一度整理します。私が求めていたのは「シルバーナイフ」でした。そして、それはカセン主に咲夜さんの個人部屋にあります。咲夜さんは日夜、このナイフを使用して主の敵を〆ています。
ではこのナイフ、元々はどこから出てきたのでしょう。銀はお高く、咲夜さんの給料……給料……? では買えません。結論を言うとレミリアさんが用意した備品です。つまりレミリアさんはこのナイフの元の持ち主であり、自由に使う権利があるということです。
だからどうしたのかというと、思い返してみてほしいのです。レミリアさんは通常弾幕や獄符「千本の針の山」などでナイフを使っています。この時、レミリアさんは何のナイフを使っているのでしょうか。
ナカ――二人の戦いが、廊下に幾万の傷を残す。
床の焦げ跡。壁の足跡。消えた燭台の炎。残された大玉。
……引っ張って申し訳ありませんが、ランダムです。鉄だったり、炭素鋼だったり、チタンだったり真鍮だったり妖力だったり血だったりします。イベントをこなせば異世界特有の謎物質で出来たナイフも交じります。ただ銀が出る可能性はあります。だからレミリアさんに挑みに来たわけです。
ただし確率は一本につき2%前後。か細いですが、個人部屋に忍び込めない以上、現実的な入手経路はこれだけです。ガチャより良心的。他はルール無用咲夜さんを叩き起こして時止め対策無しで相手取るとか、個人部屋よりかはセキュリティ甘めなナイフ補充用の部屋をノーヒントで見つけ出してノーツールピッキングするとかです。漂う不可能感。
その点この方法なら、ナイフを100本集めれば86%の確率で銀を引くんですよ。149本で95%、342本で99.9%。すごく簡単な気がしてきませんか。冒頭と言ってることが違う気もしますが、これは分の悪い賭けではなく身を滅ぼす賭けなのでセーフ。
「いい動きね、やるじゃない。次はこれよ」
符の弐「マイハートブレイク」。例の大技、神槍「スピア・ザ・グングニル」のちょっと弱体化バージョンです。本体が隙だらけのように見えて、その実使い魔で守られているので反撃すると死にます。もちろんハートブレイク自身が掠っても死にます。
「あら……避けるのね。じゃあ、もう少し不規則に」
運命「ミゼラブルフェイト」。妖力が込められた鎖がうねりながら飛んできます。当たっても死にませんが、そうするとすぐにレミリアさんが突っ込んでくるので死にます。十本まで同時に出て、しばらくすると鎖から弾幕も出ます。退路を常に持たないと死にます。
お察しいただけたでしょうか。今の耐久力では大体何でも死亡です。こんな序盤で、しかも若干容赦が薄まる泥棒状態で挑む相手じゃないから当然です。弾幕占いじゃねえんだぞ。
仮に死なずとて、瀕死になればいつかの滝と同じく根性が使えなくなります。スタミナも足りないこの序盤では、根性が無ければ弾幕避けなんて出来ません。つまり死ぬのと変わりません。命からがら逃げ延びても、瀕死状態は動作が鈍るため、夜明けまでの帰り路に間に合わずチャートが崩壊します。まあそんなの気にしなくていいんですけどね。だって根性が体力をゴリゴリ削るせいですぐに全攻撃が一撃圏内になりますもの。
さらにこのゲーム、本来は全弾幕が空を飛んで避けること前提で作ってあります。なので、空が飛べない今は運が悪いと回避不可パターンを引いて死にます。ある程度誘導はできますけどそれでも怯えながら避けることになります。試される祈祷力。
おまけに先程の条件で言い忘れてましたが、ナイフを投げるかどうかは私の弾除け技術次第です。こちらが強すぎるとグングニルや|ミッドナイト《妖力体当たり》を繰り出してきて、弱すぎるとナイフの代わりに|サーヴァントフライヤー《コウモリ弾》を連打されるため、程々の強さで機会を窺わねばなりません。いっそこちらから反則を犯せば|フィットフルナイトメア《ナイフオンリー弾幕》になってナイフ取り放題になるんですけど、弾幕ごっこのルールは恐ろしく曖昧なので反則はなかなか犯せません。正邪はすげえよ。
まとめると、六面ボスの苛烈な弾幕を前に、空を飛ばず、一撃も食らわず、ある程度下手っぴに避けながらいつ来るか分からないナイフを祈るだけの簡単なお仕事です。ブラック企業には気をつけよう! でもこれでもルール無用咲夜さんよりマシなんですよね。なんで魔理沙さんは毎回逃げ果せてるんですか。
見れば見るほど不利ですが、有利な点もあります。日付が変わったおかげで根性デメリットの体力最大値減が消滅し、根性の使用回数が戻っています。だから日付を気にしていたんですね。さらに根性の隠し効果、「デメリット解消時にちょっとだけ体力の最大値が伸びる」によって今なら一回分も多く出せちまうんだ。そうです気休めです。
「へえ。勿体ないわね、泥棒なんて。ここで働いてみる?」
ナカ気づけば、二人はテラスの前にいた。
今までの廊下よりも、一際広くなったその場所は、月光で床が弾丸状に照らされている。
その向こうのテーブルでは、ティースタンドが一切れになったスコーンを抱えている。カップで凪いでいる紅茶は紅に染まった幻想の空を映す。幽かに吹いた風がポットの湯気を揺らめかせる。
丁重にお断りします。これは冗談じゃないので、もし頷くと一気に紅魔館ルートに引きずり込まれます。紅魔館ルートは犯人探しに血の記憶とかルミノール魔法とか持ち出されるんでちょっと……。
「そう。なら気兼ねなく」
光の弾丸が――黒く、黒く塗り潰される。
その姿を見たものは自ずと悟る。夜の王とは、けして吸血鬼の強さだけを指す言葉ではない。
夜を為す王。彼女の操る、空を覆うほどの蝙蝠。
それを夜と喩えた、挑戦者たちの遺言でもあるのだと。
「遊びましょうか」
……! 紅蝙蝠「ヴァンピリッシュナイト」! 来ました、ナイフです!
ヴァンピリッシュナイトは撃ち出したコウモリからナイフを出すスペルです。取材に来た鴉天狗を追い返すために作られたスペルのため、容赦なくナイフが飛んできます。つまり量は申し分ありません。また、大量のコウモリで視界が悪くなっているため盗んでもバレにくくなっています。そう、大当たりです! 探せ探せぇ!
――さて、先程の説明では意図的に省いていた情報がありました。
《《大量のナイフの中、どうやって「シルバーナイフ」を見つけるのでしょうか?》》
そもそも、「シルバーナイフ」は固定の形状を持ちません。汎用の様々な形状のナイフのうち、材質が銀であるものを指す言葉です。すなわち見ただけではどれが「シルバーナイフ」なのかさっぱりわかりません。
これが咲夜さんのナイフであれば、すべてが均一に拭かれているため輝きが一定となり、見た目で判別することも一応可能になります。
しかし、普段レミリアさんのナイフを拭いているのは妖精メイドです。どうしても拭きの品質にムラが出るため、輝きで見分けるのは不可能のはずです。断定できないRTA界の闇。ただ少なくとも私はそんな専門的なことはできません。
ではどうするか? 答えはこれです。メリーナイフを構えて。
「! ……面白い。まだまだぁ!」
タイミングを合わせて振り、刃同士を当てます。
つまり、弾いて音で判別します。
高音がのっぺりしてたり、低音ががっしりしてたり、全体的に厚みがありすぎたら別物です。銀ならば高低両方に幅を持ち、輪郭がハッキリした音色を響かせるのですぐに分かります。メリーナイフの音は頭の中で排除しつつどんどん確かめていきましょう。今夜は豪奢なカクテルパーティ。
ちなみにこの判別法、なぜか少数派です。今は金魔法派生の雷魔法で導電率を見る方法が主流ですね。なまじ小回りが利くぶん、あれもこれも魔法にしてしまいがちですが、こちらの方がスタミナ消費が減って楽になりますよ。おすすめです。というか私しかやってなくて寂しいのでもっと増えろ。
ところで、そろそろ全攻撃が一撃圏内ですけど。レミリアさんや、銀はまだかいのお……?
……
…………
…………ん?
あっ、ちょ、おまっ! 今の銀じゃ! 拾わせ……危なっ! 服焦げる! いやでも取りました! 任務達成! あとは生き残るだけです!
「当然、こんなものじゃ終わらない!」
……? 多くない? ナイフ多くない?
というか、長くない? スペル終わらなくない?
「まだ、まだ行けるわ、私も、あなたも……!」
多くない!? 前も上も横もキラキラじゃない!?
もうほとんどフィットフルですよこれ! 逃げ場がない!
「ああ……体が、軽い! まるで満月の下で踊っているよう……!」
……。
まさか。
ナカ黒い蝙蝠の群れから、ナイフの海から、振り乱す金髪の隙間から。
鋭い視線がテラスに向かう。
そこにあるティースタンドに、カップに、ポットに、視線が泳ぐ。
燻る湯気。その意味に思い至る。
こいつ。
こいつッ!
テラスで紅茶飲んでやがった!
「食らった」んだッ! あの月光爆弾をッ!
満月の日と同じ力を取り戻しているんだッ!
光の強さは距離の逆二乗! 爆弾に込めた程度の月光では、はるかテラスに届いたところで、妖力上昇は誤差のはず! 何も変わりはしない! なのに!
このお嬢様! 燃費が良すぎる!
こんな時に限って! 銀が出ねぇ!
根性用の体力がもう無いんですが?
※根性の至点はイベントが用意されているため、ここでは使えない
なんか血塗れですけど気にしなーい。連れて帰ります。一人でも欠けたら命蓮寺の修行が中止されてしまうので。
いやまあ、途中で着替えさせますけど。
銀は通電性が高いので、初級金魔法を少し極めて雷魔法を出し、都度撃って確かめるという手もあります。勿論スタミナ消費は激しくなるので飴を持ち込むのがおすすめです。この事態を予測してたらの話ですけどねははは。
ガバカバー
今だから言えますが、このリカバリーは悪手中の悪手でした。まずはレミリアさんに挑んでいる理由から説明します。
憂さ晴らしじゃありません。追って説明いたします。