傍聴席から眺める裁判所は、とても豪奢だった。

「お、きたきた。ようこそ、急拵えの第二裁判所へ」

 そこで荷物を広げていたのは、さっきまで裁判長をしていた閻魔だ。三つの椅子に一つずつ、おそらく私物が並べられている。悔悟棒、帽子、鞄。私達が来たと見るや、それらは全て片付けられ、空いた場所に手招きを始める。

「わぁ……凄い! 建物自体が光ってるみたい……!」
「光ってるよ。ここは元ライブステージ。プリズムリバーのライブツアー跡地だ」

 小傘が指差す遥か天井には、光る粒が隙間無くぴしっと並べられている。遠くから見れば、それは海中から見た太陽のようだ。時折蠢いている気がするが、あれが何なのか分かるほど近づけば目が潰れる。

「おかしいな? 地獄は資金難ってお姉ちゃんから聞いたんだけどな」
「有る所には有るんだよ。個人資産って言うけどね。そうじゃなきゃ、旧地獄に地霊殿は建てられない」
「あー、確かに」

 そう言って、からからと笑い合う二人。どうやら、もうすっかりこいしの機嫌は直ったみたいだ。何だったのだろう。後でフランドールに聞いてみようかしら、私より付き合いは長いでしょうし。

「ささ、そんな入り口に立ってちゃ他の人の邪魔になっちゃうよ。取っといた席にどうぞ、傍聴人方」
「っと、そうね。行くわよ二人共」
「はーい。お邪魔します」
「御免ください」
「……失礼します」

 右端が閻魔。その左にこいし。小傘。私。《《検事側から見れば》》そうなる。

 

封獣! ファイリングは終わったか!
うるさいわね。ほら、

「うう……なんで私がこんな目に……」

 ずいぶんと物静かね、あの検事。
 傍聴席からでもわかるほど気落ちしてる。

「いつもああなの?」

 隣に座る裁判長に……今は四季が裁判長か。非番長に聞いてみる。

「いや、普段はもっと快活だよ。今日はまあ、無理もないけど」
「何かしかかっし、知ってるのかかか?」
「落ち着きなさい、小傘。ここは傍聴席よ、あなたは見ているだけでいいの」

 しきりに震える彼女の肩を掴み、体重をかけて無理矢理止める。結構本気で。
 けれど小傘は何も言わず、少しずつ震えを収めていく。……文句の一つでも言われると思ったのだけど。掛ける体重が足りないのかしら? それとも、これくらいはものともしない?

「本当は、あそこに座る人がいたんだけどね。今日の朝だったかな、やっぱり来れませんって言われて。でももう仕事出したし、誰か代わりにやってくれないかって募集したんだ。それで唯一、まとまって時間が空いてたあの子にお鉢が回ってきたんだけど」
「そしたら数百年振りの弁護裁判が始まって、って事か。運が悪いねぇ」

 こいしがからからと笑っている。もうすっかり、機嫌は直ったみたいだ。何だったのだろう。後でフランドールに聞いてみようかしら、私より付き合いは長いでしょうし。

「ま、来なかったってことは、まだ安泰って事だからね。私は生者第一、生きているなら越したことはないよ」
「何の話よ」
「来るはずだったのは、御阿礼の子だったって話」

 ああ、そういえば転生前に閻魔の手伝いをするんだっけ。こういう感じなのね、手伝いって。
 ……こういうの、妖怪に喋っていいことなのか。御阿礼の子を恨む妖怪はそこそこ多いけど。かくいう私も、私の能力の天敵みたいな彼女の事、好きになれた試しがないし。見たものを忘れないって、それじゃ第一印象を抱いた時点で私に出来ることは何も無くなるじゃないか。知っているものが変わるから恐怖を抱くのに、知った時点で固定されてしまったら……

 そんな事をつらつらと考えていると、かつっ、と鋭い木槌の音で現実に引き戻される。いよいよ、裁判が始まるのだ。いけないな、ちゃんと聞いておかないと。後で報告書を書くのは私なんだから。
 

始まる前に証言をまとめる

「では、冒頭陳述を」
「……はい」

 検事、庭渡久侘歌の頭から、ヒヨコが颯爽と飛び降りる。
 そして書類を啄み検事に渡した。

「先ずは、この法廷自体滅多に無いことですから……そこから始めます。
 本法廷は、被害者――便宜的にそう呼びます――『霧雨 魔理沙』の死について、是非を明らかにする場です。
 公的に彼女は『自殺』とされており……その根拠は、浄玻璃の鏡による事件現場の映像です」

 二枚の鏡が裁判長の手元から浮き上がり、左右に別れて画を映す。
 その決定的な証拠に、当然傍聴席がざわつき始める。
 また木槌が鳴る。

 証拠品『浄玻璃の鏡』のデータをファイリングする。
 被害者の生誕から事件当時までの精細な映像。被害者が机に伏した状態で終わる。360度回せる。

「あれ、片方私のなんだよ。鏡は一人一枚だからさ、貸したんだー」

 どうでもいい。

「普段であれば、それで終わりですが……弁護側は一つの可能性を提示しました。

 すなわち、この映像の終わりと、彼女の命の終わりはズレている。

 つまり『この鏡が間違って』おり、かつ『彼女は手違いでこちらに来た』という主張です」

「改めて言葉にされると、滅茶苦茶なこと言ってるなあ」

 私もそう思う。思うが、メディスンはどうもそうは思っていないようだ。自信に溢れた表情で、検事の言葉に頷いている。……よく見たら天邪鬼も頷いている。あの二人、同格か。

「無論、検事側としてはその主張を崩すつもりであります。この鏡によって今まで何十億の人間が裁かれました。もし間違っていれば……歴史を揺るがす、大事件になります」
「……」
「そこで我々は調査を……行い、証拠品と証人を用意しました。まずは証拠品をどうぞ」
 

 証拠品『薬瓶』のデータをファイリングする。
 純度の高いガラス製。『O-310』というラベルが貼ってある。中は空っぽ。

「これは?」
「現場にあった瓶です。同じく魔法使いであるアリス・マーガトロイドに確認を取ったところ、強力な毒ガスが入っていたとの事です。
……敗訴すれば、あの身体はお返ししなければならないので……本格的な検案は出来ておりませんが、恐らくこれが死因でしょう。映像にもしっかり映っております」

 証拠品『検案結果』のデータをファイリングする。
 推定時刻は正午。死因は毒ガスとされている。

「これで推測するなら、正午頃に魔法薬を調合。しかし失敗し、毒ガスができて逃げる間もなく死亡……となりますね」
「いや馬鹿すぎんだろ。流石にそれは……」
「人は誰しも誤ります。例えば焦りを抱いているなら、そうした間違いもない話ではない」

「確かに……朝会ったときも、焦ってた!」
「多分別件よ、それ」

 
 やはりあの本は盗品だったのだろうか。しかし彼女は盗んだことを隠すような人間だったか? まあ、いいか。私に関係無いし。

「我々も同じ疑問を持ちました。そこで証人に話を聞いたところ、驚くべき事実が分かったのです。どうぞ」
「ここまでは筋書き通りかしら?」
「だろうな。私らに情報がねえ以上、証人を如何に崩すかがキモだ。何が出ても油断すんなよ」
「な、なんかムカつくけど……頼りになるわね、あんた」
「こういう時は頼っていいのよ、正邪はね」
「あん? 何か悪いのか」

「当たり前でしょ、って。届くわけないか」
「えっ、聞こえてるのぬえちゃん」
「えっ、聞こえないのこいしちゃん?」
「えっ、それならこれ付ける? ヘッドセットインカム」
「誰用よ」

 聾霊の為さ、と言って非番長は笑った。魂に直接響く音を出すインカムだと。肉体というフィルターが無い以上、霊になったら誰もがすべての感覚を持つ、というわけではないらしい。少し気になったが、霊を恐れさせたところで意味はないか。話を聞く体制に戻る。

「証人、名前と職業を」
「風見幽香。花を育てているわ」
「!?」
「あっ、幽香だ。おーい! 何してるのー?」
「証人の兼業よ。今日で退職ね」

 あれは……確か危険度極高、人間友好度最悪の。ああまで書かせるほど、わざと稗田家の前で何度も騒ぎを起こしたとかいう。悪魔より悪魔と名高い大妖怪。意外と腰が軽いのね。

「証人を派遣業のように扱うのは止めるように。それでは証言を」
「ええ、いいわ。全て話してあげましょう」
「いらない修飾語は省いてくださいよ」
「分かっていますとも」

 それが真面目に、人の話を聞いて。人に従っている。一体、何があったのかしら。
 まあ、私も話に聞いただけだし。もしかしたら元からああいう性格なのかもしれない。噂は宛にならないわね。

 さ、証言を聞きましょうか。

ハコ
〜証言開始〜

「あれは確かに昼頃ね。私は霧雨魔法店を訪れていたわ」

「去年の夏は旱気味だったじゃない? だから今年は梅雨を貯めるタンクと、スプリンクラーでも作ってもらおうと思ってね」

「それで入ろうとしたのだけど……鍵がかかっていたわ。仕方ないから中の蔓草に開けてもらったのよ」

「そうして部屋を覗くと……魔理沙が床に倒れていたわ」

「それくらいならまあ、床で寝たかったのかと思ってね。ちょっと強目に蹴って起こそうとしたんだけど」

「まだ寝てるのよ。さすがに妙だと思って、幻視してみたら……魂がないって分かってね」

「なら人形かと思ってアリスに連絡したら、それは人形じゃなくて死んでるのよ、って言われてね。びっくりしたわ。人ってあんなに静かに死ねるのねえ」

ハコ
〜証言終了〜

「……」
「……これ、蹴った時に……」
「浄玻璃の鏡では、彼女が机に伏した状態で映像が途切れています。それにいくら何でも打撲で死んだなら気づきますからね」
「私は前にもっとボコボコにしたことがあるわ。一度の蹴りで死ぬような人間、私は名前を覚えてなんていないわよ」
「……ま、まあ。それならいいんだがよ」

 どこに驚けば良かったのだろう。全て噂通りの妖怪だ。やはり噂は情報源として優秀であると判明した。私がそれを欺くのは間違っていなかったようだ。

「恐怖を与えるとは……いえ、後にしましょう。弁護側、尋問をどうぞ」
「えっ!? な、何を? 全部本当の事じゃないの!?」
「落ち着け、メディスン。嘘じゃなくても、本当じゃない事ってのはある。

 いいか。あいつは強い。誰をも恐れない。それはつまり、嘘をつく理由がねえ。脅されて主張を曲げる事なんかもねえってことだ。

 それで間違ってるなら、あいつ自身も気づいてない可能性がある。思っきし全部ゆさぶれ。教えてやれ。お前は間違ってんだってなぁ」
「手段だけ貰うわ。でも目的は違う。見つけるわよ、メディスン。この事件の真実をね」
「お、おっけー! よし、覚悟しな幽香!」
「威勢がいいわね。来なさい、遊んであげる」

 証言台の彼女は微笑を浮かべ、その隙間から薄く覗く瞳がこちらを睨んでいる。
 それ以外は何も変わらない。纏う魔力が増えたわけでもない。妖力が漏れ出ているわけでもない。ただ、その雰囲気だけが静かに。けれど、確かに圧を感じさせた。

「熱いねえ、君らの仲間は」
「いいぞー! やっちゃえー!」
「何だか弾幕勝負でも始まりそうな雰囲気……これが法廷!」
「……」

 誰をも恐れないから嘘をつかない。それなら、嘘をつく手合は何かを恐れていることになる。
 あれは奴なりの自虐だろうか。嘘に皮肉に欺瞞と詭弁。ともすればそれを誇りとすら思う奴が、それを言う。少し意外だった。

〜尋問開始〜


 
「まずは一つ! 幽香、昼って何時頃?」
「知らないわ」
「あれ?」
「私、時計なんて持たないもの。日が昇れば起きて、日が沈めば眠る。たまに深夜に出るけど、そのときだって時間は気にしちゃいないわ」
「じ、自由人……!」
「じゃあ、昼というのはどうやって分かったのかしら?」
「太陽の位置ね。南中より西に少しずれていたわ」
「西……(つまり正確には午後ということかな?)」
「別に小声にする必要はないのよ、メディスン」
「いいかしら? それで、私は魔理沙に仕事を持ってきたのよ」


「去年の夏は暑かったもんねえ」
「弁護人。世間話を始めないように」
「夜は涼しかったから、賢い子は夜露を集めていたのだけれど。皆がそういられるわけじゃないわ。我慢してしまって、満足に花を咲かせられない子もいる。
 飴は初め多く、そして少しずつ減らしていくの。そうして足りなくなった分は、周りを見て学び、今度は自分の手で掴むのです」
「傍聴席。拍手をしないように。貴女ですよ、聖徳太子」

 パチ、パチと。妙に間隔をおいた拍手の音がする。その音の方には、確かに特徴的な髪とマントを携えた彼女が居た。暇なのかしら。

「つーか、そんな機械的なもん作れるんだな、あいつ。そういうのは河童に頼むもんだと思ってたよ」
「機械じゃないからね。魔法的なものよ。そうじゃないと、私が動かせないでしょう?」
「(機械音痴なのか……)」
「分かるわ。私も一度河童に頼んだら、良く分からない脆い板が来たから壊しちゃったことあるし」
「弁護人」

「(タブレット?)」
「タブレットよ。……何でわかるのよ」
「ああ、仕方ないから地底に壊れた部品を回したアレかあ。懐かしいなあ」
「そうよ。そして今、部屋に飾ってる写真立ての原型でもあるアレ」
「すっごく格好良くなったし、たぶれっと? も満足よね。きっと」
「意外とエキセントリックなんだね、あなた達」

「……よろしいですか。では、霧雨魔法店に着いたところからお願いします」


「これは……不法侵入ね!」
「不法侵入だな」
「心外ね。店に来たら誰もいなかったから、探しに行ったのよ」
「それなら、森じゃないのかしら? どうしてわざわざ中を見に行ったのよ」
「……広大な森を探すより、まずは魔法店という狭く、また居る可能性も大きい場所を先に探す。
 効率という面で言うなら、正しい選択です」
「そうだけど、どうしてあなたが言うのかしら? 検事」

 瞬く間に、検事の首に傘が向く。引き金が軽い、それもやはり噂通りだ。今度、草の根妖怪ネットワークに籍だけでも置こうかな。

「証人。傘を人に向けないように。
 検事、武器を取り上げなかったのですか?」
「……無理です。これはただの日傘であって、武器ではない、と……」
「正邪の反則アイテムも通るくらいだし。結構ゆるいわよね」
「審理に関係ねえなら、そもそも持ち込んでも関係ねえしな。どうせ使ったら退廷させられんだ、使えないことに変わりはねえ。その瞬間を見落とすような地獄でもねえだろ?」
「……しかし負担は増えます。次があれば、全てアイテムは没収するように。さて、中には何があったのですか」


「床に……ねえ」
「ええ。あんな埃だらけの家の床に寝たら、髪にキノコでも生えそうなものだけど。一回も見たことないから不思議よ」
「ん? 一回目じゃないの?」
「五回目くらいかしら。正確には知らないけど、一度じゃないわ。前に理由を聞いたら……」

『あはは……気付いたら朝だったぜ。珍しく調合がうまく行ってな、楽しくてずーっと続けてたら……身体が限界だったみたいだ。助かったよ、幽香』

「……って。馬鹿よね?」
「馬鹿だな」
「馬鹿ね」
「馬鹿です」
「……そういうこと、無いのですか?」
「閻魔様!?」

「しきちーはワーカーホリックだからね。聞いたよ、コーヒー飲みながらハードカバーだっけ?」
「こいし?」
「喋ったよ!」
「やっぱり」
「そのハードカバーのタイトル見た?」
「あ、私見たよ。『0と1 人の審問』だった」
「そうそう。それね、人が想像した閻魔の小説さ。
 私達閻魔は何にも影響されない独自の判断基準で裁くけど、それは他の価値観を知らない理由にはならない。
 知らないうちに人の心が荒んでいれば、後に苦労するのは私達だしねえ」
「……」

「……オホン。証人、証言の続きを」
「ええ。それで、倒れてるのは珍しくなかったから――」


「……どれくらいの強さで蹴ったの?」
「これくら――」
「『壊れない』」
「……ちょっと。これじゃ分からないじゃない」
「風見幽香。証言台を試し蹴りの相手にしないように。ちゃんと言葉で説明しなさい」
「面倒ねえ。そうね、私の腕の長さぐらいの太さの木が……

 へし折れるくらい?」

「待った! そんな強さで蹴ったら、人は死ぬ!」
「えっ、死ぬの?」
「死ぬに決まってるじゃないですか! ちょっと検案班!? これは一体どういうことなの!」
「そうなの? メディスン」
「……さあ? 蹴ったことないからわからない」

「……死ぬよね?」
「何で自信なさげなのさ、ぬえっち。死ぬよ。人は死ぬ」
「んー? でも私、心綺楼異変とかで蹴ったけど死んでなかったよ」
「それは……えっ、もしかして死なない……?」
「……」

「……検案班から報告です。『鳩尾近くに青痣発見せり。しかし血管のほか内臓への損傷見られず』」

 証拠品『検案結果』のデータをアップデートする。
 推定時刻は正午。死因は毒ガスとされている。目立たないが腹部が内出血していた。

「……は? どういうことだ?」
「もしかして……」

「魔理沙、実は鍛えてたのかしら」
「何言ってんだフランドール」
「待ってくださいよ……確かに、私は彼女と戦ったことがありますが……あの動き、十代前半の少女とは思えませんでした……! 検案班! 腹部を詳しく調べるのです!」
「〜〜! 〜〜〜〜!」

 今まで大人しかった被告人席の霊が、急に右へ左へと揺らめきだす。何が言いたいのだろう。こいしのヘッドセットに耳を澄ませてみても、霊のものらしい声はない。
 まあ良い、今の彼女に何ができるわけでもないのだから。黙ってフランドールに助けられればいいのだ。

「……再度報告です。『異常なし。筋肉量、脂肪量、共に良好。A3ランク』……って誰ですか! 最後の一文を足したのは!」

 証拠品『検案結果』のデータをアップデートする。
 推定時刻は正午。死因は毒ガスとされている。目立たないが腹部が内出血していた。A3ランク。

「そういや、鬼って人を食うんだっけな。忘れてたわ」
「……『食べるのは良く鍛えた、我らに負けた者のみ』!? 答えなくていいんですよ! というかそれなら等級関係無いじゃないですか!
仕事してください!」
「何れにせよ、時間は無駄になったようですね。
 弁護人は、よく考えて発言するように!」

「(あら、心象……いや、それ以前ね。時間を浪費したわ)」


ファイリングデータ
魂は普通、死後十分程度で三途の川へ来る。
霧雨魔理沙は死後七時間程度であり、未練が強かったためとされている。

「魂が無い……つまり! 被害者はこの時死んでいたのね!」

……! そんなことまで分かるの、ゲンシって!」
「らしいわ。私は魔法使いじゃないし、詳しくは知らないけど。アリスに色々聞いたのよ」
「詳しくは知らない……そんなら、もしかしたら生きてたかもしれねえなあ。それがお前の間違いじゃねえって、本当に言えるのか?」
「あら。それなら実演しましょうか? 生きてる鬼と、死んだ鬼。何が違うか楽しみね」
「……私は鬼じゃねえよ」
「あれ?」
「正邪、正邪。私、魔法少女。知ってるわ、幻視で確かに見えるわよ、魂の有無」
「……ああ、そういやそうだった。お前、魔法なんざ使わねえから忘れんだよ」
「本当なんだ! 凄いなあ、今度習ってみようかなあ。毒だと死んだかどうかわかりにくいのよねえ」
「わかってもらえたなら、何よりよ。で、魂が無いなんて不思議じゃない? だから私は……」


「アリス……あの人形遣いに連絡したってわけね」
「知り合いなのね」
「知りたくなんてなかった」
「アリスは死んでるって断定したのね?」
「ええそうよ。私は言ったわ、
 『魔理沙の等身大人形を作るなんて、知らないうちに随分趣味が良くなったのね、貴女』
 って。そしたら
 『等身大なんて私は作らないわ。邪魔だし、操りにくいし、中途半端じゃない。それはきっと、別の人形遣いのものよ』
 なんて言うの。でも、私はアリス以外に精巧な人形を作れる人形遣いなんてしらないし。だから参考になると思って持ってきてみたのよ」

「……ん? まっ、待った! 持ってきた!? お前、遺体を動かしたのか!?」
「? そうよ。アリスは少し引きこもりがちだから。動かすよりも持ってきたほうが早いわ」
「実際、検案班も遺体を見つけたのは魔理沙邸ではありません。アリス・マーガトロイドから一報を受けて譲り受けました」
「先言え! すり替えられてたりしたらどうすんだ!」
「メリットが無いでしょうに。続けるわよ。
 そしたらアリスが
 『これは死体ね。ちょっと腐りそうで心配ね、防腐処理をしましょう』
 って言うから、二人で防腐魔法をかけたの。
 その後はお茶を飲んで気分を落ち着けていたら、ここに呼ばれたのよ」
「まだ防腐魔法は効いているそうです。検案班が『これほど精巧に編まれた魔法は見たことがない。一年経っても腐らないだろう』と仰っていました」
「あら。やるじゃない、アリス」
「そうじゃっ……ねぇだろ……!」
「カームダウンよ、正邪。確かにこのせいで現場は広がってしまったけれど……
 ……アリス・マーガトロイドの能力なら、遺体に何かされた心配はほぼ無いと言っていいわ。多方面に侵入を許さない兵力と質がある、って魔理沙が言ってたし。
 もちろん、何もされないのは、アリスが犯人でなければだけど」
「5%か、1%*90%かって感じの確率か……ああクソッ、面倒臭え!」


「……あれ? 終わった?」
「終わってねえよ。敵の武器が出揃っただけだ。そんなら次は、お前の武器を確認しろ。
 話を聞くだけ、全部聞いたら……今度はお前から仕掛けてやるのさ!
 突きつけろ! お前の見つけた矛盾点を!」
「い、いえっさー!」
「(本当、頼りにはなるのよね。ただのアジテーションに見えて、筋は通ってるし。
 ただ……)」

「ただ……あいつは、下剋上のことしか見えてないの。弱者を強者に打ち克つ尖兵に仕立て上げて、最後の最後に裏切る。強者に勝つなら、それはもう強者だものね。
 小傘も気を許しちゃだめよ?」
「えっ、あ、うん。……じゃあ、何で一緒に居るの? フラっちもぬえっちも……こいしちゃんはちょっとわかんないけど。皆強いのに」
「さあ。聞いたことはあるけどね。『弱者は、強くなる為の方法を知らないから弱者なんだ』とか何とか、はぐらかされてばかりよ。
 別に私もどうでもいいから、それ以上は聞いてないし。私、あいつがどこで死のうが生きようが結婚しようがどうでもいいもの」
「へえ。巫女みたいな考え方してるね、あなたの処の副大将」
「あー、それかあ。ずっと気になってたんだー、どっかで見た気がするなって。今の、すーって来た。ここまで来た」
「おっ、結構いってるね。じゃあ私はこれくらい」
「ひゅー! さすが閻魔だ、当然100よね!」
「何やってんのよ」


つきつける 浄玻璃の鏡

「幽香……魔理沙が床に倒れている、と言ったわね」
「そうね。何か問題なのかしら?」
「ええ。とっても大きな問題よ。この映像を見てちょうだい」
「浄玻璃の鏡ですね。事件当時の映像ですが、これが何か……!」
「お気づきかしら。
 幽……証人は、魔理……被害者が、床に寝ていたと証言した。しかしそれはあり得ないわ。
 なぜなら事件当時……被害者は、机に伏せていたのだから!」

 ぴしっと、メディスンの指が映像の被害者を指し示す。
 だが力を入れすぎて指が反っており、正確には指せていない。

「!」
「そういうの、検事が先に気付くべきじゃねえのかよ」
「う……うるさいですよ! 打ち合わせもあんまりしてないんです! 時間がなかったんですから!」
「机に伏した遺体が、床へ勝手に動くはずがない!」

 メディスンがぺとんと机を叩く。裁判長の冷ややかな視線が送られる。
 だが彼女の視線は低いので気づかない。意外と強いわね、あの子。

「どういうことか、教えてもらうわよ! 証人っ!」
「…………ふふ」
「……あれ? 教えてくれないの?」
「いいえ。しっかり教えてあげるわ。検事さんがね」
「えっ、こっち丸投げ!?」
「当然でしょうに。

 落ち着きなさい、メディスン。私達の主張は『鏡が間違っていること』、『手違いで被害者の魂がここに来たこと』。

 だからその証拠品……浄玻璃の鏡だけは、カセン証拠品自身を否定しなければいけないの。

 だから問い質すのは証人じゃない。証拠品を提示した、検事の方よ」
「あ……! そ、そっか! ごめんなさい、幽香!」
「良いのよ。貴女が誇らしく咲いているようで、私は嬉しいわ」
「そ、そう? えへへ……」

 意外と仲がいいのね、あの二人。それなら、幽香が機械音痴なのも頷ける。メディスンが私達の所に来たとき、彼女は503エラーを理解していた。
 風見幽香に、機械の知識は必要ないのだ。何故ならメディスンがやるから。そう考えれば符合する。しかしそれならますます、何故河童に作らせなかったのかしら。不思議だわ。

「……いいですか? では検事」
「は、はい。異議あり。鏡はあくまで死ぬ直前を映すものです。
 もし彼女が誰かに殺されたとして、そして偽装工作のスキに証人がやって来たと考えれば、辻褄は合います」
「あ? 異議あり。だったらその誰かとやらが、鏡に映るんじゃねえのか。私等はこの裁判が始まる前、この映像をざっと見たが……そんな奴、いなかったぞ」
「異議あり。彼女の死因は毒ガスによるものです。彼女の居ぬ間に仕込みを終わらせ、後の調合は彼女に任せれば、映像に映らないことは可能です。
 浄玻璃の鏡は、その人とそのごく僅かな周囲しか映しませんからね」

 証拠品『浄玻璃の鏡』のデータをアップデートする。
 被害者の生誕から事件当時までの精細な映像。被害者が机に伏した状態で終わる。360度回せる。アカごく僅か、被害者の周囲5m程度までしか映像は残っていない。

「随分使い易い代物だな。もしお前らが勝っても、ぶっ壊したほうがいいんじゃねえの」
「余計なお世話です。
 それと、先に言っておきますが……毒ガスのために部屋は密室だった、という主張は無効です。幻想郷において密室とはどれほど信頼が置けないか、あなたは良くご存知でしょう? 反則天邪鬼」
「……けっ。お勤めご苦労さん」

「筋は通ってるねえ。どうしたもんだろ?」
「ま、ここは引き下がるのが得策でしょうね。情報が手に入っただけ十分よ。
 それにしても、厄介ね。検察側の勝利条件は『鏡の正当性を証明すること』だけ。その為なら、犯人を増やしても問題ないんだから。さすがの天邪鬼でも厳しいのかしら、ねえ?」

「聞こえてんぞテメェ! わざとトーン上げただろ! 今!」
「せいじゃ! 静かにっ、退廷させられちゃうわよ!」
「弁護側。異議はありませんか?」
「異議は……」

「ありません」
「よろしい。それでは、証言の続きをお願いします」
「良いわ。床に倒れていたのを見た私は……」


「……検案班から報告です。『鳩尾近くに青痣発見せり。しかし血管のほか内臓への損傷見られず』」
「……は? どういうことだ?」
「もしかして……」

「……タイム」
「受理します。考えをまとめて下さい、一分で」

「蹴ってないんじゃないかしら? だって不自然よ。起こすなら揺さぶったら良いじゃない、わざわざ蹴るなんて」
「忘れたか。相手はあの風見幽香だぞ、一番手っ取り早く起こす方法を取ったに違いねえ。なら……後から誰かが治療した?」
「治療って……相手は死体なのよ、治療も何も、魂が無いんじゃ治療薬が効かないわ」
「治療魔法も同じね。結局、魔法って言っても自己治癒力を高めるだけだし。その出処は魂なんだから、それが無ければ話にならない」
「もちろん、人間的な外科手術にゃ時間が足りねえ……か。
 ……くそっ! 考えろ、考えろ……蹴ったのは間違いねえ、治療じゃあり得ねえ、それなら何が起きた? 回せ、回せ……発想を逆転させろ……!」
「逆転……? ……まさか」

「時間です。よろしいでしょうか?」
「ダメだ! もう一分……」
「いえ、裁判長……充分です。禁忌『フォーオブアカインド』」
「は!?」「え?」
「! 弁護人! 攻撃は禁止ですよ!」
「分かっております。証人、少しこちらに来てもらえますか?」
「いいわよ」

 そう言って、フランドールと幽香が法廷の真ん中へ向かう。
 フランドールは《《三人》》になっているため、幽香を含めた四人が法廷の真ん中で集結した。

「何をするつもりですか、弁護人」
「すぐに分かります。では証人、こちらの私を思いっきり蹴ってください」
「こう?」
「えっ」

 法廷の驚きが、一つの声となり一体化する。
 その音を、吹き飛んだフランドールが割っていって何してるのよやっていいって言われても良いことと悪いことが

「おっ、落ち着いて! ぬえちゃん! 小傘ちゃん、右抑えて!」
「やっ、てる、よ! ぬえっち! ここ法廷! 法廷だから!」
「『人類滅亡』っと。はい、これ膝に置いとくね」

「何をしたのですか?」
「何もしておりません。ただ蹴られただけです。では、次にこっちの私を。同じ力で」
「ええ……難しい事させるわね。こうかしら」

 先ほどと同じく、足が鋭く、フランドールの柔腹に突き刺さり――
 今度は、吹き飛ばない。

「あら? もう一回」
「いえ、結構です。ご覧いただけましたか、裁判長」
「ええ。先程は法廷のドアを破るまで飛んで、今度はそのまま。この違いは何でしょうか?」
「簡単です。身体強化の魔法ですよ、裁判長」

 そう言って、蹴られた方のフランドールの腹をフランドールが見せる。そこには確かに、青痣があった。
 しかし蹴られた方は平然としているように見える。

「身体強化には段階があります。一つ目は健康を保つもの。二つ目はパフォーマンスを保つもの。そして三つ目が、いわゆる肉体の稼動・反応速度を上げるものになります」
「前置きは良いわ。つまり、何よ」
「分かりました。結論から」
「聞くのかよ」

 もとからいたフランドールに、蝙蝠がざざ、と集まっていく。ドアの向こう側から、青あざを持っていたフランドールから。
 そして一人になったフランドールは、ひと呼吸おいて言う。

「彼女は、床に倒れていたとき!
 まだ生きていたのです!」
 

「なっ!」
「馬鹿な!?」
「嘘でしょ!?」
「何ですってえええええっっ!!」

 予想だにしない結論に、傍聴席は弥が上にもざわつく。当然木槌が打ち鳴らされる。

「せ、静粛に! 静粛に!
 弁護人、それはどういう……!」
「要は、私の蹴りを魔法で防いだってわけね。へえ……やるもんね」
「そして魔法が使えたってことは、すなわち生きてたってことになる。
それが本当なら、鏡の信用はガタ落ちだが……誰かにその魔法をかけられたってのはねえのか? 偽装のために」
「ないわ。身体強化と、物の強化は感触が違う。証人、もう一度これを蹴ってみて」
「こうね」

 ドアの向こうから飛んできた蝙蝠が、再びフランドールの形を取る。ただしその目に生気はない。それを幽香が蹴るも、今度もまた飛ばなかった。

「……! さっきより硬い……!」
「証人。貴女のことは求聞史紀で読んだわ。今まで数多くの人を、妖怪を、妖精を蹴ってきたらしいわね」
「神も蹴ったわ。それが?」
「貴女なら判るはず。

 どれが、魔理沙を蹴った感触に一番近かった?」

 その言葉に、瞑目する。
 その時間は長くなく、風見幽香はすぐに目を開き、こう言った。

「……二度目。生きた貴女を、魔法ごと蹴った時よ」

 決定的だ。

「証人! それはつまり……!」

 鏡の神話は、崩れ去った。

「ええ。どうやら、生きていたようね。霧雨魔理沙は」

 霧雨魔理沙は、午後の時点でまだ、生きていた!

「異議あり!」

 

「!!」

 誰だ? この声は。この状況で、水をさしたのは。
 天邪鬼でも、メディスンでも、もちろんフランドールでもない。この、どんな深い眠りからも目覚めそうなほどに鋭い声は……

「困りますね……皆様。結論を急ぎ過ぎですよ」
「庭渡、久侘歌……!」

 そこには、もう。さっきまでの気弱な鶏は居ない。
 喉を抑えていた手が、芝居がかった仕草で横に振り出される。その手に満ちた生気が、彼女を何倍も巨きく見せる。さっきの幽香に劣らない威厳。風格。地獄の門番(非番)、庭渡久侘歌検事がそこにいた。

「しかし庭渡検事。蹴った時点でまだ生きていたと……」
「それは証人の主観です。実際は死んでいたのかもしれません。
 あるいは、何か間に生物を挟んでいて、本当はそちらを蹴っていたのかもしれない。
 生きていたように見せかける方法はいくらでもあります」
「あら? 私の感覚を疑うのかしら」

 庭渡検事が大げさに首を振る。

「可能性の話ですよ。そちらが可能性を語った以上、こちらもそれを持ち出します。
 それに……不利になったのは、弁護側ですから」
「何?」

 今度は、縦に。その動作はかくかくと要所で止まり、意思が強調されている。あるいは……鶏の頃の癖か。

「証人が正しければ、遺体は細工されていた事になる。
 すなわち、先程の『机から床に落ちたのは犯人がいたから』という私の説は、より可能性が高くなる!」
「……!」
「流されんな! 異議あり! それでも、私達の『蹴ったときに生きていた、鏡が間違ってる』って主張は揺らがねえ! 何せムジュンはねえんだからなぁ!」

 天邪鬼がそう言うと、庭渡検事は不敵な笑みを浮かべ、待っていたと言わんばかりに羽を広げた。だんだん調子に乗ってきたわね。

「……かかりましたね」
「何?」
「お忘れですか? 証人は、その後幻視で魂が無いのを確認しています。それは証人自身が認めていたではありませんか」
「……あっ!」
「た、確かに……! 魂が無ければ、生きてるはずもない! その時死んでいた、何よりもの証拠だわ!」
「……私の仕事……」

 驚くメディスン。少しむくれた裁判長。
 それをよそ目に、なおも庭渡検事は喋り続ける。

「弁護人はどうお考えですか? 蹴ったときは生きていた。しかし幻視では死んでいた。生きていたと言うならば、このムジュンを説明してみせることです!」
「説明……」

「正邪の言うとおり、風見幽香に嘘をつく理由はない。
 けれど、本当のことを言う保証もない。あの人は花にしか興味が無いんだ。いつもなら、魔理沙の事を話すのも異常事態って言っていいくらい。
 細かいことを覚えているとは到底思えないよ」
「何でそこまで知ってるの、小傘?」
「つまり……この矛盾、証人自身に答えさせようとしても無駄ってこと!?」
「そうだよ。きっとあの検事さんも、それを分かってこっちに聞いてるんだ」
「……どうかなあ。あれこそ流されてるような気もするけど。まあ、結果は同じかな」

「カンタンな話だ! 蹴る前までは生きてて、魔法で防いだ。だがそれが最後の引き金を引いた! 被告人の死因は殴打なのさ!」
「異議あり! 先程示した証拠をお忘れか! 被告人の死因は毒ガスです、殴打で死んだなどありえない!」
「異議ありぃ! 直接はそうだろうなぁ。だが間接的にはどうだ?」
「間接的……ですって?」

「例えばこうだ。被告人は体内に入った毒ガスを魔法で押し留めていた。
 しかしそこに来た殴打。被告人は咄嗟に防御魔法を使ってしまった。その分薄まった魔法から漏れる毒ガス。哀れ少女は力尽きる……これならムジュンは生じない」
「異議あり! その主張は重大なムジュンがある!」
「ハッ! 苦し紛れだ、今更何があるってんだ!」

「毒ガスは即効性なので魔法で止める時間はありません」
「な…………」

「何ですってぇぇぇ!」

「即効性の毒ガスで、あなたの主張を仮に通してみましょう。
 すると体内は論外ですから、体外で毒ガスを魔法で留めたことになる。
 ここで防御魔法を使うとしましょう。……さて、ミョウだとは思いませんか?」

「証人が死んでいない……!」

「体外に留めたガスが外へ漏れる。すると、漏れた時に同じくその場所に居た証人もガスを吸わなければおかしい。しかし証人からそのような証言は出ていません」
「い、異議あり! 被告人は人間、証人は妖怪です! ガスの効き具合が違った可能性が」
「このガスは人妖ともに同じ効果を発揮します。……疑うのであれば、そちらのメディスンさんにお聞きしましょう。これが成分です」

「た、確かに……これは人妖どちらにも効く毒だわ!」
「おいメディスン!? お前っ、何で……!」
「真実を究明する」

「それが目的よ。それにどの道、ここで嘘をついてもすぐに暴かれる。向こうには確信があるみたいだからね」
「……チィッ!」

「では改めて問いましょう。蹴ったときは生きていた。しかし幻視では死んでいた。生きていたと言うならば、このムジュンを説明してみせることです!」

「いいえ。まだ、説明は出来ないわ」
「そうでしょう! それなら」
「でも、立場は変わらない。少なくとも、証人が蹴った時点まで『被害者は生きていた』と主張する!」
「そこまで!」

 木槌が一つ打たれ、辺りが嘘のように静まり返る。
 そして裁判長は厳かに語りだした。

「……只今の議論は、証人の蹴った感触が生物であったことについてでした。
 検察側の主張は、『犯人が偽装工作を行った』。対する弁護人の主張は『蹴った時点まで被害者が生きていた』。
 普通に考えれば、前者です。しかし、後者の可能性は捨て難い。何より、生きているふうに偽装する際に、衝撃の耐性から考えるのは不自然です」
「衝動的犯行なら、分からなくもないが……衝動的に念入りな偽装工作なんて……普通は出来ないな」
「すごく飲み込んだわね」

 妖怪の寿命は長い。
 何となく100年ほど、念入りな偽装工作トリックを考えていてそれを使った。
 そんな事があってもおかしくはないのだ。かく言う私も、地底で古明地姉に推理小説を借りていた時は大体そんな感じだった。

「よって、本法廷は次の証人の召喚を望みます。当然喚んでいるのですよね」
「は……はい。アリス・マーガトロイドなら、控室でお待たせしています」
「よろしい。ではすぐに呼ぶように」
「はい!」

「か……紙一重……!」
「すっごく、驚いたよ……心臓が痛い……」
「いやあ、ドラマティックだね。
 それにしてもやるなあ、庭渡さん。3対1なのにまるで引けを取らないなんて」
「検事は専門じゃないのよね? あんなに手強いなんて、普段どんな仕事割り振ってるのよ」
「さあ、わからない。門番しかしてないと思ってたよ。今度、妖怪の山に潜入してみようかな」
「プライバシーの侵害?」
「バジェットの計算」
「投資は……大事……」
「休むなら休みなさい。保たないわよ」


「証人。名前と職業を」
「アリス・マーガトロイド。魔法使いよ。……ところで、弁護側にどうして貴方達がいるの? 関連、無いわよね?」
「成り行き」
「日雇い!」
「この子の為よ」
「……?? 
 まあ、いいわ。それで、さっきまとめた話でいいわね? 検事さん」
「はい。重複は除きましたので、そのまま話していただいて大丈夫です」
「重複……ねぇ」
「何です。気になるなら、尋問で訊けばいい」
「検事の言うとおりよ。重要な情報が隠されてるなら、それを暴くのが私達、弁護団だから」
「まだ何も言ってねーだろ」

『法の法』、第二版48頁。弁護人席はいじめられっ子の席。
第三版で黒塗りに潰されていたけど、本質は変わってないらしい。

「それでは、証言を開始してください」
「(手慣れてるなあ)」

さ、次、次。

〜証言開始〜

「午後の二時くらいかしら。幽香が私の家に来たわ」
「見た目は平静だったけど、ずいぶんショックを受けた様子だったわね。何も言わずに、三杯もお茶を飲んだのよ」
「だから私は訊いたわ。いつ帰るのか、って」
「それで口を開いたはいいんだけど。等身大の人形がどうのこうのって、変なことを言い始めたの」
「そんなの知らないって言ったら、急に出て行ってね。魔理沙の体を抱えて帰ってきたのよ」
「一目見てわかったわ。それは遺体だってね」
「だから、葬式に備えて防腐処理を加えて、私の家に保管しておいたの。ちょうどぴったりなショーケースもあったし」

〜証言終了〜

「目立った差異は有りませんね。風見幽香の証言と一致します」
「……ん? ちょっと待て。じゃあ、いつこの瓶を鑑定したんだ?」
「ああ、審理直前よ。控室で暫く待ってたら、急に持ち込まれてね。これについてなにか知りませんかって」

 証拠品『薬瓶』のデータをアップデートする。
 純度の高いガラス製。『O-310』というラベルが貼ってある。中は空っぽ。アリスによって、審理直前に内容物の鑑定がされた。

「えっ、検案班って人たちの仕事じゃないの?」
「何分、この審理自体が異例で急務でしたので……ご協力頂きました。特別顧問として」
「証人に捜査させる法廷ってなんだよ」
「あなた風に言うなら、『使えるものは使う』です」
「アリだな、捜査させる法廷」
「う、裏切りもの!」
「体制側は似合わないね、正邪。尋問始めるわよ」
「へーへー。わーりましたよ、お嬢サマ」


「はっきり、二時頃なのね」
「ええ。時間を決めて人形を作ってた最中だから。はっきり、二時頃よ」
「時間を決めて……? それ、何の意味があるのさ」
「私の人形は、全部細部まで手を入れて作ってあるんだけど。つい一つの所に時間を割きすぎて、全体のバランスが崩れちゃう事があるのよね。
 だから時間を制限して、強制的に先に全体を作るの。弾幕と一緒よ」
「へえ、そんな方法が……私も今度やってみようかしら」

 口元に手を当て、考える仕草をするフランドール。
 けれど彼女はその手に隙間があることや、その隙間から上がった口角がよく見えることに気付いていない。妖艶でとても良いので言っていないし言わせていない。

「……むぅー」
「どうしたよ、依頼人サマ。ムカつく奴に染まるのを見るのはお嫌いか?」
「当たり前でしょ! あいつと同じなんて私は嫌!」
「そいつは損ってもんさ。ちょっと想像してみな。
 何より自分でそのやり方を信じてるそいつが、同じやり方に無様に負ける様。
 下だと思ってたやつにやられて、恐怖と嫉妬、自己への嫌悪に狂うその面構え!
 どうだい、メディスン・メランコリー! 心が震えてくるだろう!?」
「た、確かに……!」
「一応、訂正するけど。私は良いと思ったからやるのよ、アリス」
「うん、まあ。いいわよ、そいつがそういう妖怪なのは知ってるから。検事さんからも聞いたわ」
「死んでも考えを変えない方ですからね。すっかりブラックリスト入りです」
「ここでは説教しませんが、その意味をよく考えることです」
「(長すぎるのね)
 それで、幽香はどんな様子だったのかしら?」


「……」
「……弁護人?」
「……何茶でしたか!」
「えっ」
「弁護人? それは重要な質問なのですか?」
「(思いつかなくて、適当に止めたけど……)」

「重要です! この裁判を左右するといっても過言ではありません!
 答えてください、証人!」
「とてもそうは思えませんが」
「ハーブティーよ。エストラゴンっていうハーブ。
 爽やかな香りで気分を入れ替えてくれるわ」
「……一応言いますが。毒性はありません。
 また、彼女から自主的に開封したてのエストラゴンの瓶の提出がなされています。
 二人はエストラゴンティーを嗜んでいた。間違いありませんよ」

 証拠品『エストラゴンの瓶』のデータをファイリングする。
 純度の高いガラス製。『olE-0』というラベルが貼ってある。中は空っぽ。

「知り合いからたくさん贈られて飲み切れないからって、紅魔館からもらったのよ。元は村一つ分くらいあったわね」
「……フランドール?」
「ああ、そういえば美鈴が大きいリュック背負って一日出掛けてたことがあったわね。なるほど、配り歩いてたんだ」
「ってことは……毒性は間違いなく無いわね。毒があるなら大量殺人犯だもの」
「……おい、依頼人。一個聞かせろ。
 人と妖怪で、違う毒が作用したり……」
「あるにはあるけど……エストラゴンなら、そういうものじゃないわ。
 だって私も飲んで、成分知ってるもの。誰が飲んでも美味しいお茶よ」
「思ったより広く配ってたのね」
「ちぇ、ザンネンだ」
「ふむ。やはり重要とは思えませんが……」
「ひ、必要なのよ! そうね、証言に加える必要があるくらいに!」
「? まあ、いいけど」
「分かりました」
「それでは、証人は証言を修正するように!」

伝統的なルーマニア料理で使用される5つのハーブ| バトラレストラン
タラゴン(tarragon)で茶を淹れてみた|Junichi Ito|note
ハーブティー:タラゴン (自然と暮らす)
タラゴンってどんなハーブ?特徴・効能や育て方から食べ方までご紹介!(2ページ目) | BOTANICA
使用してはいけない植物(ハーブを含む):盲点の毒草(扱いのもの)をまとめて:ハーブ・薬草 | Namiki Herb Garden Journal
ヨモギギク - 植物図鑑 - エバーグリーン

「死とは本来受け入れがたく、行動を起こすための最も強い動機の一つです。善行の始まりがその動機に起因することも多々あります。
 けれど彼女は死に過ぎた。もはや死は避けるべきものでなくなった。善行の動機を失い、罪を犯し続ける。妖怪の寿命からして、彼女を受け入れる地獄がなくなることを危惧しています」
「……かなりまずい?」
「そうです」

「なるほどなァ。その時に幽香が来て、さぞ集中が乱れたんじゃねえの」
「いいえ。私が訊くまで、幽香はずっと黙ってたから。乱れようがなかったわね。
 すごかったわよ、ノックされたから出てみたら、『入るわよ』って一言言って、私の横をすり抜けて。そのままソファに座るんだもの」
「遠慮ねえな」
「気が置けないってやつでしょう」
「明らかに……不思議ね。他には、幽香の様子に気になるところはなかったの?」


「ショックを受けてたっていうのは、初情報よ! 詳しく教えなさい、証人!」
「詳しくも何も、そのままの意味よ。幽香は動揺していたの


「証人は、少し
 幽香証人に厳しいのではないでしょうか!」
「ん?」
「確かに……ショックを受けた友人に対し、いつ帰るかという質問は不自然です」
「んん?」
「あなたは少し厳しすぎる」
「……」

「……誤解を与えたようね。幽香と私は確かに知り合いよ。けど、親しいわけじゃない。
 むしろ、来るたび厄介を起こす悪縁なの」
「え? 三杯もお茶を出すなら親しいんじゃ」
「誰相手でも出すわよ、三杯くらい。むしろそれで帰ってくれるなら安いものだわ」
「結構嫌ってるのね」
「当然よ。幽香と初めて会ったとき、私が何をされたと思う?
 究極魔法を魔導書ごと盗まれたのよ。おかげであの日、私は生涯盗みを許さないって誓ったわ」
「……」

「(……叩き出さないし、お茶を出してる。
 結構許してないかしら)」

「だから幽香が何も話さないなら、もうそのまま放っておこうと思っていたわ。でも……」

 ちら、とアリスが傍聴席を覗き見る。
 

「気にしてないわよ」

「らしいわ。だから、これが私の距離感よ」

 その言葉に、ニタリと笑う者がいる。
 言うまでもなく天邪鬼だ。不和の種を見つけては、花が咲くまで育てるのが趣味だとか、いつか言ってたわね。本当にあれ、反逆休業中なの。

「へえぇぇ。本当にそうかな? あんなのはただの建前で、本心じゃお前を見下してるかもしれない。もしそうならどうする? あんた、やられたまんまでいられるのか?」
「それならそう言えばいいじゃない。知らない事に対応する義理は無いわ。第一、見下してる奴を殴っても、見下す奴が増えるだけでしょ」
「全員殴れば減るわよ?」
「……幽香。それをやったら、戻れないのよ」
「けっ。いいねえ、誰にも頼らずに済む強者サマは」

「……+10km」


「どーのこーのじゃ分かんねぇなぁ。まとめたにしちゃ妙にフワフワしてやがる」
「些細なことを気にするわね。えーと、『魔理沙の等身大人形を作るなんて、知らないうちに随分趣味が良くなったのね、貴女』って言ってたわ」
「ふむ。一言一句、全て風見幽香の証言と一致します」
「控室にいたアリスは、幽香の証言を聞いていない。つまり、本当にこれしか喋ってないのね、幽香」
「証言に入れても良かったけど、検事さんに削られたし。もう出た情報なんでしょ?」
「そのとおりです、証人」

「重複は除いた。そう申し上げたはずですが」
「悪ぃなぁ、聞かなきゃ分かんねぇモンでよ。何が何のせいで隠れてるか知れたもんじゃねぇからなあ?」

釜の毒

拾った本

庭渡検事は喉の病気を治す力で甲状腺のホルモンを増やし、活力を取り戻すというジョジョの荒技みたいなことをしています。
しかし本編ではどうでもいい設定なので語られないのであった。

最後の最後でスーさん

出発点は鏡……
窓は空いていた?

殺せなかったんじゃない、殺さなかった
殺すんじゃなく、生かすためだったとしたら?

あなたがグルメなら! A3ランクの肉をわざわざ選ぶはずがない!
霧雨魔理沙が一里未満……?
ホワイトハッカー、ヘカーティア

天邪鬼のコンセプトはいつでも殴れる悪です。