「……で、4が出たから朝っぱらからここに来たのか?」
 「そうだけど?」
 「そうかあ」
 私は正体不明の種を手の上で転がしながら、さも当然のように言った。
 「ってなるわけないだろ! しかも毒を作りたいって、そんな犯罪の片棒私が担ぐかぁっ!」
 霧雨魔法店の店主、霧雨魔理沙は怒鳴った。
 しかしそんなに怒られても。私はただ、選択に思い悩むメディスンに四面ダイスを手渡しただけだ。まあ正体不明の種で作った、絶対に4の出るダイスだったが。いくつか質問した時に人間嫌いだと言ったので、少し意地悪した。反省してない。
 「でもキノコで作る魔法薬も毒みたいなものでしょ?」
 「少なくとも他人を殺すのに特化したもんは作らんわい!」
 「……ええ、こいつに頼むの? あんまり人間の手は借りたくないんだけど……」
 「ほれみろ! メディスンもテンションだだ下がりじゃないか! わかったらさっさとアリスのとこでも行って改造してもらってこい!」
 「いや、あそこ行ったら自爆機能付くだけじゃない」
 良くてレーザー、悪くて自爆。そもそも都会派人形師であるアリス・マーガトロイドは、毒という決着に時間を食うものは使わない。真っ先に削除した行き先だ。
 「そう邪険にすんなよ親友? 私と一緒に反逆した仲じゃないか」
 「忘れろ! ……とにかく、私はそんな厄介事引き受けないぜ。ほれほれ、回れ右してここから出て行け」
 「回れー右! あれ? 目の前に魔理沙がいる! これはつまり魔理沙に頼めという啓示ね!」
 「そりゃ360度右に回ればそうなるだろうよ!」
 「まあまあ、みんな落ち着いて。魔理沙、何も人を殺して欲しくて頼みに来たわけじゃないわ。もう少しだけメディスンの話を聞いてちょうだい」
 さすがフランドール。ここでみんなを宥められるのは彼女だけだ。これを受けて話を聞かないと言うなら私が十七つ裂きにしてやろう。
 「……殺したくありません、毒を作ってくださいって横流しぐらいしかないと思うんだが……じゃあ、言ってみろ」
 「毒物の歴史を終わらせてほしい」
 「どう考えても私に頼む案件じゃないぞ!?」
 「端折り過ぎ。私達はただ、この子が諦めるために最高の毒を完成させるのを手伝ってほしいの」
 「ああ、何だそういうことか。……諦める?」
 「メディスンの夢は人形解放なんだけど、これには毒が邪魔なんですって」
 私も色々端折ってるが、まあ伝わるだろう。全部の真実を伝えてしまうと、あとから都合良く変えることはできない。だからこの程度が丁度いい。
 「……」
 「ねー頼むよ魔理沙ぁ。もしだめなら誰かできそうな人紹介してよぉ」
 「つまり自分で毒を作るか、友達を一人売るかだ。さあどうする?」
 「正邪、言い方」
 「博麗霊夢」
 「こいつノータイムで友達売りやがった!? でもそれ退治されるじゃねえか! 他呼べ他!」
 「……んー」
 天邪鬼がそう言うと、魔理沙は頭を抱え、首を捻り、肩を回すと、ついにはすっくと立ち上がり、客室を離れては一冊の分厚い本を抱えて戻ってきた。
 ハードカバーの表紙に描かれた、棘がついた葉っぱと針山のような見た目の花。それを中心として、丸や三角や三日月形が複雑に組み合わさった紋様が刻印されている。見るだに怪しげなその本が机に投げ出されると、途端に埃がそこらに舞った。
 「けほっ、けほ……なあにこれ」
 「禁書指定、毒の書『薊』だ」
 「毒の書!? 何それ最高!」
 メディスンが勝手にはしゃぎだす。私の耳元で。何だかさっきから私とメディスンの位置近くないか。後でこいしに無意識下レベルで引き剥がしてもらおう。
 「ただし、こいつは渡せない」
 「ええ!? 何で!」
 「餌を置きながらにして取れないとか鬼畜の極み!」
 こいしも騒ぎ出した。こっちも後でこいしに……いや、こいしはもうどうしようもないか。
 「最後まで聞け。毒だろうが何だろうが、諦めるためだなんて後ろ向いてる奴に手を貸す理由はない」
 「ああん? どういうことだてめぇ」
 「最後まで聞けって言ってるでしょうに」
 肩を掴み、天邪鬼を無理やり椅子に座らせる。全くこいつは話一つも聞けないのか。先に十七分割するぞ。
 「痛っ、何すんだ!」
 「言ってもわからない奴の体に教えただけよ」
 「……本当ムカつくやつだな」
 ギリッ、と歯軋りが一つ。そのギザギザの歯で軋ませたら欠けるんじゃないの? そう思ったが、まあ言う義理もない。魔理沙に顎をしゃくって示す。続けて。
 「いいか? 何かを完成させるってのは、とてつもない覚悟がいるもんだ。邪魔だから退かしたいっていう言い訳じみたもんじゃ、この本を貸したところで結果は同じ。だから私は、今のお前らにこれを貸すつもりはない」
 「なるほど、読めた。覚悟が決まったら来いっていうRPG方式ね!」
 「そういうことだ。ちなみに私はA連打じゃ突破させないぜ」
 「あなた達は何で通じあってるのよ」
 時々私はこいしの知識量に驚かされることがある。本人は無意識に得た知識と言うが、それにしても多種多様の多量だ。よく人間がついていけるな。
 「覚悟……覚悟かあ。確かに夢はあっても覚悟はなかったかも」
 「はっ、覚悟だと? 笑わせるな。お前の裁量に付き合う筋合いはねえよ。メディスン、その本奪っちまえ」
 「覚悟、なるほど目的の達成に犠牲を厭わない覚悟……それが私の答え!」
 「させるか」
 魔理沙が星弾を作り、メディスンの目の前に出現させる。星弾は丁度本に跳びかかろうとしたメディスンの眉間で炸裂した。
 「熱ーっ!」
 「そういうのは求めてないぜ。ともかく、お前らの理由は軽すぎる。もう一回よく考えなおしてくるんだな」
 「……」
 ところで、さっきからどうしてフランドールは一言も喋ってないのだろうか。毒の書を見つめたまま固まってるんだけど。
 「どうしたのフランドール。何か珍しいものでも見た?」
 「いや、その逆というか……魔理沙、この本どこで手に入れたの?」
 ぴくっ、と魔理沙が肩を震わせる。
 「何だか大図書館で見た気がするのよねえ、この本。まさかまた盗んで……」
 「待て待て! 見たことあるのはしょうがないぜ。この本が作られた年代は魔導書の装丁の流行りがこれだったんだ。それにもし盗んだものなら、お前らに渡す理由なんて無い。そうだろ?」
 急激に早口になる魔理沙。ものすごく怪しいが、魔導書の知識がない私たちには嘘かどうかはわからない。魔女なら魔女裁判できるが、彼女は魔法使いだ。残念。
 「そう。ならいいけど」
 フランドールはそこで話を打ち切り、床に無残に転がるメディスンを拾いにいった。
 「今はあなたを信じるわ、魔理沙。ありがとう。行くわよメディスン、一旦引きましょう」
 「ふぁい……」
 「ちっ、依頼人があれならしゃあねえか」
 「むー、残念」
 四人がぞろぞろと外へ向かっていく。私もそれについていく素振りを見せつつ、毒の書の下に種を投入。そして毒の書ごとこっそり回収。
 「はいお客さん、困るぜ魔導書を正体不明にしてもらっちゃ」
 ちっ、あっさり看破された。いつの間にか毒の書は魔理沙の右手に納まっている。投げ返された正体不明の種を掴む。
 「……あなた、UFO追いかけてた時より成長したわね。一体どれだけ修行を積んだのかしら」
 「別段変わったことはしてないぜ。前ばっか向いてただけだ」
 「だから後ろ向きに頑張ってる奴には手を貸せない」
 「そうだ。それに使えるエネルギーがあるなら、前に回せばいい。そう思わないか?」
 なるほど。希望と期待にあふれた少女らしい答えだ。きっと彼女なら、どんなにへこたれても前へと自分で歩き出せるのだろう。実によく育った子だ。
 それなら私は妖怪らしい答えを言わせてもらう。
 「前なんて、走り出してから決まるものよ」
 私が中心だっていう、身勝手で傲慢な答えを。
 魔理沙は目を見開き、きょとんとした顔で目を瞬かせている。そんなに驚くこと言ったか。
 そう思っていたら、彼女は口元に指を一本立てた。
 「それ、メディスンに言うなよ。あっという間に答えに着かれちゃ覚悟にならない」
 「ああ、正解だったのね」
 紛らわしいわね。何か間違えたかと焦ったじゃない。
 「正しくはそのうちの一つだけどな。さて、そろそろ仲間が呼ぶ頃じゃないか?」
 玄関の向こうからかすかに、私を呼ぶ声がする。おい『さっさと来いよトラツグミ』って言ったのあいつだろ。トライデント串刺しの刑。
 「そうね。それじゃ、また後で」
 「ああ。お前がいるなら、あいつらは大丈夫だ」
 魔理沙に手を振りながら、玄関のドアを開く。さわやかな初夏の風が家の中に飛び込んだ。
 私はその風に乗せて言った。
 「まあ、ダイス次第ではもう来ないんだけど」
 「えっ」
 そのままドアを閉める。
 
 
 「遅いよぬえちゃん! もう三面ダイス振っちゃったよ!」
 「それはダイスって言うより三角鉛筆じゃない? で、今回はどんな選択肢なの」
 「一が人間の里、二が旧都、三が永遠亭。正邪は採用されたからパスよ」
 「おかげでまともな選択肢ね」
 「私も候補を入れたのよぉ……」
 「メディスン、お前まだへばってんのかよ。覚悟より先に体力つけたらどうだそうだなこいつの槍を止められるくらいいい!」
 「手加減とはいえ、私の槍投げを素で止めたから『褒めて』あげるわ。それで、ダイスは何が出たの?」
 「んっとねー……」