「……だめか」
 
 紙で折った箱を眺める。
 もちろんその中には、何もない。見つめ続けても何か出るわけでもない。
 
 それでも私は、向き合わなきゃいけない。
 現実は逃げてもいいけど、逃がしてくれないのだから。
 
 「……」
 
 ほら、今私いいこと言った。
 
 だから誰かおひねり入れてよ。
 
 
 
 
 
 私の名前は依神紫苑。窮しても変じない貧乏神だ。
 最近は諸事情である天人に憑いていたのだが、今日はその人は居ない。
 何でもついに上、天界からお呼びがかかったとか。いくらあの人には私の不運の能力が効かないといえど、その家族にも効かないだなんて保証は無い。上からのお呼ばれにまでついていったらあの人の家がまるごと没落しかねない。
 それも面白いわね、やってみてとあの人は言ったけれど、なんだか底知れない予感を感じたので、私は地上で留守番することにした。あんなに背中がピリピリしたのは不運のあまり雷に打たれかかった時以来だ。すごく、怖かった。
 さて、そうなると私は暇なものだ。とりあえず女苑に会おうと寺に行ったはいいものの、女苑はすでに遁走した後だった。まあ、予想はしてた。
 
 「さぁ、右や左の旦那様ー、哀れな乞食にお恵みをー」
 
 だから久しぶりに乞食をしている。ついでに女苑が見つかれば御の字だ。
 しかし少しやらないうちに腕が鈍ったのだろうか。あまり釣果はよろしくない。
 そもそも人が少ないような気がする。よしんば通っても、あまり持ってなさそうな小さい人だったり、無視して空を飛ぶ不思議な人だったりだ。人里の昼間なのに、これは一体何たることだ?
 
 「せめて目はおくれよぉー…」
 
 そんな声にも耳を傾けず、みんなみんな通り過ぎていく。うう、世の中は世知辛いと聞いたけど、むべなるかな。
 ……いや、皆じゃない、こっちに来る人がいる!しかもとっても大きい体だ!これはきっとたくさん持ってるに違いない!
 これはチャンスだ!私は紙の箱を手に取り駆け出した。次もあんな人が通るとは限らない、行く手を通せんぼして、意地でも恵んでもらってやる!
 しかしそんな意気込み虚しく、大きな人との距離はいっこうに縮まらない。あれ?おかしいな、そんなに遠い距離じゃないのに。どうして――
 
 
 
 「……鈍ったのは、腕じゃなくて頭だと思いますが」
 
 
 
 
 
 
 「はっ!」
 「気が付きました?」
 
 目を開くと、私は木陰にいた。木漏れ日がきらきらと私の目を刺激して、だんだんと意識を取り戻す。
 「…あれ?大きな人は?」
 「空腹による幻覚ですよ。私の屋台が体に見えたんですね」
 
 私の横には、首にタオルを巻いて、なんかピンクの変なコードを体にぐるぐる巻きつけている、シルクハットを乗っけた女の子がいる。
 
 「……というか、それ以外もほとんど幻覚なんですけども。ここは人里じゃないんですよ?」
 「えっ」
 
 随分奇抜なファッションだなあ、と言おうとして遮られる。
 言われてみれば、どこにも民家も商店もない。ここは人里郊外の林だ。しかも好き好んで通る人はまずいないだろう、紅魔館に繋がる道である。
 なるほど、私は思ったより限界に近かったのか。最近ずっと桃でお腹を満たしていたから、空腹の感覚を忘れていた。次からは気をつけないと。
 ……ところで、この子は誰なのだろう?私は誰かに助けられるほど、売れる恩は無かったと思うのだが。ああ、もしかして。
 
 「じゃああなたも幻か」
 「今すぐ日向に放り込んでやりましょうか」
 「ま、待って。勘弁してください」
 
 違った。でも仕方ないじゃないか。ピンクと幻覚は相性がいい。なのに目の前にピンク色のコードをまとった人なんかいたら……んん?コード?
 
 「えーっと……こいしちゃん?」
 「おや、覚えてるんですね?」
 「うん、何度か戦ったし。」
 
 私は一度、異変を起こした身だ。妹の女苑と共に、人間から金を巻き上げようとしたのである。
 その時にいろんな人と戦ったのだが、たしかその中に、こんなコードを操る子がいたような。
 でもなんだか、あの時とは随分印象が違う。こっちが素なのかな?
 
 「違いますよ。私は古明地さとり、こいしの姉です。こいしからあなたの事を少しばかり聞きましてね。興味が湧いたんですよ」
 「へー、お姉ちゃんか……え?」
 
 あれ?私、声に出してたかな?女苑にも時々抜けてるって言われるけど、思ったより筋金入りなのかしら。
 
 「抜けてるわけではありませんよ。私があなたの心の声を抜き取ってるだけです」
 
 えっ、なにそれすごい。
 
 「えっ、なにそれすごい」
 「……昨今、あなたの様な単純な方は貴重です」
 「それって褒めてるの?」
 「覚りとしては最上の褒め言葉です。あなたほどでなくとも、せめてあなたの妹ぐらいの方が増えれば良いのですが」
 
 うーん、それはまずいと思う。
 指輪が欲しい、だから奪う。
 バッグが欲しい、だから奪う。
 金が欲しい、だから奪う。
 たったそれだけで動いてたしなぁ、あの子。
 って。
 
 「会ったの、女苑にも?」
 「ええ、会いましたよ。三途の川で」
 「三途の川!?」
 「『紫苑姉さん死んじゃってなーい?』と死神に話しかけてました」
 「軽い!しかも勝手に殺されてる!」
 
 そりゃ、いつもひもじい思いしてるから死んでもおかしくないけど。私、そんな弱くないわよ。貧乏だけど神だし。
 でも女苑が死んじゃったわけじゃなさそうだね。お姉ちゃんちょっと心配してたけど、良かった良かった。
 
 「……なるほど、そういうことですか」
 「えっ、なになに」
 「何でもありませんよ。ただ、気を抜いた時ほど心が読みやすいときはない、とだけ」
 「へえ、それにも程度があるのね」
 「限度はありませんがね。さて、女苑さんに会いたいんですね」
 「おお、コミュニケーション要らず」
 
 心が読めると便利だなあ。女苑にもそういう能力があれば、私も黙ってていいから楽なんだけど。
 ああ、それはそれで『姉さん、うるさい』って言われちゃうか。うーむ、意外に難しい。
 
 「しかし、今のまま女苑さんに会いに行っても、きっと多分無駄です」
 
 逸れた思考に、さとりはきっぱりと言った。
 え?何で?何か私、まずいことでもした?
 
 「あまり私からは言いませんが。今の女苑さんは少し拗ねています。覚えはありますか?」
 「拗ねてる?うーん。」
 
 あの妹が拗ねているだって?全く想像がつかない。
 女苑は私の知る限り、プライドが高くて、人の言うことなんて聞かなくて、何があっても傷つかないマルエージングメンタルのはずだけど。何があったんだろう。
 
 「分からないな」
 「ですよね。そのまま会いに行くのは、女苑さんを更に意固地にするだけでしょう。ですから、私から一つおまじないを」
 
 そう言って、さとりは屋台に近づき中を探り始めた。
 今更だけど、あの屋台何だか運気下がりそうな色合いしてるな。一応、財禍を祓っておきましょうか。私自身の不運の能力があるから、気休めだとは思うけれど。
 
 「ふむ、そういう事もできるんですね。ありがとうございます」
 「わっ」
 
 さとりが後ろを向いたまま、急に喋り出した。心を読むって、私の方を向く必要はないのね。やっぱり便利ねえ。
 
 「この辺がいいですかね」
 
 私がささっと財禍を祓い終えると、選別が終わったのか、さとりは何かを掴み振り向いた。
 
 「はい、どうぞ」
 
 戻って来たさとりが、私の手の上にそれを置く。
 
 「……」
 
 目だ。
 いや、もっと学があるなら他の形容もあるんだろうけど。
 目だね。うん。さとりのと同じ。
 球体で肌色の目と、その周りから伸びる六本のコードと。さとりのより大分小さいけど、構造はそっくりそのまま同じ。
 えっ、どういうこと、これ。もしかして食べ物?こういうお菓子?選別ならぬ餞別?それだったら非常にありがたいけど。
 
 「焼いたら食べられますが、おすすめしませんよ。これはサードアイといいます。私のこれと同じで、つけると心の声が聞こえるのです」
 「食べられる……」
 「聞いてますか?」
 「ふぁ、はい」
 「……これを使えば、女苑さんが拗ねている理由はわかるでしょう。しかし、あまり大々的に女苑さんの前にそれを晒すのはまずい。そこでこの小型シリーズ。これはスイッチでオンオフが」
 
 火打ち金、どこにあったかな。確か無縁塚まで行かなくても、鉄くずがいっぱい落ちてる場所があったはずだ。あそこは……
 
 「聞けよ」
 「はっ、ははぁ」
 
 いけないいけない。食べ物と聞くと、ついつい頭がそっちに寄ってしまう。せっかく説明してくれてるんだ、ちゃんと聞かないと。
 えーっと、つけると心が読めるんだっけ?……本当に!?
 
 「本当ですよ。ただ、一度きりしか使えないので気をつけてください。くれぐれも不運にも転んでスイッチ押してしまった、なんて事のないように」
 
 え、え、いいの?さとりの能力、こんな簡単に渡しちゃって。こういうの、貴重なんじゃないの?
 
 「あら、言いませんでしたか?私はあなたに興味が湧いたのですよ。楽しむなら援助は惜しみません」
 
 さとりはそう言って、帽子から取り出した扇子でぱちんと手を叩いた。和服とかなら似合う要素なんだろうけど、いかんせんシルクハットなのでいまいち合わない。
 
 「……叩き売りとは、こういうことでもないのですか」
 「うん。誰に教わったのよそれ」
 「博麗の巫女です。彼女だけは、読心が効きづらくて困る」
 
 さとりは肩をすくめた。見ると、サードアイも同じようにやれやれという感じでコードを左右に広げている。何それ、これでもできるの?
 
 「できますよ。ただし、やるためにはスイッチをオンにしなければいけないので、お勧めはしません」
 「ふーん」
 
 私は渡されたサードアイをまじまじと見た。
 手の中に握りこめそうな程度の大きさ。これなら、気付かれないように女苑の心を読むことくらい簡単に違いない。
 あの子はまっすぐに捻くれてるから、たまにはこういうのもいいだろう。今回は特に、だ。
 
 「ありがとう、さとり。いつかお礼するね」
 「そんなものは要りませんよ」
 「えー、でも何かやらないと気が済まない」
 「いいえ、何もするなと言っているわけでもないです。私が求めるのは一つだけ」
 
 さとりは手を挙げ、親指と人差指をこすりあわせた。
 
 
 
 「金」
 「あ、くれるわけじゃないんだサードアイ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「まあ貧乏神ですし、支払いはしばらく待ちますけどね……後で天子さんに請求書を送っておきましょう」