本が好きやった。
 その中の知識が好きやった。

「こんな難しい本も読めたの!? すごいじゃない!」
「図書館から表彰が来たヨ。すごいな、瓢」

 物心ついた時には文字が読めとった。読んで見せれば両親は喜んで、使って見せれば友人が驚いた。もっと学びたいと思った。そして――終わりはすぐにやって来た。蔵書量の不足だ。街の図書館は小さく、あっという間にすべて読み終えた。父にビジネス向けの本をねだったが、異様な勢いで止められた。それでも頼み続けると、ついに父は折れた。取り寄せるには問題がある。それなら本場に行こう。父は家族全員分の飛行船のチケットを用意した。そして今、俺は飛行船の中にいる。
 その場所は活気に溢れていた。青空の下物を教える人がいる。見たこともない食料品に人だかりができている。広場の中心で普段着の子供が目を輝かせながら劇に出演している。明日、いいことが起こると信じてやまないような、そんな人ばかりで表通りは賑わっていた。子供だった俺は、その雰囲気に当てられたのだ。あれは何かと好奇心に身を任せ、あっという間に人混みに飲まれていった。
 気が付けば、俺は路地に引き込まれていた。人混みから助けてやったのだと言ったその男は、異様な風体をしていた。頬はこけ、髪はぼさぼさで、服はほとんど襤褸切れで穴まで開いている。手短に礼を述べ、その路地から逃げ出そうとした。けれど路地の出口にはもう一人いたのだ。恰幅が良く、スーツを着こなしている好青年だった。俺にだけ見えるように体の陰に隠している、その鋭いナイフを除くならば。
 二人はグルの人さらいだった。この街は今、新たな技術の流入で非常に活気づいている。そこへチャンスをつかみに来る輩は、初期投資をたんまりと持っている。それを盗むだけの簡単な仕事だ。襤褸切れの男は、後からやってきた取引相手らしい女に淡々と話していた。目隠しをされ、椅子に縛り付けられた俺にはどうすることもできない。どこかも分からないこの小部屋で、壁に耳を擦りつけては話を盗み聞く。それだけしかできなかった。
 やがて乱暴にドアが開かれた音がした。盗み聞いたところでは、殺すことはないらしい。臓器を売る伝手がないし、そもそも技術革新でこれから臓器の値段が下がるそうだ。だから身代金を取って返す。なので怯える必要はない。ドアを開けた人物にこのままついていけばいい。死ぬことだけはないのだから。頭だけがそう理解していた。