人は動揺したとき、拠所を無意識に求めようとするという。仲間を探して同意を求めたり、理想の世界に耽ったり。
 というわけで、魔女の私が取る行動はこれだ。
 計画通り。

「えーっと。イン、もう少しこっちに来てちょうだい」
「……? はい」
「その椅子、座っていいわよ」
「分かりました」

 小さく会釈をし、椅子に腰を下ろす。背筋をピンと伸ばし、膝の上で軽く手を組む。沼のように濁った青い眼が私を射抜く。
 馬鹿にしてるわけじゃなくて。苦し紛れにそれを考えるぐらいには特筆するところがない、ということである。

 コアの言ったとおりだ。彼女こそY担当、イン。確かに普通、あまりに普通。銀髪を除いてしまえば、立ち居振る舞い外見中身、まるで特徴を感じない。服装は制服、身長は平均、声は落ち着いており、表情も私を心配している困り顔。例えば彼女が凶悪殺人犯になったら、私は『どこにでもいる真面目なあの子がどうして』と答えるだろう。
 ……悪魔とは一体。

 まあいいや。今、形はアレだが『ディゾルブスペルを纏って会う』という当初の目標が達成されている。たとえ彼女が悪人だったとしても、今の私に対して何かしらの魔法をかけることはできない。とりあえず尋問するなら、絶好のチャンスよね。

「固い話じゃないわ。ちょっと話し相手になってくれるだけでいいの。ここは本が無くて退屈だから」
「ああ、なるほど。そういうことでしたら、何なりと」
「助かるわ」

 まずはリラックスさせて。あとは適当に話を振りながらのんびり尋問。何がいいかな、やっぱりY担当だし、酵母菌の歴史とかから始めようか。

 ――いや待てよ。私の都合が良すぎないか。探し始めた途端に探し人が連絡係なんて覚えのない役職でっち上げてレミィを騙してまで私のそばに来ました。たとえば彼女が魔法介入の犯人で、私に文句を言いに来たのだとしても、それは普通にお見舞いついでに言えばいいだけで。わざわざ時間が長く取られる連絡係を選ぶ理由がないし、何よりレミィを騙すリスクに見合わない。
 うーむ。

「で、何の用なの?」

 じゃあ聞いてみるか。

「え」
「言いたいことがあるんでしょう、連絡係さん」
「……怒ってます?」
「いや全く」

 むしろ感心しているところだ。レミリア・スカーレットは嘘を好む吸血鬼である。しかし同時に彼女――今は多少丸くなったとはいえ――嘘に関して極端な偏食家なのだ。過去に彼女に嘘をついた妖怪や人間がどうなったか、というのは妖精メイドにすら周知の事実。まあ、妖精メイドは思い知らされたというのが正しいけれど。
 それでもインはやってのけた。私が倒れたチャンスを見逃さず、レミィの偏食をくぐり抜け、今ここに辿り着いた。
 間違いない。これは給料アップ案件ね。危険手当含む。

「怒ってないから、言いたいこと自由に言ってみなさい。多少の失礼ぐらい大目に見るわ」

 いつものことだけど。そうじゃなきゃコアはとっくの昔に解雇してるし。そういや、もう一人極度に失礼なやつがいたような。最近あっち見ないわね。

「では、まず一つ。この後、他の小悪魔たちとの面会は可能ですか。お疲れであれば面会謝絶の札を掛けますが」
「問題ないわ」
「では、面会歓迎で」

 首と口しか動かないが、別に気疲れしてる訳でもないので受け入れる。というか受け入れないと退屈に殺される。何でもいいから新しい情報が欲しい。本も魔法も無いのがこんなに心細いと思わなかったよ、ヴワル。

「今後もお食事はペースト状にした方がよろしいでしょうか。お医者様は食べられるなら少しずつ固形物を食べたほうがいいと仰っておりました」
「しばらくはペーストでお願い」
「了解です」

 固形物とか噛める気がしない。今の噛む力はおそらく握力以下だ。噛めたとして飲み込む力が足りずに吐き出す可能性まである。つくづくよくさっき死ななかったな。ありがとう、咲夜、フラン、そしてたぶんレミィ。未だに運命を操る程度の能力の底を知らないからいつ感謝すればいいかわからない。使ったときにどっかに書いといてくれたらいいのに。顔とか。

「……魔法が使えるようになったら、ディゾルブスペルを私にかけてくれますか」
「いいわよ」

 ふむ、ディゾルブスペルねぇ。唐突だな。となると何か裏があるかもしれない。ずっと見てるから感覚が麻痺してるけど、これってちょっと命が危ない程度の魔法だし。それを願うんだからつい勘繰ってしまうのは自然な流れだろう。安請け合いは禁物禁物。

「……即断、ですね」
「ん? ……」

 ……………………

 …………

 …

 ……禁物だけど、まあ今回ばかりはいいんじゃないかな。ほら、心なしかインの表情も明るくなったし。これを見られただけでも私は引き受けてよかったなって思えるからきっと正解なのよ、ええ。私は過去を否定しない。受け入れて先に進もう。

「……」
「大丈夫ですか、パチュリー様。気温をお下げしましょうか」
「いや、いや。必要ないわ、必要ないとも」
「ですが、そんなに滝のように汗をかかれて」
「気のせいよ。それよりそうね、それで全部かしら?」
「はい。私の方からは以上です」
「ふふ、分かったわ。私に相談したのは正解よイン。一撃必中必殺奥義、神とも見紛う魔法を見せてあげる」
「大丈夫なんですか?」

 大丈夫だよ、これは冷や汗だから。別に太陽とか陽気とかのせいにしようってんじゃないんだ。いいんだよそんなに冷却魔法を練らなくたって。
 うん、口が滑った。そりゃ確かに初めての小悪魔からの頼みごとだしちょっと、ちょっとだけ舞い上がったけど。これが頭より先に身体が動くってやつなのね。それってつまり馬鹿じゃねえの?

「問題ないわ。だからちょっと着替えとタオル取ってきて頂戴。身体が拭きたくなったわ」
「分かりました」

 落ち着け私。一旦、一人になって思考を整理しよう。聞こうと思ってたことは何だっけ。給料の上げ幅? より先に、そう、覗きは伏せて、『輝針城の魔力サンプルを取りたくて偵察出したら映像止まったんだけど輝針城住みのあなたは何か知らない?』

「それでは、失礼いたします」
「ええ。お願いね」

 軽く頭を下げ、インが部屋を出る。それをやっぱり頷いて見送った。心なしか小首を傾げられた気がした。多分、心なしてなくてもそう見えた。
 うーん、せめて敬礼の一つぐらいできたら格好も付いたのだけれどな。両手足は木偶の坊同然、体はウドの大木同然。これ、本当に治るんだろうか。何か不安になってきた。
 まあそのへんは医者と私の魔法でなんとかしよう。それより帰ってくるのに備えて自然な会話を想定した文章でも考えたほうが建設的だ。何を言うかはさっきので纏まったとして、もっと自然化するなら

『他に何か困ったことはないかしら。魔法関係ならだいたい何でも解決できるわよ。ああ、でも解決できてないことが一つあるのよね。これはもしかしたら貴女が助けになるかもしれないわ。聞いてくれるかしら?
 ありがとう。実は最近、場所による魔力の質の違いについて研究を始めてね。魔力の濃いところからサンプルを取ろうと思って、まずは輝針城に使い魔を放ったの。そうしたら不思議なことにその魔法が止まっちゃってね。でも数値は普通に動くし、何事かと思って少し待ったらまた動き出したのよ。魔法の不具合かと思ったけど、どうもサッと調べた感じでは問題は見つからなかったし。初めは小人族が気づいて警戒して落としたのかと思ったけれど、それにしてはまた動いたっていうのが妙な話なのよね。それに穏便に済まそうと思ってちょっと強めに隠匿魔法かけてたから、まあ小人を侮るわけじゃないけど、見つけられるとは思えないし。ただ……