「ねーねー、これはどこに置くのー?」
 「それはそっち、あの右の台の上だよ。角度に気をつけてね。」
 「あー、そこの、えーっとサーテインだった?これ運ぶの手伝ってくれないかしら?」
 「いいよ、来いよおらぁ!全部一人で持ったらぁ!」
 「ちょっ、待っ!ストップストップ!イレブーン!ヘルス!ヘルスミー!」
 「ヘルプミーじゃぞい」
 …………うるせぇ。
 
 
 紅魔館には大図書館なる、とてつもなく広い魔女の私有地がある。
 なんでも、メイド長によって空間を広げられる前から本だらけだったらしく、レミリアが来た頃から既に蔵書は十万冊を超えていたとか。
 今はいったい何冊あるのか。それは、この図書館の主しか知りえない……。
 
 ――その図書館はいま、本棚の殆どがどかされ、大掛かりな魔術装置が組まれていた。
 地面に直径四十メートル程度の魔法陣をはじめ、その陣の所々に奇妙な悪魔を摸したような像。
 その像の上に、やけに滑らかな装丁の本が中心を向いて開いて浮いている。ここからじゃ題は見えないが、ただよう魔力が名のある魔本のそれであることは見て取れた。
 また、陣の範囲外にも、中心に向けて置かれた龍や亀などの絵、しまいには赤色に光る巨大な柱や、青色の水が入ったフラスコもある。天井に向けて真っ直ぐ光を出している物体もある……あれ、河童のとこで見たような。
 さらに陣は地面だけでなく、空中に五つ、天井にも一つ浮かんでいる。私には理解できないが、ところどころ書体が違うところからして、多分すべて別の魔法陣だ。
 「ファイブ!x23y117z52にネクロノミコン!+z21に破風の窓!絶対に中を見ないように!フォーテイン!後ろの柱に気をつけなさい!ぶつかるわよ!」
 その全てを統括して本棚の上から指示を出し続けるのは、この大図書館の主、パチュリー・ノーレッジその人だ。
 いつもの喘息魔女はどこへやら、現場監督の如く声を張上げて妖精メイドたちに命令する。そうして組み上げられていく陣は、さながら一つの立体アートのように美しい。あ、いや、美しくない。
 「ほー、こいつぁすげえな。マジに開く気かよ、魔界への門」
 私はそれを図書館の二階から眺めていた。
 ここから見ると全体像が良く分かり、いっそう美しさがよく分かる。ああ、いや分からない。くそ、認めるものか。天邪鬼の意地だ。
 しっかし、もうすぐ門開くんじゃなかったのか。急ぎ目に来たのにまだ全然じゃないか。だからといって手伝う気は微塵も無いがな。
 「あー!正邪ちゃん!よーやく起きたの、」
 
 叫びながら振り向いた私の目の前には、悲しくも予想通り、メイド服を着た地底の薔薇が立っていた。
 こいつの名は古明地こいし。地底きっての、いや、幻想郷きってのトラブルメイカーだ。そしてクレイジーカルテットの最後の一人でもある。
 そうとも、私が死神と呼んだ奴はこいつだ。
 というのも、主にこいつの話に乗った結果、私は例外なく彼岸を見ているからである。
 ある時は湖で死んだ。
 ある時は花で死んだ。
 三途の川で死んだこともある。
 どの事例も月の医者がいなければそのまま地獄送りだった。
 だと言うのに、こいつはフランとぬえからは妙に好かれている。謎だしそれを気にする気も失せた。
 当たり前じゃない、私はみんなが大好きなんだから、みんな私が大好きなのも当然
 ちょっと待て。
 「モノローグに割り込むな!どこからお前のセリフだよ!」
 「あの日から」
 「どの日だァ!」
 その上、型破りな行動が多いものだからタチが悪い。それが出来るだけの力があるのも。ん?ってことは――
 「おいこいし、もしかしてこの魔法陣、お前考案か?」
 「んにゃ?違うよ。これはレミリアお嬢様の初安打ね」
 発案だよな。誤字のせいでレミリアが今までダメダメだったみたいになってんぞ。
 「とにかくお前じゃないんだよな」
 「正解だよー。というわけで正邪ちゃんには労働のお得な詰め合わせをプレゼンツ」
 「いるかぁ!」
 全く、こいつと話してると疲れる。やるわけないだろ、手伝いとか。
 しかし重要なことがわかった。これはレミリア主催だ。なら今回は病院送りにはされないはずだ。レミリアならこいしみたいに魔法陣に変なオプションを付けることはないだろう。恐らくは。
 ……未だに姿が見えないのが気にかかるが。メイド長も見てないし。
 「ぶー。分かったよ、じゃあせめて最後の柱だけでも運んでよー」
 「……まあそれくらいなら」
 とにかくただの魔法陣なら、こいしの手が加わる前にさっさと完成させるに限る。私は仕方なく手伝うことにしたが――
 「よし決定!それじゃこれね!」
 
 ――甘かった。
 
 こいしの後ろから運ばれてきたのは、長さ五十メートル程度、半径五メートルほど。重さなんて考えたくもない、どう見ても柱の範疇を超えた、赤色の柱が――
 ――束にされて一本になっていた。
 
 
 「……マジ?」