――さて、ここともお別れか。楽しかった、とは口が裂けても言えないな。
楽しいこともあったけど、それを私は歪めてしまったんだから。
もし来世なんてものが私にもあるなら、籠の中の鳥もいいかもしれない。
誰も傷つけず、そんな子供じみた
――ああ、船が呼んでいる。
行かなくては。
私は乗らねばならないのだ。
ここに未練を抱く前に、早く―――
「待てぇぇい!私はまだ未練だらけだぞーッ!」
叫んで手を伸ばすも、空しく空を切る。
「……はっ!夢!?」
森と湖に叫び声がこだまする。やべ、恥っず。ただの夢にこんなに叫んじまった。
……え?待って待って、妖怪は夢なんて見ないはずだから、今のはなんだ?ていうか、ここはどこだっけ?
慌てて起き上がり、状況を確認する。たしか私は紅魔館に急いでて、森を抜けて……
「…………ああ、うん。」
理解した。私は誰かとぶつかったんだ。赤目に銀髪のジャケット女だ、確か。そこを思い出したら、この額のから流れている血にも説明がつく。
「……って痛たた!目に入る!」
やばいやばい、思ったより出血してた。何かで血を止めないと。辺りを見回すと、地面に白いワンピースを着た誰かがうつ伏せで倒れていた。
ラッキー。こいつからちょっと布地を奪って頭に巻いとけばOKだな。
けど残念だな。ぶつかったジャケット女がいたら、そいつから迷惑料として剥ぎ取ったんだが。まあ贅沢は言わずにこいつから貰っとくか。
けどこいつの服、どっかで見たような……?
「……ん?」
布を剥ぐためにその服を掴んだ瞬間、気がついた。
私、長袖なんて着てたっけ?こんな袖に変な装飾がある服そもそも持ってなかった気がするんだが。
まあいいか。おっ、この首についてる装飾とかちょうど良さそ……
「!?」
待て、この装飾、それにこの腰のリボンも。このスカートもまるで、いや、そんな、まさか。
慌ててその行き倒れを表返してみる。ありえない事だが、ここは幻想郷だ。確認しなければならない。けど……
「嘘だろ、おい……」
その行き倒れは、顔の真ん中だけ赤い髪で、額に小さい二つの角があって。
忘れもしない、毎日鏡で見ているその顔そのままの――
私だった。
つまりどういう事だ?目の前に私が倒れていて、でも私はここにいて。
ぶつかったショックで幽体離脱でもしたか?いや、さっき私に触れたから、それは無い……いやいや、世の中には握り飯を無限に食べられる亡霊や楽器を演奏する騒霊がいるくらいだ、実体持ちで幽体離脱してもおかしくはない。
となると、えっ?私の人生、こんなんで終了?森から出たら人にぶつかって死亡とか、いくら何でも初見殺しが過ぎないか。何そのクソゲー。私まだ未練たらたらだぞ。朝適当に干した洗濯物もまだこんでないというのに。家の中も散らかしっぱなんだぞ、私が一体何をしたというのだ……
ぐるぐると思考が渦巻いたところで、ある一つの事に気がついた。
そうだ、私は?私の体はそこに倒れているようだが、今考えているこの私は一体誰なのだろう。冷静になって気づいてみれば、今着ているこの服は私のものとは全く違う。
もしかして、幽霊になったら服が変わるのだろうか。最近宗教界ではフォルムチェンジが割と一般的らしいし、霊魂になったらもれなくオシャレになるのかもしれない。いや、そういうのいいから元の体に戻らしてくれよ。こんなジャケットとかいらないから……ん?ジャケット?
……………………
記憶の中のジャケットと照合中……
……
…………
ALL DONE!
99.99%一致しました。これはさっき見たジャケットです。
私は湖へ駆け出した。別に入水したいわけではないが、予測が当たったら湖の下の国目掛けてダイブくらいはするかもしれない。竜宮城で草薙剣と握手。
全力で湖をのぞきこむ。あまりに勢いよくのぞきこんだせいで、水面が揺れて私の姿が見えなくなる。
やめろ、水面よ、どうかそのまま揺れたままでいてくれ。そんな事があってたまるものか。そう思うけれど、私は知らなければならない。
いや、そんな、まさか。この下りさっきもやったんだぞ。二度も予想が当たるはずなんてあるわけが……
けれど天はやはり私に味方しなかった。
やがて揺れの収まった水に映った私は、
紛れもなくさっきぶつかった――
名も知らぬジャケットの女だった。