一応、状況を整理しよう。

 フランドールは元々、私に怒っていた。それは私があまりに体を大切にせず、何度も不必要な傷を食らっているかららしい。だから危ないことであっても、私達になにか手伝わせてほしい。あなたが傷つくのは見ていられない。まとめるとこんな感じか。
 正直、身に覚えはない。いらない傷とかあったっけ。だから怒っているのだろうけれど。

 インは銀の河に落ち、『異常を認識させない程度の呪い』を受けた。なにか特殊な状況でない限り、誰かに助けを求める事もできない。しかもこの呪いは私のディゾルブスペルでも消し切れないほど強い。でも元より呪いを解くつもりで来たんじゃなく、言葉が伝わるうちに|助け《殺し》てほしいと言いに来ただけ。こっちはこうか。
 ……部下の爆弾発言に対して、びっくりするほど驚きが無いな、私。まあ、気は落とさないようにしましょう。そんなんだから知ることを始めたし、これからも続けるんだから。

 整理終わり。
 

「フラン」

 久し振りに、私はその愛称を口にした。
 僅かに震える彼女の手に、そっとギプスを重ねる。

「ありがとう。そんなにも私を気遣ってくれて」
「……じゃあ!」
「でもね。傷ついて得た物は、傷つかずに得た物より良いものなの。たとえ単なる合理化の結果だとしてもね」
「どうして!?」

 椅子を蹴り飛ばし、彼女は立ち上がる。
 上がった目線の高さから、私の右手に勘付かれないように、もう少し手を体に寄せる。

「どうして、進んで不幸を選ぶのよ! 誰も痛まない、誰も苦しまない、それが一番の幸せに決まってるでしょ! ねぇっ、パチュリーっ……」
「現実問題、誰もが幸せになる事なんてできないわ。一番近いのは、誰もが不幸せになること。それを皆で受け入れることよ」
「っ、そうやって、また話をすり替えて! ヘリクツこねて一人で背負いこむの!? やっぱりあんた馬鹿よ、大馬鹿だ!」

 叫ぶフランドール。
 高まる魔力。
 ディゾルブスペルに、音もなくヒビが入る。

「一人じゃないわよ」
「だからっ!」
「私の答えはこれ」

 それに合わせて私は、右手を構える。

「そうじゃな……くて?」

 そして―─ついに砕け散った。

 さて。まずは右手にセットした魔法を発動させる。砕けたディゾルブスペルの破片を透かして場所を確認し、認識できているうちにインに魔法を打ち込む。
 攻撃魔法じゃない。ディゾルブスペルである。若干トラウマになりかけていたのに、まさか再使用がこんなに早いとは。

「ぐうっ!」
「えっ、誰!?」

 フランドールがインを認識したのを確認して。

「無駄、ですよ……! 呪いを消そうったって……この程度じゃ……!」
「解っているわ、イン。フランドール! 破壊準備!」

 さっきの数倍早く消えていくディゾルブスペルをよそ目に、素早くフランドールに指示を飛ばす。
 ん? 愛称? 無理無理、何度も使うとか恥ずかしくて耐えられない。レミィでさえ恒常的に使うのに六十年と大事件四つくらい挟んだのよ、内気な私にはあと五、六年は欲しいぜ。

「……有耶無耶になんかさせないからね!」
 
 怒りながらも、彼女は妖力を集中させる。緊急事態だと理解して、一旦話を切る気になってくれたようだ。
 ……いつの間に彼女はここまで良い子になっていたんだろう? 怒って私に飛ばした破壊を、無理やり魔力で曲げるくらいは考えてたのに。変えたのは姉か、友人か、時間か。誰かはわからないが、感謝したい。

「対象は!」
「私が掴んだ物で」

 ベッドから飛び起きる。もちろん身体強化付きで。こっちのほうが体の動かし方にしっくり来てしまうのが物悲しい。いいさ、明日から筋トレ頑張る。代わりに今日はこれを頑張るから。
 インの頭に右手をやんわり伸ばす。

「あ、は……なるほど……それなら、確実に死ねる……」
「死なさないわよ。ちょっと耐えてね」
「……何を」

 その右手がインに触れる前に、更に手先から魔法を発動。初級魔法『魔法の手』。物体を貫通してなんでも掴む魔法だ。冬場のこたつみかんの強いお供。これで手の部分だけディゾルブスペルを強引にこじ開ける。そしてインの中まで一気に刺し込む。

「して、い?」
「『掴んだ物』でいいのね!」 
「ええ。1、2の3で行くわよ」

 フランドールの手に赤い光球が現れるのを横目に確認する。彼女の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』の根幹、移動させた物体の目だ。あっちは妖力で出来ているから、問題なくディゾルブスペルを通過する。
 そろそろ何をやるか分かるかもしれない。

 インの呪いをぶっ壊す。

「1、」

 作戦は簡単。フランドールが私の掴んだものを指定してすべて破壊するので、私はこの魔法の手で呪いの根源を掴めばいい。
 そんなポンと根源が見つかるのか、根源があるという異常が認識できないのではないかというと、問題ない。呪いの効力さえ消してしまえば、私を欺く程の大魔法を常時垂れ流す根源など、魔法習いたての子供でも幻視できる。現に今見つけたし掴んだ。
 そしてコアとインの話から、根源の正体は確定している。それがある場所も、見る前から予想はついていた。
 だから、これはもう異常ではない。相手は私にとって普通の物質。
 ―─賢者の石だ。

「2の」

 ディゾルブスペルは働き続ける。魔法の手を容赦なく蝕み、形が揺らがせる。掴んだ石を取り落としそうになったが、気合でこらえた。
 私のディゾルブスペル、他人からしたらこんな感じなのね。浮遊魔法を物にかけられるようになってから練習してないのもあるけど、全力で維持してる魔法の手がガリガリ痩せていく。
 おっ、今の太さいいな。あれを筋トレの理想にしよう。

「3!」
「ドッカーン!」

 そして、光球が握り潰される。

 まずは手汗が一気に乾いた。どうでもいい。
 次にギプスと包帯が消し飛んだ。医者からボッコボコに叱られそうだが、どうでも……よくない。後が怖い。
 部屋の魔力が薄まる。
 触感が変わる。
 手を覗く。
 石が軋み、亀裂が入り、サラサラと崩れていく。

「あ、……あり得ない、こん、な……」
「……」

 その石の粒一つが消滅するまで、つぶさにきっちり見届けて。
 魔力流が幻視できないことを確認して。
 念の為に、状態検査を発動。異常値無しのオールクリア。

「うん、うまく行ったわ。お疲れ様」

 よーし、逆転ないな。元々ケアレスミスから始まった話だ。こんなとこで更なる大ミス、大事のコンボは御免よ。自分で自分の邪魔はしたくないもの。

「ふぅ。無事に終わったの? じゃあ、話を戻すけど」
「ええ。これが私の答えよ」
「……説明してくれるかな」
「もちろん」

 ショックで気を失ったインをベッドに寝かせ、眉をひそめたフランドールへ向き直る。さて、仕上げだ。

「誰もが不幸せになって、それを受け入れるのが一番幸せだって言ったわね。それがこれよ。この小悪魔は死にに来たけど、呪いを解かれただけ。あなたは私が傷つくようなことをするのを全部止める代わりに、手伝って傷を減らす。私は要らない傷なんて無いと思ってるから全部背負いたいけど、紅魔館の皆が悲しむのは見たくないから、これからは少しずつ皆に手伝ってもらう。ほら、誰も本懐は遂げていないわ。でも一番皆で幸せになれる選択よ」
「……」

 眉間のシワを伸ばし、首をひねり、目を閉じて顎に手をやり考える。
 そして程なく、フランドールは口を開いた。

 ちょっと呆れ気味に。

「いや、だからさ。進んで不幸を選ぶのはどうして?」
「ん?」

 …………そういや、そんな話だった。

「不幸せを受け入れるのが幸せなのはわかったわよ。でも、そんな紛い物を求めるくらいなら、最初から幸せになろうとすればいいでしょ。

「傷なんて要らないじゃない。ただ痛いだけよ。受け入れる意味が分からないわ」

 あれ、これはどっちだろう。納得行ったか、行かなかったか。一応行かなかった体で説明を考えるか。もっと分かりやすく、そうだな。

「じゃあシンプルに言うわね。要は賢者の贈り物よ」
「なんでシンプルな話に例えが出るのさ。要は少しずつ私の提案を受け入れるってことよね」
「……そうね」

 たしかにそうだ。言いたかったのはそれだな。色々言ったせいで着地点が不明瞭だったか。何でこんなに喋ったんだろ。

「だったらそれだけで大丈夫よ。間を説明してもらわなくても、私はちゃんと分かるから。
 

 
 いやただのすり合わせでしょう

誰もを不幸せにすらしなかったやつに言われたくない

その先に幸福があると信じているから

 ではなぜフランドールを怒らせているのかというと、これはひとえに私の対シリアススキルの低さに由来する。つまり、うん、まぁ、馬鹿というのは否定できない。

体がどうとかどうでも良いから、魔法に触れていたい。

 あまりにお膳立てが過ぎる。

 事前に説明しないのって、もしかして私の癖なのか。