「私が神だったら、まずはここを滅ぼすぜ」
そんなことを言われたのもそろそろ懐かしく感じてきた。
私が過ごしたあの悪夢の十日間ももう昔の話になり、この集団に入れられたのも思い出となった。どこを見回してもすっかり幻想郷は秋へと変わり、この館、紅魔館からは紅葉が美しく見える。
私の名は鬼人正邪。おそらくこの幻想郷にただ一人の、異変を起こした天邪鬼である。今は一応逃亡生活中だ。ここでゆっくりしているのを見ると誰も信じはしないが。
今日もいつもの四人は紅魔館の一室に集まっている。少し広めのその部屋には簡素な木でできた大きめのテーブルと六つほどの椅子、それに各々が勝手に飾った調度品(ほとんど一人のものだ)しかないが、少女四人が集まるには十分だ。
私は逆立ちをやめ、足を組んで本を読んでいる黒髪の少女に話しかけた。
「今日は随分大人しいな、お前。いつもだったら躊躇なく刺しに来るくせに。」
「そろそろ普通には殺せないことが分かってきたからね。隙を伺うことにしたの。」
物騒な会話がなされるが、これが黒髪の少女、封獣ぬえと私の日常である。何故かわからないが、私を蛇蝎の如く嫌う。初対面の時からそうだったので、理由は訊いていない。
「お、今日も日課始めるの?やるなら私も混ぜて!第三勢力で!」
そんなやつがいても襲ってこないのは、ひとえにこのさとり妖怪、古明地こいしと、
「やるなら外でお願いね。ただしドアから出ていけ」
常識人の吸血鬼、フランドール・スカーレットのおかげである。
……認めたくはないが。
「あーあー、分かってるっての。壁破りもただじゃねえしな」
「こいし、私がこいつを殺すのは日課じゃないわ。使命よ。」
封獣が本をテーブルに置く。よくみればデカデカと「暗殺大全」というタイトルのついた本を。おい、ここの図書館どーなってんだ。
「そこに燃やさないでほしいんだがな、使命感。」
「じゃあ他の事に費やすわ。貴方を殺す方法を考えましょう。」
「変えるべきところが何一つ変わってないぞ」
こいつ、本当に私を殺すことしか考えていない。やはり早めにどうにかすべきかと思案していると、古明地こいしが口を挟んできた。
「やっぱり落とし穴だよぬえちゃん。そして底の方に油とマッチを敷き詰めるの。」
「お前は参加しなくていいんだよ、そして燃やせばいいってもんじゃないしそれはただのマッチの無駄だ。」
せめて火をつけて入れるべきだ。いや、入れてもらったら困るが。
そこへ見かねたフランドールが歩み寄って来た。
「その程度じゃ死なないわよ。やっぱりここはレーヴァテインを……」
「死ぬどころか粉微塵に吹き飛ぶわそんなもん」
見かねてなかった。というか敵が増えた。ここぞとばかりにこいしが言う。
「じゃあ私の案を採用ね。油とマッチョ」
「そんなことのために人里からエキストラ呼ぶつもりかてめえ」
「なら間をとって私ですね。落とし穴の底に苗木を植える」
「もえてればいいという話じゃないからな」
――ああ、本当にいつもの日だ。応対しながら私は思った。
何も変わらない日。
いつもと同じ日。
相も変わらない、四人の日常。
「って、ん?誰だ、お前。」
それが――クレイジーカルテットの最後の日常だった。