「『バニシングエブリシング』」
「っ」

 トランプが宙を舞い、二人の姿が消える。ついでに泥棒も消えたところに咲夜の優しさを見た。

 ディゾルブスペルが突き刺さる。

「あ、ああぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 インの絶叫が、部屋を震わせる。
 すると私の体も震えることになる。
 つまりは筋肉痛が再発するわけである。
 さらに埃を吸い込んだせいで気管が痛む。
 おまけに巡った血が血管を圧迫して頭痛に至る。

「あああああ…………ぐっ、が、ぐぅぅうっ!!」
「……もうひと踏ん張りよ、イン! 負けるな!!」

 でも、そんなの私の問題だ。
 私の苦しむ姿で、インを不安がらせてはいけない。
 それにまだ見栄を張ってから十秒も経ってないし。
 七曜の魔女の名に泥パックは必要ないし。
 私は今でもナチュラル卵肌だし。
 そうだろ、レミィ。

「う、ああ、アアアァァァァァ!!!!」
「……!?」

 見栄は張るのか切るのか考えていると、突如ディゾルブスペルの消費量が跳ね上がる。それが私の右腕に幻想の重みとして降りかかる。とっさに左腕で支えたらギプスが尺骨の出っ張りにヒットして思わず顔を伏せかけた。
 それでも、決して目は逸らさない。

「……! ……!!」
『わ……れ……願いを、叶える……モノ』

 どろり、と音が聞こえた気がした。
 
 倒れたインの背中から、魔力が沸々と湧き出ている。それが宙で寄り集まり、一つの塊を形成していく。やがてその一部分が細かく振動を始め声となった。暗く重い、夜の沼地のような声。

『この者の……願いし、普遍。たとえ、誰が相手になろうと……我、叶えることを、誓う』

 塊が回転する。まだ一つにならずに残っている魔力を、根こそぎ自分に巻き込む。そうして集めた魔力が、塊の表面上のある一点に集中していく。厚みを増していく。
 やがて回転が止まった。その一点が向けられていたのは――私だ。

私に向かって伸び始めた。いや、どちらかというとただの変形か。どっちも同じく魔力の塊だし。
 どのみち、素直に受けるわけにはいかない。今集中乱されたらせっかく制御したディゾルブスペルが拡散する。集中してるのと消えた魔力が復活してないのと肉体的限界のせいで新しい魔法での対処は不可能だ。このまま何とかするしかない。
 咄嗟にディゾルブスペルを変形させ、伸びた部分を全て覆い消す。もちろんそんなことをすれば当然薄いところだってできるわけで。今度はそちらから綱が伸びる。それを消す。伸びる。消す。伸びる。
 消す。伸びる。
 消す。伸びる。

『脅威レベル上昇。マスターの強制操作……中止。逃走不可。戦闘続行。使用魔力限度を70%から90%へ修正。魔法耐性の最適化成功』

 消す。伸びる。
 消す。

 伸びる。
 消す。
 伸びる。

『脅威レベル上昇。周囲の収奪可能な魔力を検索……失敗。オーバーリミット適用中………………成功。当自立魔力の保全優先度をBに降格。作戦名「魔神礼讃」を実行』

 消す。
 消す。
 消 す。

 伸び る。

『使用魔力限度を90%から1000%に修正』

 す。

伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる伸びる

  

 消

 す

 

 。

 

 ……どう、しよう。予想以上、ね。
 
 相手は魔力の塊だ。そして攻撃も魔力の塊。それをディゾルブスペルで直接消している以上、いつか相手は限界が来て消える。それは間違いない。
 でも、これだけの本数の綱を出してさえ、全く衰える様子がない。それどころかまだまだ増えるし、速度も上がっていく。そのくせ幻視に映るのはコンビーフの缶詰のごとくみっちり詰まった魔力。
 まだまだ余裕がありそうな相手とは対称に、私はもはや死に体だ。目は霞み、鼻は効かずに血を味わい。耳鳴り酷く手足に痺れ。痛覚と思考だけが鮮明に生きてる。大袈裟に言って死んでる。

 こんな、ここまで私を追い詰めるなんて。
 こんなこと。

 ――給料、二倍でも足りないぞ。

『排除……不可? 有り得ず、我は願望器、神の作りし魔法、認めず』

 あっ、隙だ。お返し。
 
『排除す……ッ!? ……排除する、排除す る排 除 す、る』

 防御用と見せかけて、濃くしたディゾルブスペルの一部を内側に変形。そのまま塊を刺し貫く。
 ついで、空いた穴にディゾルブスペルを流し込む。これで内外両方から塊は消されていく。決まったわね。

 あー、うん。あの、えっと。
 あれも魔法に関することだし、知らないわけじゃないんだけども。
 何なのかは分かるんだけどさ。

 一体何をやったのさ、イン。

 もう原因は察してる。銀色の河に落ちて、銀の髪になってここに来た。その上であのびっしりついてた魔術の痕跡。認識歪曲という高度な魔法。
 だったら、その銀河は水銀の河だ。水銀そのものの魔法的価値もそこそこあるけど、河ともなれば別の問題が起きる。同じく水銀が主成分の赤い石、『賢者の石』が流れてる可能性があるのよね。
 人為的に純度を上げた石には敵わないけど、天然のこの石だって十分魔法の触媒になる。それが魔界の石ともなれば尚更。さあ、そこに魔法が発動できる生命体が落ちたらどうなるでしょうか。意図しない魔法の暴走が起きたって何もおかしくないわ。
 可能性としては非常に薄い。けれど、そうでなければ何も起こらない。というか現に起きてるならそうに違いない。だからそう推理してたんだけど。

 でも、あれ。
 自立魔力、よね?

『紫の魔女。この者の願う普遍において、最大の脅威。排除する』
えっ、おまっ

 魔力の塊改め自立魔力からめき、めきと音がする。瞬間、魔力の塊が私の方に伸びてくる。咄嗟にディゾルブスペルを変形させ、伸びた部分を全て覆い消す。
 そんなことをすれば当然薄いところだってできるわけで。今度はそちらから塊が伸びる。それを消す。伸びる。消す。伸びる。
 消す。伸びる。
 消す。伸びる。

 ――自立魔力。今や伝説となった現象。
 超高密度にした魔力が意思を持ったように振る舞い、与えられた魔法を使って、可能な範囲で願いを叶える。
 たとえば自立魔力に日魔法を与えると、叶えられるのは日光浴から核融合まで。

 消す。伸びる。
 消す。

 伸びる。
 消す。
 伸びる。

 伝説になった理由は、もう対処法ができてるから。
 この現象にはフランドー……紅霧異変のときのレミィの紅霧でイギリスを覆う程度の魔力が要る。
 それほどのコストを自分で使わずに「暴走」させるのはあまりに勿体無いし。
 伝説になるのは、当然だった。
 

 消す。
 消す。
 消 す。

 伸び る。

 そんな、自立魔力のコストは。
 いくら、魔界の石でも。
 天然の賢者の石、一つじゃ、到底足りない。

 つまり――

 す

伸び

 る

  

 消

 す

 

『人の身に限界あり。敗北を認めよ』
……

 光が、消える。

『敗北を認めよ』
……

 喧騒が、遠ざかる。

『敗北を……』

 鉄の味は、もう、しない。

『……』

『……』

『……』

『……?』

『……なぜ、認めぬ?』

『なぜ、まだ、抵抗を続ける』

『なぜ――死なぬ』

 ……あっ、そっか、なるほど。
 なんか変だと思ったわ。

 これ、喉潰れてるのね。
 耳鳴りが酷くて分からなかった。

 懇切丁寧に説明してるのに、こいつスルー力高いなって思ってたんだけど。

 ……どう、しよう。予想以上、だ。

 この自立魔力の持つ魔法は、認識歪曲。普通に受けても

 このいたちごっこは、私が有利だろう。相手は純粋な魔力。魔法を撃つのは即ち命を削る事。このまま防ぎ続ければ、いずれ魔力を使い果たして消える。それは間違いない。

 だが相手は、「私のディゾルブスペルの中で形を保つ」純粋な魔力。いつまでこの攻撃が続けられるのか、幻視で見る暇もない。
 おまけに、こちらは一撃でも受ければ集中が乱れて一気に崩れてしまう。私の予測が正しければ、自立魔力に指定されている魔法は「認識歪曲」。ガードに手を回せない今、こんな精神魔法相手に集中を乱さない自信はあまりない。

 そうでなくとも、こちらはとっくに限界だ。目は霞み、鼻は効かずに血を味わい。耳鳴り酷く手足に痺れ。痛覚と思考だけが鮮明に生きてる。大袈裟に言って死んでる。

 こんな、ここまで私を追い詰めるなんて。
 こんなこと。

 ――給料、二倍でも足りないぞ。

『排除……不可? 有り得ず、我は願望器、神の作りし魔法、認めず』

 あっ、隙だ。お返し。
 
『排除す……ッ!? ……排除する、排除す る排 除 す、る』

 防御用と見せかけて、濃くしたディゾルブスペルの一部を内側に変形。そのまま自立魔力を刺し貫く。
 ついで、空いた穴にディゾルブスペルを流し込む。これで内外両方から自立魔力は消されていく。決まったわね。

フランドールさんだと羽の石三つで足りるので実感が沸きません。
そして今のレミリアさんが紅霧でイギリスを覆えるかは知りかねます。