「マスター、お茶」
「君はマスターを何だと思ってるんだい」
「互いに支え合うパートナーです。今日は私を支えてください」
「堂々と主従逆転を主張するなあ」

「いいじゃないですか。筋交いを噛ませた建築物が地震で倒れないみたいに、マスターと私がいればどんな建造物も立ててられますよ」
「それ、いくつもないと意味が無いと思うんだけど。はい、お茶」
「おおー。ありがとうございます」

「ほう、これは」
「えっ、何。何もしてないよ?」
「真っ先に自分の非を否定するのはどうかと思うんですよ。ほら、これ」
「……おお。茶柱が」

針葉樹林の地図記号

「いいことありそうですね」
「そうと決まれば、準備しなくちゃね」
「何のです?」
「幸運を受け入れる準備」

「私が言っといてなんですが、マスターってそういうの信じるんですね」
「いや、信じるってほどじゃないけど。動くきっかけに丁度いいから使っただけで」
「くくく。そういう事にしといてあげましょう」
「あれ? まだ逆転が継続してる?」

「まあ、でも、幸運って滅多に来ないから幸運なんであって――」

「仕事を持ってきた」

「――実際は、不運のほうがよっぽど多い、っていうのを持論にしようと思うんだ」
「ふふふ。同意の意を表明します」

「仕事を持ってきた」
「昨日の今日なんですが……」
「それが仕事を持ってこない理由になるか?」
「駄目ですマスター、この人精神クスノキです」

 クスノキの説明

「少し待て、書類を出す」
「……玄関から入ったなら、お客さんだ。二条。お茶を頼む。それと契約の書類」
「はいはーい」

ホログラフィックドキュメント

「本題から入るぞ。お前たちには『熱喰い』の調査、及び可能ならば無力化を依頼する。報酬は七番地の地図だ」

「地図? 価値基準が分からないな。どうなの、にじょ……」
「そそっそそ、それは三次元データですか?」
「当然だ。あの地下都市に二次元データなど意味が無い」
「……マスター。受けましょう。間違えた、受けました」

澄んだ目

「二条さん? えっ、そんな貴重品なのか」
「今も尚拡大を続ける、ナカリア最大の娯楽集積所だ。ボード、テーブルトーク、コンピュータ、ミクストリアリティ。私にとって特に価値は無い」
「発見者限定のプレイパークとかたっくさんあるんですよ! 早く行かないと落盤事故で消滅したりもするんです! この機会を逃したら次があるかわかりませんよ!」

「う、うん。そうか。でも、決めるのは依頼内容を聞いてからね」
「! ……どうでしょう八階堂さん。あなたの貴重な時間、説明に割きたくありませんよね?」

「当然だ。だから仔細説明は九路々帰に任せる。出番だ」
「承知いたしました」
「ぐぅ! 合理!」

「話が終わったら呼べ。質問は私がやる」

研究データ並べ

「マイペースだなあ」
「……ん? そのマイペースを割いて来たということは」
「それだけ重要なのかなあ」
「ですよねえ……?」

ホロボードいそいそ

「それでは不肖、九路々帰宗也がご説明致します。先程申し上げた通り、貴方方には『熱喰い』の調査を依頼したい。こちらが掴んでいる情報は製作者とその協力者、計五名のみです」

「なるほど、僕らは後詰めってわけだね」
「そうなります。では、まず一人目。|冬葛幸《とかずらゆき》」

「宇津浅葱。料理店『空上丁』のオーナーシェフ」

「湃沢畦」

「形鱈川千喜」

「そしてリーダー、|弦久一佳《つるひさいっけい》。57にしてこの都市に来た、遅咲きの天才。専攻はエピジェネティクス。彼こそが製作者です」

「つまり、この人達を……どうするんです?」
「内を見極めろ」
「ふわふわじゃないか」
「そう難しい話ではない。『熱喰い』は今、ナカリアの中心に向けて潜行している。それが動力部を食えば、ナカリアは機能を停止する」
「恐ろしく端的に存亡の危機を提示された気がする」
「私は『熱喰い』を止める。お前たちは外の五人を調べろ。そこから、熱喰いに関するあらゆるデータをクロロギを通して送信しろ。それだけだ」

「それじゃあ、内を見極める必要は……」
「この五人は今、フラスキアに目をかけられている」

「私は、ナカリアがどうなろうと知らない」

「だが、ナカリアに住む人間には興味がある。上の世界、フラスキアへ至る道としての興味がな。私はただの共通の話題だ。内を暴き私に晒せ。それが私の依頼だ」

「つまり、人間観察のために野望を打ち砕くってわけですね?」
「そうなりますな」

「さて。受けていただけますかな」

「意地が悪い。……受けるよ、一刻の猶予もなさそうだ」
「感謝する。ではこれを受け取れ」

「熱喰いのシミュレーションルートだ。詰まったらここに連絡しろ」
「いやあの、ここってどこさ」

「声の届く範囲を10mとしても六千個はありますね」
「一つ一つに通信機を仕掛ける。どこに掛けても必ずクリアに繋がる」

「目線が違いすぎて話が合わないとお悩みでして。代わりに私が説明を仰せつかりました」

「悩んではいない。解決策はすぐに出した」

「説明を任されました」

「そうだ」

標的を教える。通称は『熱喰い』。熱エネルギーを主食とする人工新生物だ」
「……発明?」
「誰が作ったんですか、そんなの」
「|弦久一佳《つるひさいっけい》。57にしてこの都市に来た、遅咲きの天才。専攻はエピジェネティクス」

「エピ? 耳慣れない言葉ですね」
「後成遺伝学。DNA配列に依存しない遺伝形質についての学問だ。最近の発見は『脳に埋め込んだ電極が子孫に素の能力として引き継がれる可能性』だったか」
「忘れた方がいい話をされた気がする」
「そんなものは無い。覚えておけ」

「つまり人生が遺伝に影響すると」
「人には限らないが、そうだ。さて、本題に入るぞ。お前たちに頼みたいのは