今回ばかりは、流石に死んだんじゃなかろうか。
 
「こつり、こつりと歩きながら。
 ぽつり、ぽつりと考える」

 上級魔法を失敗して倒れ、
 手の骨がぐっといって倒れ、
 病み上がりで魔力を荒使いして倒れた。

「空は暗闇ばかりで、鳶の一匹も見つからない。壁を二枚と天井を取り除かれ、調度品を晒した部屋だけが、遠くにぽつねんと浮かんでいる」

 インは無事だろうか。
 私が死んでいては、アフターケアが出来ない。
 公算が合っていれば、自立魔力を潰しただけで良いけれど。
 書き置き、残せば良かったな。

「魔導書、羊皮紙、天球儀。
 銀塊、香炉、

 いや、死ぬならレミィが止めてるか。
 何だかんだ、運命が見えるとこまでは本当らしいし。あんな不敵な笑みを残したのだから、むしろ知っててここまでやらせた可能性すらある。
 私としては死んでても構わないけど。身体がなくても、魔法の研究はできるし。むしろ無いなら無いなりの魔法もあるし。
 だからって積極的に死ぬつもりはないけど。身体は貴重だし、まだ代わりは作ってないし。死神にずっと追い回されるのもちょっと遠慮したい。

「こつり、こつり、ごと、ごと。
 床の質感が、フローリングからカーペットに戻る」

 つまり逆説的に、私はまだ生きている。
 そして生きてるなら、魔法でどうにでもなる。
 この夢から覚めれば、きっといつも通りの日常に戻るし、戻せる。
 そう考えると早く目覚めて皆を安心させたくなるわね。

 待てよ。
 今起きたら、多分何時間か時間が飛ぶわよね。

 一回目が早朝から朝、二回目が朝から夕暮れ。じゃあ、今回はどれだけ飛ぶだろう。確か、小さい頃に小悪魔呼び出したときも魔力切れしたけど、あの時は……更に疲労度合いも考えて……。

 …………。

「少女はドアを無造作に開け、これもまた無造作に言い放つ――」

「時間勿体無いから、研究させて」

「――理由があっても、嫌ですよ。紫魔女さん」

「いいじゃない。機材は私の記憶から引っ張り出してるだけだし、あなたの邪魔にはならないでしょう?」
「夢での時間を早く感じるのは、浸り続けると精神に毒だからです。起きなければ損という認識を持たせているのよ」

「第一、夢は起きればほとんどを忘れてしまうわ。無意味です」

「少しだけでも覚えてるなら無駄じゃないわよ」
「無駄です。現に私のことも覚えていないようですし。これ、三回目よ、三回目」
「……ドレミースイーパ」
「……覚えてませんか? ドレミー・スイートです」

おぼ↑えて

おぼえて↓

今回ばかりは、流石に死んだんじゃなかろうか。

 魔法使いがネガティブになるとか、下手したらイメージ崩れて死亡一直線だしやめといたほうがいい……夢の中なら関係ないな。よし、久々に思い切りネガろう。
 魔法という、願い一つで叶う夢に付き合い始めて百年と少し。むしろ初めて死んだんだから、今の内にさんざん悪く言ってやろう。さて、どこから始めようかな。

 生まれ……無いな。両親ともに健在だし、食うどころか魔法研究に困らない家庭だし。当然私も悪いところなんて喘息以外ないし。あれはもう諦めた。
 育ち……もっと無い。病弱であんま行ってないけど、学校通ってたし。成績良かったし。些細な諍いはあったけど、おかげで更に魔法の使い方が学べたからむしろ感謝しかない。今年も菓子折り贈ろうかしら。
 
 ……よし、逆ね。逆順で行きましょう。
 

 決めた。記憶が新しいうちにネガる。

 ……何で、あんなのが憑いてたんだろうな、あの子。マジ有り得ない。
 原因は察してたわよ。銀色の河に落ちて、銀の髪になってここに来た。その上であのびっしりついてた魔術の痕跡。認識歪曲という高度な魔法。
 だったら、その銀河は水銀の河だ。水銀そのものの魔法的価値もそこそこあるけど、河ともなれば別の問題が起きる。極稀だけど、同じく水銀が主成分の赤い石、「賢者の石」が流れてる可能性があるのよね。
 人為的に純度を上げた石には敵わないけど、天然のこの石だって十分魔法の触媒になる。今回はこれが数万個くらい川底に沈んでたんでしょう。一件落着。

 ……………………いや、そんな訳無いでしょ。

 ……ん? でも、賢者の石が自立魔力を作ったのは事実よね。ある程度見覚えのある魔力の流れだから、あれだけ食らいつけたわけだし。もし違うやつだったら今頃私は記憶喪失だもの。

 で、インが賢者の石に出会うとしたら水銀の川しかルートが無い。
 

 ……というのは、この世界での石の話。魔界産の天然賢者の石は、下手な人工賢者の石よりよっぽど強い。それこそ、一つまるまる消費すれば自立魔力なんてわけないほどに。当たり前よね、魔法の始祖は魔界神で、魔界神が作ったのが魔界だもの。始祖が作った石にそうそう敵うわけがないわ。
 さて、もしもそこへ、魔法が発動できる生命体が落ちたらどうなるでしょうか。慣れない状況、異常な魔力量。意図しない魔法の暴走が起きたって何もおかしくないわ。普通そこで死んでもおかしくないんだけど。ずいぶん幸運だったのね、あの子。
 可能性としては非常に薄い。けれど、そうでなければ何も起こらない。こないだ読んだ小説でも似たようなこと言ってたしそうに違いないな。だから大元の原因はそれでいい。

 え? 賢者の石じゃないって言った?
 言ったわね。私の賢者の石じゃないって。だから私のよりもっとすごい賢者の石の仕業なのよ。道理が通るわね。
 というか、そうじゃなきゃあんなに耐えられるわけない。ある程度知れてる動きだからぎりぎり勝てたのであって、例えば「グランドグリモワール」なんかが同じことしてきてたら塵も残らなかったでしょうね、記憶。

 さて、謎はだいたい解けたけど。じゃあ何でインがそこに飛び込んだのか、という疑問が残る。

 だってそれなら、ここに来た瞬間に私のことを頼って……あっ。

 …………

 ……

 …

「………………」
「おはよう」

 檜の清香が、部屋に充ちていた。

「……八意……永琳?」

 

 一文字、一文字を噛み締めるように言ってみるが、まるで記憶に引っかからない。あっ、いや一つあるわね。形容詞の話。あれ本当なのかしら、聞いてみようかな。

「今日が何日か、わかるかしら」
「月曜日」
「……ああ、そういう魔女だったわね。今日は第三金曜日。卯の刻よ」
「えっ」

 ちょ、えっ。五日? 私五日も寝てたの? 時間にして120時間? 秒にして432000秒? 本一冊に十五分かけるとして480冊分が今消えた?

 ……

「あなた、担当医に感謝しておくことね。運び込まれたあなたを見て、すぐさま私に連絡したそうよ。『手に負えない』って」

「記憶は……後回しね。現状をまとめるわよ。あなたの担当医が私に仕事を回しました」
「うん」
「私は

 目に入るは日本家屋の佇まい。
 見やれば鴨居にフラスコ七つ。
 敷居を挟んで向こう側、作業を続ける女医が一人……

 ……? あれ、もしかして認識歪曲食らった? 紅魔館にいたんじゃなかったっけ。自立魔力が何で私、《《永遠亭》》に……あっ。

「貴方を担当していた医師。もう二度と魔女は診ないらしいわよ。当然よね。むしろ、今まで良くやってたわ。知識が足りないわけでも、世捨て人だったわけでもない。全てわかってても、良心だけで妖怪を救っていたのよ。まあ、それでいて腕も良いから、貴方に構うより他の誰かを助けたほうがいいって気付いたんでしょうね。こういうの、紅魔の魔女は何ていうか知っているかしら?」
「……トリアージ」
「さすが」

「鍼治療みたいな量の注射で身体の修復を促進したわ」

「その無駄な脂肪、借りたわよ」

 
「まあ、魔女じゃなければ死んでいたわね」

「死にかけダイエットは流行るのかしら?」