「……あ、血が出た」
 「だから唐鍬使いなさいっての」
 「おお! これは相当行ったんじゃない!? 何センチ! 何センチ!」
 「んー……三尺九寸?」
 「やった! 一番!」
 「でもこんなに長いと硬い部分も大きいわね。一尺分くらい先端から切り取りましょう」
 「うきゃあ! 四番!」
 「長さを競うんじゃないってば。ほら、皮剥くからこっち投げて」
 「へっへっへ……お嬢さんガタァ、鍋がグラグラ沸き立ってますぜぇ……」
 「メディ、それは何のキャラなの?」

 今日の竹林は、あまり静寂を好まないようだ。
 そんなことを書いたら、竹林から抗議が来そうだなと思った。いかに鬱蒼とした場所だろうと、七人も集まれば騒がしくなって当然。しかも一丸となってたけのこ料理を作っているのだから、煩くしないほうが無理な相談というものだ。まあ、七人居なくてもこいし一人で十分騒がしくなるが。

 「さて、ぬえさんとバ……、その一本を掘りきったらたけのこの根元を摩り下ろしてちょうだい。頼むわね」
 「わかったわ」
 「おい、何言いかけた」

 天邪鬼の質問に、彼女は何とも答えづらそうな顔をするばかり。それもそうだろう。お昼時に来た六人もの客人を、料理要員として快く受け入れてから、あの輝針異変の元凶がその六人に混じっていたことに気付いたときの胸中など、私にはとても想像出来ない。ただ、それはそれとしてずいぶん根に持つなとは思う。

 「……冷蔵庫にバームクーヘンあるけど、食後に食べる?」
 
 その言い訳は苦しくないか。でもこいつの事を指して上っ面まみれと言いたいなら、なかなか気の利いた皮肉だ。

 「食べるわ。あんたは」
 「何で今言うんだ。食後は食後に考えさせろ、私は昼飯が食いたい」
 「…………そうね。じゃあ、秘密にしといて」
 「考える」
 
 ただしそんな皮肉はこいつには効きやしない。好意も悪意も並べて叛意で返す天邪鬼には、多少の皮肉など意味がないのだ。生きるのが楽そうだな、と思う。生きることだけは。

 「よし、堀り抜けた。いくわよフランドール」
 「よっ……ほっ、と。はい、小傘。次よ」
 「おっけー。んー、この硬さならこのへんかな? さくさくっと」
 「ひっひっひ……切れましたかな? では筍はこちらへ……」
 「メディちゃーん、こっちの筍もう茹で上がってなーい?」
 「ひっひっひ……えっ、ちょっ、待って、ほんと? じゃあ上げといて」
 「わたし、手洗ってくるねー」
 「ああっ! 待って! せめてどの筍か言ってってよぉ!」
 
 やはり、七人もいると楽だ。料理がライン作業で出来ていく。命蓮寺の食事係もこれぐらい増えてくれたらいいのだが。全く不思議でもないが、命蓮寺に来る人妖は料理下手ばかりで困る。
 さて、私も手を洗いに行くか。

 「これとこれが茹で終わりね。あっちのかまにお願い」
 「わわ、影狼? たけのこ掘りはもういいの?」
 「十分掘れたからね。筍の刺し身づくりに転職よ」

 ……
 川はどっちだ。
 いや、こいしが消えた方向だな、たぶん。

 「刺し身! 刺し身と聞いて私が来た!」

 私の分け入ろうとした方向と逆側から、こいしが飛び出してくる。よし、どうしようかな。そうだ、天邪鬼はどっちに行った?

 「おいおい古明地、ちょっと早すぎねえか。きっちり爪の間まで洗ったのか?」

 行ってなかった。まだ泥だらけの手で、鍋に飛びかかろうとするこいしを静止している。まさか、あいつもわからないのか、川の方向。

 「むー? ご挨拶ね。ちゃんと石鹸まで借りて洗ったもん。ほら!」

 こいしが天邪鬼に向けて手を広げている。逆の手には正当性を示すように石鹸が握られていた。しかしその姿勢があまりに弾幕を出すときの姿に似ていたせいか、天邪鬼はすばやく左に体を捻っていた。あれも職業病か。

 「ちょっ、失礼しちゃうなあ! 躱さないでよ!」
 「普段の行いを思い出しただけだ。何が悪いもんか」
 「一言謝ればいいのよ、まったく。ところでこいし、石鹸なんてどこにあったの?」
 「むぅ。ふつーに影狼ちゃんちから借りたぜ」
 「あら、そうなの。……」
 「ほーう? なんだい随分惜しそうな顔しちゃってよお、何か言わせたいことでもあったのかいいいっ!」

 神経の逆撫でにかけて、こいつの右に出る者はいない。喜んでそれは保証する。これでも反逆休業中だというのだから嘘つきも極まったものだ。口に出すと喜ぶので言わない。

 「……あ! そうそう、川なら向こうにあったよ。せせらぎの音ですぐ分かるんじゃないかな」
 「助かるわ、こいし」

 自慢の青羽を天邪鬼の後ろの竹から引き抜いて、川へと向かう。掴まれたからあいつの血で汚れたわね。洗わなきゃ。

「お前なあ! 今の完全に殺す気だっただろ! どーすんだ竹藪のスプラッタ現場が一面飾ったら!」
「葬式をあげて自分を納得させるわ。これは仕方のない犠牲だった」
「私は仕方無くない!」
「言い方が悪かったわね。無かったわ、必要が」
「つまり一から十まで趣味の殺しじゃねえか! ふざけんな!」

 失礼な奴ね。まるで私が快楽殺人犯のような言い方は止めろ。これでもきちんと殺す相手は選ぶのだ。時々選びすぎて失敗するけど。

「あ、川見つけた。天邪鬼、石鹸貸しなさい」
「あぁあぁあもー! 石鹸スッたこと知ってんのも、それを平然と貸してもらえると思うその精神もうざったい!」
「ごちゃごちゃ言ってないで貸しなさい。あんた含めてお腹壊すわよ」
「へいへい! けっ!」

 飛んできた石鹸を両手でしっかり受け止める。トライデントで突き刺すことも考えたが、半分に割れたりしたら面倒なので普通に。
 そしてササッと手を洗って投げ返す。

「おめーも衛生意識低いのな」
「何でずっと手をぬるぬるのままにしなきゃいけないのよ、気持ち悪い」
「最後洗い流すからいいだろ」
「じゃあ一緒じゃない」
「一緒じゃねえから洗うんだよ」

 そう言いながら、彼女は親指を握り付け根をしっかり洗っている。どうせ自然乾燥なら同じではないか。ポツリと思ったが、言わない。幻想郷では理屈より信仰が優先される気もするし。
 って、なんでまた石鹸投げ返すのよ。

「はい」

 腕の蛇の口にうまくシュート。ずっと腕に巻き付いてて運動不足がどうたらとこないだ言ってたので、ちょうどいいだろう。そのまましばらくくわえてろ。

「……辛くなったら、こっちに来ていいんだぞ」
「原因が何を言い出すのかしら」
「黙ってろ改悪人」
「お静かにね偽善者」

 冷ややかな目が私に刺さる。こいつ相手なら心も痛まないしどうでもいい。