・スカーレット。自分の力の制御が効かず、軟禁されたレミィの妹。その制御不能ぶりは、暇を持て余して友達と一緒に依頼業を始めた今もあまり変わっていない。彼女が外に出るのは、隣に自分を止められる存在がいるときだけだ。
つまりは彼女、他人に教えられるほど力の制御を知っているわけではなく。しかるに今回、『美鈴との修行の付き合い』とは単なる口実。その本質は一つ、美鈴へのお仕置きだろう。
言い訳が上手くなったら大人だと、誰かが言っていた。実感するわ。あの子ならただの癇癪として美鈴に当たっても誰も怒りはしないのに。叱るけど。
「でもさ、私は生きて起きてて、しかもこの左手だって元通りくっつくって話じゃない。本当に止められないの?」
「誰もが結果だけ見てるわけじゃないわ。それに、怒りを抑えるのだって立派な従者の仕事よ」
うむぅ。いよいよ言い返せなくなってきた。美鈴は修行として、フランもお仕置きとして、レミィも美鈴が十分痛い目見てることで納得している。ここからは見えないが、咲夜は監督官として門の影にいるらしいし、そう美鈴が死ぬこともない、はずだ。あとは私が納得いかないだけか……。
「んー……」
「まあ、どうしても止めたいなら言ってくれ。そのための小悪魔もいることだし」
「わかっ……そのため?」
「え?」
きょとんとした表情で、部屋の入口を指すレミィ。
そこには制服をきっちり着こなした”銀”髪ベリーショートの伏し目がちな小悪魔がどことなく儚げにここは魔界だと言わんばかりに当たり前のようにひっそり佇んで私を虚ろな瞳で射抜いておりましたと。さ?
「彼女が連絡係を申し出てきたの。こういう非常事態に備えて用意してたんでしょ?」
「…………ええ、まあ、うん、そうね。忘れてたわ」
「忘れてたって……。大丈夫? 病み上がりに無理してない?」
「してないしてない」
「無理っていうのは客観的に無理って意味だからな?」
「……しないしない」
「だといいけど。それじゃ、私は咲夜と監督役を交代してくるわね。お大事に」
「そっちもねー」
振れない手の代わりに、二、三度頷いて彼女を見送る。シャンデリアの火が揺らぐ。はためくカーテンの影が薄っすらと床に映る。小さく微笑む悪魔が、ドアの向こうに消えるまで、無限の時間が経ったかのように思えた。ドアの閉まる音が暗い洞窟に石を投げ入れたときのように凛と頭に響いた。
それでようやく、正気を取り戻して。
ようやくちゃんと状況を理解して。
うん。
「……」
どうしよう、|彼女《イン》。