そのぬいぐるみの目は輝いていた。まるで人間と話しているかのような普通の感覚。あまりに自然な動作や欲求の一つ一つが、作った者の技術の高さを伺わせる。その後に訪れるエンゲル係数的な悲劇も、また同じように。
――ここまで精巧なぬいぐるみなら、物も食べるのではないか?
ふと頭に浮かんだ考えに、橙は全身の血が引くような思いだった。
それでいて抱きしめてしまいそうな丸っこいフォルム。
一体外の世界はどれだけ幻想に踏み込むつもりなのか。これほど高水準な摸倣に魅了機能まで詰め込むとは。
もしもこれが量産されて幻想郷に大挙すれば、いかな大妖怪でも懐柔されてしまうに違いない。そうなる前にさっさと追い出すのが得策ではないか。式の式である橙にはまだ境界を操るのは夢のまた夢だが、幸いにも彼女は外の世界とつながりやすい『穴』の場所をいくつか知っている。どうもこのぬいぐるみ達も帰りたがっているらしいし、これは両方にwin-win-winな関係ではないか。
そう、橙の考えはまとまった。
続けてジェムリンゴの査定をしようとするが、そこにリンゴはない。
「え?あ!食べたんスねカービィさん!」
「むぃ?」
代わりに少し膨らんだカービィの姿がそこにあった。どうやらカービィがジェムリンゴを食べてしまったらしい。
「ちょ、ちょっとカービィ!確かに形はりんごだけど、それ別に食べられるものじゃ……」
「んっ」
ごくん、という音が聞こえた。無慈悲にも、物を飲み込む時に鳴る音が。
「あああああ!!僕のジェムリンゴーーっ!」
泣き崩れるワドルディ。
「でねーでねー、これがマジュハルガロアとかいうでっかい星で……あれ、どしたん?」
まだ絵の説明を続けていたアドレーヌ。
「え、おやつ目的で持ってきたんじゃないの?」
無邪気にも事の重大さをわかっていないカービィ。
日本語が通じ、見た目はアジア系の人種。お供によく出来た外の世界のぬいぐるみ。普通なら少し変わった日本人だと思うところだが、橙は予想を修正した。
あのどう見ても妖怪のカービィと一緒にいたというのに、
今までカービィの幼さゆえの夢と現実の覚え間違いかと思っていたが、まさかプププランドとは、未だ外の世界に残る秘境か何かだというのか?幻想郷以外にも、このともすれば妖怪にすら見えるワドルディとか、カービィが人間と一緒に住めるような、そんな楽園。それが存在するとしたら?
馬鹿らしい考えだったが、橙にはどうしても捨てきることができなかった。
しかしそれでも橙が投げ出さなかったのは、ひとえにここが幻想郷で、橙が猫たちのリーダーであり、そして何より八雲藍から直々に『本当、人手足りないからホント助けて』と頼まれた仕事であったからだった。なんとか情報を噛み砕き、返事をする。
「紫様?って誰ッスか?」
「紫様は私の主の主だよ。あなた達の入った目だらけのところ……スキマっていうんだけれど、これを操れるの。で、これがあなた達の言う異空間につなげられるから、それで帰れる……って感じ」
「えぇ!?あの空間を操れるんスか!それはすごいッスね!」
ワドルディがきらきらした目で橙を見つめた。ああ、何たる純粋無垢な目であることか。橙の苦笑いにも気づかず、ただただ攻撃しないというだけで安心しきったこの目。もしかしたら、食費に対する警戒は橙の考え過ぎなのではないかとすら思わせるような……
いいや、そうではない。そうではないのだ。橙は気づかれないよう、首の代わりに尻尾を振る。
確かに悪意も害意もないかもしれない。しかしそれは、そこのピンク玉も同じ事だったのだ。その見た目の無害さから橙はあれをマヨヒガに引き込み、そしてエンゲル係数をぶち上げてしまった。二度も同じ失敗をするものか。ここは心を前鬼にして
「いや待って。空間操れることは驚くだけなの?」
「………………もしかして、知り合いにマホロアって奴がいないッスか?」
「」
紫がマホロアとバトル
そのせいで異空間はボロボロ
藍はその間の結界やら誤魔化しやらで疲弊
橙に手伝いを任せる
マホロアは観光業
あくまで観光をゴリ押しする
「……いやあ、それは紫様に聞かないと……」
「あれ、なにかまずいんスか?」
「……説明の前に、少し常識の摺り合わせをしましょう。『妖怪』というものを知ってますか?」
「よーかい?あのぷるぷるしてるお菓子ッスか?」
「それは羊羹。この幻想郷では、人間と一緒に妖怪という人間の敵が存在してるんです」
「えっ!?それはまた、なかなか危ない星ッスね」
星?括りが大きくないか。この謎生物は、一体どういう常識の中で生きてきたのだろうか。橙は疑問に思ったが、かまわず説明を続ける。
「で、この妖怪なんですが……正直、人間の形をしてないのに言葉を話すワドルディさんやカービィは、妖怪にしか見えません。絵の具を売るのはたいてい人間なので、お二人が行くのは許可できないんです」
「ぬううぅ?何者じゃ貴様はぁぁ!」
「うおわあああ!!クローズ!クローズ!」
夢の扉を勢い良く閉め、扉ごと無かったことにする。
呼吸を整え、額の冷や汗を拭い、水を一杯飲んで気を落ち着かせる。
「……はぁ、はぁ……なんだ、今のは」
「あー、ありゃ大ナマズだな。夢の世界にいる大妖怪サマだ」
正邪はあっけらかんと言い放った。
「夢の中にまで妖怪がいるのか!?聞いてないぞ!」
「そりゃそうだ。言ってねーし」
「ヘェ、夢の中ってアンナノが居るんだネ!なんだかワクワクするヨォ」
「そうさ。おかげで寝る時だって賑やかなもんなんでな、みんな苦労してるんだぜー」
「賑やかじゃダメなんだよ!私が全部支配するのだぞ!」
「あら、夢魔の一種かしら?駄目よ、ここに入ってきちゃ」
「え、あ、はい。間違えました、すみません」
扉を優しく閉める。水代わりに酒を一杯あおり、深くため息をつく。
そしてナイトメアはゆっくりと振り返り、優しい笑顔で口を開いた。
「正邪あああぁぁ!?妖怪は一匹じゃないのかおいぃぃぃ!!」
「そうだな。夢は広大なんだ、妖怪の二匹や三匹おかしくない。というか現実にいる奴は夢にもいるぞ?一回夢の私と入れ替わった時なんてそりゃあもう」
「ふざけるな!つまり全人妖は二体ずついるということか!?プププランドの方がまだマシだぞ!」
「そう言われてもなあ。」
「おい、流れ的にそんな雑に開けたら」
「…………あ゛?」
その扉の向こうにいたのは、シャワーを浴びている、輝くような金髪に眩しい裸体から白い翼を生やした、美しい女性がみるみる顔を赤に染め――
「え?夢月、じゃない?きゃ――」
それが、ナイトメアが見た最後の光景だった。
その日、デスタライヤーは爆発した。
「よかったなぁ、ナイトメアサマ。そんだけ血だらけなら鼻血かどうかわかんねえぜ?」
「……ぐうぅぅ……なぜダークゼロはこんなやつを……だが代わりがいないのも事実……」
「おいおい、しっかりしてくれよ。今日も夢に挑戦するっつーから私が来たんだぞ。お前がグダってちゃあ示しがつかねえだろう?」
「誰のための示しだと!?……まあいい!!今日の私は一味違う!」
「いざ!南無三――!」
「敵襲!敵襲!サボテンエネルギー充填!ファイアァァァァアアアアッッッッ!!!」
「ナムサァァァァアアア!!!」
デスタライヤーはあと一息で落ちる。
「二人っきりのときは、マッちゃんって呼んデ♡」
「ダークゼルォォォオオ!!いや正邪かぁ!?どっちでもいいわ両方来ぉぉぉいい!!」
「くくく!そうだ。来い、カービィ!私は月で待っていぺっ」
「なんですか、この顎グラス?あれ、穢れてませんよこの人」
「すみませんね。すぐに持っていきますんで」
「え?あ、ドレミーさん。お勤めご苦労様です」
「神降ろし!『ギャラクティック・ノヴァ』!」
「そうね……なら、三匹ほど玉兎を送りましょうか。我々は優しいのだから」
badend アニメルート
goodend 氷河期ルート
trueend 地球もプププランドも
ado 騒ぎ、面倒
どこもかしこも謎だらけ。突っ込みどころの過積載。理解不能が全裸で歩いてる。いつもの橙なら避けて通って巫女通報のレベルだ。
一体自分は何の手前に座っているのだろう?さっきまでお仕事お仕事と意気込んでいた自分はどこに消えたのか。橙はそう考えながら、本能的に逃げようとする足を地に縫い付ける。
「異世界……とはちょっと違うかな。ここは幻想郷。ある山奥に存在する隔離された郷なのよ」
「ん、んん?カクリってなんスか?」
「……何かにぶつからないように、離すって意味よ。この郷は誰も探さないし、誰にも見つからない。けれど時々迷い込む人がいる。それがあなた達、『外来人』と呼ばれる者達。ちょうどいいわ、少し常識の摺り合わせをしましょう。『妖怪』というものを知ってますか?」
「よーかい?あのぷるぷるしてるお菓子ッスか?」
「それは羊羹。この幻想郷では、人間と一緒に妖怪という人間の敵が存在してるんです」
「へぇー、プププランドと一緒っすね。」
「ですが、カービィやワドルディさんはたまたま姿が妖怪に近いです。きっとお二人は妖怪に襲われることはないでしょう。いじょ……心配なのは人間のアドレーヌさんですが」
橙はアドレーヌをちらりと見た。何やら大きなキャンパスを取り出し、カービィに解説している。しかし飽きたのか、カービィはすぅすぅと寝息を立て始めていた。
「でねーでねー、これがマジュハルガロアとかいうでっかい星で……え、私?」
「……まあ、ルールだけ教えましょう。アドレーヌさん、表に出てください。今から『弾幕ごっこ』を教えます」
「おっ何それ!アーティスティックな響きしてる!」
「大丈夫ッス!弱ってたりもともと雑魚だったりしない限りは外に出てく……正さぁぁああん!!」
「だからスージーちゃんと私は盟友を超えた朋友なんだ!」
「ワンランク落ちてない?」
橙はリンゴを引っ掴み、材質を確認した。
硬い。ジェムというだけあって、石の如き硬さだ。そして名に恥じず輝いている。大きい物は人の頭ぐらいはあるが、それもまた輝いている。
相手に聞こえないように舌打ちすることができない橙は、かなりの付加価値がつきそうなこの貨幣に対し代わりに頭の中で舌打ちして、ワドルディに問う。
「次にリンゴですが、これは何が買えますか?」
「んーと、けいけんち玉が五十個で、黄金で出来た武具が五十個、元気になるクスリが十個……」
「……」
橙から表情が消えていく。
「あとやる気が上がる本とか十個ッスね」
同時に彼女は判断する。
これ、私が価値つけちゃいけないやつだ。
「……魔法使いの方に持ってってください。場所は教えますんで」
「魔法使いがいるんスか?」