「なるほど、もっと派手になりたいと。」
「微妙に違うけど、だいたいそんな感じね」
おい誰だ、こいしに接客任せた奴は。のっけから怪しいぞ。
ちなみに私じゃない。だって今来たとこだし。もうすでに全員揃ってるから、私以外の全員が容疑者だ。けどどうせ全員加害者なんだろうな。
「今日は当番的に余ってたからね」
「なんの当番を定めてんだ?私聞いた覚えねえぞ」
「接客当番を筆頭に、掃き掃除当番、拭き掃除当番、お茶当番や合間の正邪当番もあるわよ。まあ、結局大体メイドが済ますけど」
「うーん、最後がものすごく気になる」
私もしかして適当に扱われてるのだろうか。いや、専用の当番を作られるぐらいには丁寧なのかもしれない。うんうん。くたばれ。
「では依神紫苑ちゃんはそんな内容で。でもって、そちらのお妹様はその手助けということでいいですか?」
「むーーっ!!むぐーー!」
そんな会話の横で、依頼の確認はさくさく進んでいく。ところで、なんでそこの金ピカは縛られてんだ。
「なんだか何かと口出してきて、これだと話し進まないなーと思ったの」
「そこで早速実力行使かあ。私等は慣れてるからいいけど、えーと、紫苑か。いいのか、あれ。」
「女苑はたまに懲らしめられるぐらいでちょうどいいの」
また姉妹間に難を抱えたやつかよ。もうこの幻想郷、仲の良い姉妹いないんじゃないか。琴と琵琶も最近バトり始めてるらしいし。
「むー……ぐっ!」
あ、コード噛み切った。縛りに使ったこいしのコード、そんなあっさり千切れるんだ。心臓から伸びてんのに。
「ぷはっ!ふざけんじゃないわよ!なんで私まで手伝うことにむむむむ!」
フランドールが金ピカの顔に丁寧に紫のコードを巻きつかせていく。しかし金ピカもただでは転ばず、細いコードから一本一本噛み千切っていく。
「こいしー、もっと太くて硬いコード出せないー?これじゃ堂々巡りよー」
「これが限界値ー。しょうがない、これ使ってー」
取り出されたのは、ベルトに穴あきボールがついた待て待て待て待て、あかんあかん絵面がアカン。わかったわかった、ここは間を取って封獣の青羽根でも噛ませよう。太いし柔い分跡がつかないしちょうどいいだろ。
「一本たりとも貸さないわよ。あんたの布のほうがいいんじゃないかしら」
おう、ざけんな。私の布はオンリーワン、お前の青羽は三枚。どう考えても犠牲になるならお前のほうがいい。
「私の羽は千切れたら三日生えてこないのよ」
「逆に言えば三日だろ。布は破れたら面倒くせえんだ」
「縫えばいいでしょ」
「下手に縫うと効力が切れちまうから、作った奴に連絡取らなきゃいけねーんだよ。それともお前が取るか、連絡」
「御免こうむるわね。これだけは貴女と意見が合うわ」
「だろ?」
「あんたら話してないで助けもむまむままま!」
体金ピカ頭紫が喋った。いや、なんで私等が助けると思ってんだ、お前。図々しいぞ。
「うるさいわね!私にそんな指図するんじゃ……むがーっ!」
あっ、ついに入ったな。もう何がとは言わないが、入ったな、今の。これでしばらく大人しくなるだろう。
「では今の隙に、ここにはんこを。」
「ないです」
「ではサインを」
「ペンもないです」
「それならこちらの万年筆を」
「これインク切れてますよ」
契約書の端に突き立てた万年筆が、キシっと音を立てて折れる。貧乏神って物にも効くのかよ。そろそろ私離れたほうがいいんじゃないか。
「物体にも貧相やみすぼらしいって表現はあるからねえ」
概念があれば効くのか。恐ろしいなおい。
……なあ、もしかして貧しい考え方とかにもなるのか?
「かもしれないな。流石にそれは、試したことない。ただ、貧血にはなるかもしれないわ」
考え方より遥かに即物的な害が出るじゃねーか。さっさとサインして帰れ帰れ。
「そうしたいけどねえ。書けないんじゃなあ」
「貧血……血……そうだ、血判。こいし、血で拇印を押させればいいのよ」
「おー、名案。えーと、ナイフナイフ」
こいしが懐をまさぐる。先に出てくるのは論文の束、110%と書かれたシール、黒い布。どれも変な魔力感じるんだが、どうなってんだ地底。
「あったあった。メスだけどいいでしょ」
「指まるごと詰められそうなんだけど」
「指一本無くっても人生は詰まないわよ」
「そうじゃねえ」
「……!……!!」
あ、紫頭が動いた。めっちゃ手でバツ作ってるんだが、何を意味してんだろうな。よもやこっちを気にする余裕があるとは思えんし。
「それでは、失礼つかまつる」
こいしがメスを構えた。いや、それ刀。刀の構え。ガチでまるごと行く奴。斬り捨て御免しちゃうやつ。止めろ止めろ。
「ちぇすとぉ!」
「あ、そろそろまずい」
非情に振りかぶられたメス。それに対して紫苑は避けることすらしなかった。
こいしが何もないところですっ転んだからだ。
「わわっ!わ……あがあっ!」
ザシュ。
小さな音は、切り裂いたという事実だけを残す。
それで何が起きたかなんて、伝えることはないのだ。
「……ああ、メスが」
『倒れたこいしは、わずかに震えるも、やがて活動を停止する。
明るい黄色の衣服が、赤へ朱へと染まっていく。
彼女の胸には、鈍く輝きながらも、メスがまっすぐ突き立っていた。
密室ではない。アリバイもない。しかし誰も解けはしない謎だけが、その部屋には静かに横たわっていた。』
「ややこしくなるからさっさと起きなさい、こいし」
「はいはーい。いいシナリオだと思ったんだけどなあ」
そんな事件あってたまるか。偶然すぎて探偵もパイプぶん投げるわ。
そう、さっきのはこいしの独白である。つまり本当は、
「ははー、すまんすまん。うん、ほんとごめんなさい。ああなるのは予測してなかった」
こいしが指差すところには、紫苑がいて、メスを止めたフランがいて、その紫苑が持っていた書類には穴が開いていて。
でもってその書類、さっきからサインを求めてるやつで。
「さすがメスよね。投げただけでまとめた書類も一気通貫」
「麻雀すんな」
「私は心に痛みを痛感」
「ラップすんな」
「はい次紫苑ちゃん!」
「えっ。えーと、あいつと私は夜長に姦通」
「無理すんな」
だいぶ染まってきたなこいつ。なるほど、こうして狂人は作られるのか。いや幻想郷に馴染んだと言ったほうがいいのかね。
「いいから新しい書類出しなさいよ、まったく」
封獣がテーブルに書類を広げる。依頼人情報、依頼詳細、注意事項、免責事項。ちなみに実はどれも封獣のお手製である。写経に似た気分で作れるらしい。
「意外と真面目よな、お前」
「あんたが不真面目に過ぎるのよ、バカ」
「いつになくどストレート!」
「ところで女苑ちゃん終わったけど」
「副音声で二つ伝えるの効率いいわね」
「私にはその副音声聞こえないんだけれど」
「ああ、めんごめんご。紫苑ちゃんまだ慣れてないよね。まずは親指をガリッといってくんない?」
「こう?」
親指を軽く噛んで血を流す。どす黒い血が細い指から滴り落ちた。普段何食べたらこんな不健康な血が出るんですかね。
「雑草はごちそう、水たまりは甘露」
そう言いながら書類に押し付けた指は、今にも折れてしまいそうなほどで。骨が浮き出て、青白くて、太陽に向けても庇にすらならないような薄い手のひらから、その指は伸びている。
「はーいおっけー。ではでは仕上げを御覧じろー。くるくるーっと」
「…………今日、食べてくか?」
「大丈夫。天界の桃があるから」
その彼女が懐から取り出したのは、仙果。地上の人間が泣いて欲しがる高級品だ。
「窃盗?」
「ノータイムかい。れっきとした貰い物よ。そうだ、何ならみんなで食べない?前払い料ってことで」
「へえ、いいわね。じゃあお皿を用意しなくちゃ」
戸棚から出てくる小皿、フォーク、コンポート。あとこの部屋に無いものってなんだろうな。トルクスドライバーもあったからもう分かんねえんだ。
「じゃあ私は女苑ちゃん起こさなきゃ」
はらりと解かれたコードの下には、……うん、記すのはやめておこう。彼女にも尊厳というものがある。天邪鬼にも分別はある。けれどここにR-18はないのだから。
「なら私はカッター役」
「赤羽を振り回すな、危ない」
「問題『ないわ、当たるとしたら貴女だけ』」
……ちょっ!六本全部こっちに向けんな!死ぬ!死ぬ!ちょっとセリフ被せてみただけだろ!そんな怒んなよ!
「問題ないわ、私は死なない」
「異議あり!私は死ぬ!」
「じゃあ死ぬな!蓬莱の薬をつきつける!」
「うおおお!そんなもん常備してんじゃねーっ!」
飛んで来た薬瓶をキャッチしてソファに投げつける。下手に割れば粉末を吸い込んで不老不死化、なんてなってもおかしくない。あの月人のことだし効果は徹底してるはずだ。だからマジでやめろ!それ以上投げるな!
「変若水!TA-65!バナナ!」
「最後のはむしろ死ぬ方だぞ!」
つーかお前、桃切れよ!カッター役じゃなかったのか!私をカットしたってなんの意味もねーだろ!
「問題ない!もう切った!」
封獣が指差した方向に一瞬目をやる。そこでは余った三人が引っ張りだした木椅子で桃を頬張りながら観戦していた。呑気かよ!助けようよ!
「あの二人もよく喧嘩のネタが尽きないわねえ」
「……え、いつもあんなに派手にケンカしてるの?」
「そだねー。ま、今は弾幕ごっこのルールに則ってるから、問題ないだろーってねー。」
「昔は破ってたのね」
「ええ。あれはひどかったわね。その時期の紅魔館の修理費の七割はあの二人が担っていたと言ってもいい」
フランドォォル!自分の罪をこっそり減らしてんじゃねーよ!その七割のうちお前が破壊の実行犯だったの九割だろぉ!
「止めるためのスターボウブレイクをそろって弾く方が悪ーい!っと。とにかくそれだけ良く戦ってるからねぇ。もしかして止めるほうが間違ってるのかしら?」
「かもねー。試しにずっと戦わせましょうか。勝った方は紫苑ちゃんとボーナスゲーム」
「ナチュラルに巻き込まれた!?」
畜生、助けてくれそうな奴が被害者側に!ふざけんな、五ボスがEXボス相手に何秒持つと思ってんだ!もう反則アイテムもねーってのに!誰かヘルス!ヘルスミー!
「今日こそ死ね!鵺符っ!」
叫びは虚しく、このキメラが待ってくれるはずもなく。スペルは無情に発動された。
どろり、と音がしたような気がする。
それが視覚からの錯覚だと気づいた時には、もう遅い。目の前は黒い雲に覆われ、一寸先すら闇に包まれる。
鵺符『アンディファインドダークネス』。まず視界を奪い、戸惑っているところを青光弾で静かに仕留める暗殺スペル。封獣のスペルカードの中では、弾が少ないし形は固定だしで殺意は低い。
ただし、弾を避けることに集中していれば封獣が突進してくる。逆に言うなら、それさえ気をつければ問題ない。のだが……
「ちっ……!」
全神経を集中して光弾を避ける。
実を言おう。これ、初めて避ける。何せさっきの説明、こいしから聞いただけだからな。だから存在知ってるけど見るのは初めてだし、それで避けられるなら苦労はしない。
そんな言い訳は通用しないがな!
「動くな!おとなしく逝ね!」
「そんなんで誰が止まるか!」
しかも相手は私だ。周りで見物しないとわからないが、封獣は私相手にだけ、普通に撃つ時より弾幕全体の早さを二十パーぐらい早くしてるらしい。
その話を聞いた時は、よく私今まで死ななかったなと自分を褒めたくなった。あれ?次々思い出が出てくるけど、これもしかして走馬灯?
いや、走馬灯はピンチへの対抗策を今までの人生から弾き出すためのものなのは分かってるけど。つまりは生きるのを諦めてない分まだマシなんだけど。でも実際見るとやっぱ私死ぬんだなって冷静に思っちまうな。
それどころじゃないけど。
「いけー!あと二十秒ー!今日こそ打ち破れー!」
「誘導するのよー!うまいことそこに誘い込めー!」
「……えーと、うーんと。とりあえず、命関連の財禍は祓っとこう……」
こっちの苦労はいざ知らず、ギャラリーはにぎやかだ。怒りが湧かないこともないが、下手にちょっかいかけて三対一になるのは御免被るね。
いや、紫苑を引き込めばワンチャンか……あれ?姉の金ピカどこ行った?
「隙有り!喰らえ!」
「うぉわっ!?」
あっやべ、余所見が過ぎた!もうトライデントが目の前まで来てる!
あれ、なんかバチバチしてね?……もしかして、ご丁寧に帯電してる!?
やばいやばやばい!あれを喰らえばどうなる?一瞬体が痺れて、隙だらけになって、その後は……!
くそっ!逃げようにも、いつの間にか隅に追いやられてやがる!上も下も弾できっちり埋めて、隙間なんざ見つからねえ!さっき言ってた誘導って、封獣の方かよ!
「…ちっ、させるかよ!」
懐からアイテムを取り出す。
私の持つ殆どの反則アイテムは、日が経つにつれその効力を失っていった。このレプリカも例外ではないが、巨大化させて盾にするくらいならこの状態でも出来る!
「無駄だ!」
でも防げるとは言ってないからな!そりゃ貫通するよな!畜生が!だってプラスチックだもんな!
でもしゃあないだろ、他のアイテムなんて無えんだよ!布は最初の赤羽で使い果たしたし、陰陽玉は無えし、傘は昨日折れた!
……詰んでるじゃん!
くそっ、ここまでか……!
「お止めなさい」
……っ。何だ?トライデントが止まってる?誰かが握ってるのか。……帯電槍を?
フランドールか?いや、あいつも驚いてんな。なら他に誰が止められるってんだ、こいつの槍。こいしはこんな直接止めないし、紫苑も積極的に止めようとしてなかったはずだ。
なら誰だ?……もしかして、金ピ……
「どのような方であれ、目の前で命が消えるのを黙って見てはいられません。退きなさい」
……誰!?
「じ、女苑?」
「あー、弄り過ぎたかな」
こいし、テメーの仕業か!何のスイッチ押したんだ、完全な別人になっちまってんじゃねーか!
「……止めたのは驚きだけど、割って入るなんていい度胸ね。どうされても構わないってのね?」
「いいわ。それであなたの気掛かりがひとつでも消えるというなら、私は喜んでこの身を火に捧げましょう」
「……」
…………うわぁ。封獣が見た事もない顔してる。
けどきっと私も同じ顔してると思う。苦虫を舌と一緒に噛み潰したような顔を。まあそりゃ引くよな、だってまるでお前の親玉様みたいな話し方だし。
「さあ、ここで戦う理由など無いはずです。行きますよ、皆様」
「……どこへ?」
フランドールが疑問を零す。その答えを、彼女は一切の曇りなく返した。
「決まっているではないですか。紫苑を、私の誇りの姉を、幸せにするために」
そういって彼女は歩き出す。
その足取りに疑念はなく。
その振る舞いに嘘はなく。
軽くはにかんだ彼女がドアを開ける。
「光の射す方へと」
……
……
「いや、だからどこだよ!」
「あれは姉さんじゃない!」
ドアが閉まるのと、私と紫苑が叫ぶのは同時だった。