「最近な、白髪が増えたと思うんだ」
 「……何よ、突然」
 少しずつ暑くなる前の、束の間の休息を味わう初夏の朝。今日も幻想郷は騒がしい。
 まあ、紅魔館が半壊したのが昨日の今日なので、無理もないけれど。そのせいか人里では文々。新聞が珍しく飛ぶように売れていて、思わずそのうちの何割がキャンプファイアーの燃料になるか計算したくなったほどだ。私の予想では十割。
 そんな中、ここ魔法の森はいつもと同じ静寂を保っていた。私も、隣に居る封獣ぬえも静かなのが好きだから、紅魔館に着くまでの僅かな間と言えど、音の少ない場所ってのはありがたい。
 というわけで、冒頭に戻る。
 「いやさ、私の髪の毛って見てのとおり、黒と白と赤なわけじゃん」
 「そうね」
 「で、私の地毛は黒なのよ」
 「意外ね。もっと全面赤の髪を黒染めしてるのかと」
 「この前髪は天邪鬼だと勝手にこうなるんだ。好きで赤してるわけじゃない。」
 「あら、そう?似合ってるのに、その前髪」
 「……ふん。でな、黒と赤はこうして説明がつくんだよ」
 「うんうん。白に覚えはないと」
 「そう、それ。白なんて天邪鬼から最も遠いイメージじゃねーか。なんで生えてるんだか。」
 「それも地毛だったのね。染め分けてるのかと思ってたわ」
 「染めたら髪にダメージが入るじゃないか。艶のない髪は嫌だ」
 「変なとこだけ乙女ね、貴女」
 「うっせ。それでな、それが最近増えたんだ。」
 「ストレスでしょ?」
 「それだったら今頃私はスキンヘッドだっつの。原因不明なんだよ。一日千本単位で増えてる気がすっから怖くてな」
 「そう?そんな風には見えないけど」
 「近い近い。頭を見ろ、頭を」
 「見てるわよ。そうね、言われてみれば白の毛束が増えたかな?あと枝毛」
 「それは関係ねーよ。……いだだだ!無理やり梳こうとすんな!」
 「ゴワゴワじゃない。床屋行きなさいよ」
 「冗談じゃねえ。あんな無防備なとこ行けっかよ。それ行くぐらいなら自分で切る。」
 「ゴワゴワも髪へのダメージだっていうのに。私が切ってあげよっか?」
 「それこそ無いわ。首ごと持っていくだろお前」
 「隙を見せたら、そりゃ殺るわよ」
 「無茶言うな。じゃなくて、白髪だよ白髪」
 「原因不明の白髪ねえ」
 「私も私なりに調べはしたんだよ。白髪になる病気とか、祟りとか」
 「普通に老化って可能性を考えないのね。」
 「いくら私が人間に近くても、そりゃないだろ。普通髪より先に身体が成長するもんだ」
 「成長?」
 「どこ見てんだテメェ。」
 「あら、どこを見てると思ったのかしら?」
 「ったく……とにかく、なんか白髪になる原因に心当たりねえか?うっかり私に呪いをかけたとか」
 「だったら髪より先に腕が砕けるはずなんだけど。」
 「思ったよりハードなのやってんじゃねえよ」
 「明日で七日目よ」
 「今日を最終日にしろ。じゃなくて原因な」
 「楽しかったのに。そうね、その白は地毛なのよね?」
 「たりめーだ。いつから生えてるかは知らんが、地毛にゃ間違いねえ。」
 「え?」
 「うん?」
 「生まれた時からじゃないの?」
 「いや、私生まれや育ちの記憶薄いし。じっくり水面見る機会もなかったしな。」
 「じゃあなんで地毛って知ってるのよ、誰かが染めたかも知れないのに」
 「決まってんだろ、そりゃ――あれ?」
 「?」
 「……何でだっけ?地毛なのは間違いないんだが」
 「ちょっと、しっかりしなさいよ。無知の知気取り?」
 「ありゃそういう意味じゃねーっての。けど思い出せねぇな、うーん」
 「もう。あ、着いたわよ、紅魔館」
 「もう着いたのか。話してると一瞬だな」
 「相対性理論によると、一瞬で時間が過ぎ去るのは貴女がそれを楽しんでいるかららしいわよ」
 「そうかい。次にひっくり返す物はそれにするわ」
 「楽しいことぐらい認めればいいのに」
 「私ァ天邪鬼なのさ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「……私と一緒の時は、一つだって嘘つかないくせに」
 「あん?どうした封獣、立ち止まって。お前も記憶喪失か?」
 「違うわよ。ほら、ぼさっと立ってないでさっさと行くわよ」
 「お前が立ち止まったんだろうが……」