今回ばかりは、流石に死んだんじゃなかろうか。
魔法使いがネガティブになるとか、下手したら魔法のイメージが崩れて暴発爆発死亡一直線だしやめといたほうがいい……けど、もし死んでるならネガティブできる貴重なチャンス……よし、ここは思い切ろう。
魔法という、願い一つで叶う夢に付き合い始めて百年と少し。それなりに積もる物もあるしあったし、今の内にさんざんネガってやろう。さて、どこから始めようかな。
生まれ……無いな。両親ともに健在だし、食うどころか魔法研究に困らない家庭だし。当然私も悪いところなんて喘息以外一つもないし。あれはもう諦めた。
育ち……もっと無い。病弱であんま行ってないけど、学校通ってたし。成績良かったし。些細な諍いはあったけど、おかげで更に魔法の使い方が学べたからむしろ感謝しかない。そうだ、生きてたら菓子折りでも贈ってみようか。
……逆順で行きましょう。
新しい記憶。あの自立魔力から、ね。
何で、あんなのが憑いてたんだろうな、あの子。マジ有り得ない。
原因は察してたわよ。銀色の河由来の銀の髪。彼女の周りの空間にびっしりついてた魔術の痕跡。認識歪曲という高度な魔法の行使。
つまり、その銀河は水銀の河だ。水銀そのものの魔法的価値もそこそこあるけど、河ともなれば別の問題が起きる。極稀だけど、同じく水銀が主成分の赤い石、「賢者の石」が流れてる可能性があるのよね。
人為的に純度を上げた石には敵わないけど、天然のこの石だって十分魔法の触媒になる。今回はこれが数万個くらい川底に沈んでたんでしょう。一件落着。
するわけないでしょ。
なんてことは、流石にない。
これはあくまで、この世界――地球での石の話だ。その石が《《魔界産》》の《《天然》》賢者の石なら、話は変わってくる。
それすなわち、下手な人工賢者の石よりよっぽど強い。それこそ、一つまるまる消費すれば自立魔力なんてわけもないほどに。
まあ当たり前よ。魔法の始祖は魔界神で、魔界神が作ったのが魔界だもの。始祖が作った石にそうそう敵うわけがないわよね。それは魔界神も知ってるから、遭遇確率はさらに下がるけど。確か、プールに糸を投げ入れて帽子が組み上がる確率だっけか。
それはまぁ、ともかく。今、川は魔界神製賢者の石の魔力で満ち溢れています。そこへ、魔法が発動できる生命体が落ちたらどうなるでしょうか。
慣れない状況、異常な魔力量。藁にも縋るような願い。意図しない魔法の暴走が起きたって何もおかしくないわ。普通そこで死んでもおかしくないんだけど。ずいぶん幸運だったのね、あの子。
え? 賢者の石じゃないって言った?
言ったわね。私の賢者の石じゃないって。だから私のよりもっとすごい賢者の石の仕業なのよ。道理が通るわね。
というか、そうじゃなきゃあんなに耐えられるわけない。
ある程度知れてる動きだからぎりぎり戦えたし、見慣れた安心感で余裕も持てた。もし「グランドグリモワール」なんかが同じことしてきてたら初動で撃ち抜かれたでしょうね、私。あれ? 私も幸運?
ともかく、原因はだいたいそれでいい。いいんだけどさ。
その結果があんなに強いだなんて思わないじゃない。
だって、
だってそれなら、ここに来た瞬間に私のことを頼って……あっ。
…………
……
…
「………………」
「おはよう」
檜の清香が、部屋に充ちていた。
「……八意……永琳?」
一文字、一文字を噛み締めるように言ってみるが、まるで記憶に引っかからない。あっ、いや二つあるわね。形容詞の話。あれ本当なのかしら、聞いてみようかな。
「今日が何日か、わかるかしら」
「月曜日」
「……ああ、そういう魔女だったわね。今日は第三金曜日。卯の刻よ」
「えっ」
ちょ、えっ。五日? 私五日も寝てたの? 時間にして120時間? 秒にして432000秒? 本一冊に十五分かけるとして480冊分が今消えた?
……
「あなた、担当医に感謝しておくことね。運び込まれたあなたを見て、すぐさま私に連絡したそうよ。『手に負えない』って」
「……」
「
「記憶は……後回しね。現状をまとめるわよ。あなたの担当医が私に仕事を回しました」
「うん」
「私は
目に入るは日本家屋の佇まい。
見やれば鴨居にフラスコ七つ。
敷居を挟んで向こう側、作業を続ける女医が一人……
……? あれ、もしかして認識歪曲食らった? 紅魔館にいたんじゃなかったっけ。自立魔力が何で私、《《永遠亭》》に……あっ。
「貴方を担当していた医師。もう二度と魔女は診ないらしいわよ。当然よね。むしろ、今まで良くやってたわ。知識が足りないわけでも、世捨て人だったわけでもない。全てわかってても、良心だけで妖怪を救っていたのよ。まあ、それでいて腕も良いから、貴方に構うより他の誰かを助けたほうがいいって気付いたんでしょうね。こういうの、紅魔の魔女は何ていうか知っているかしら?」
「……トリアージ」
「さすが」
「鍼治療みたいな量の注射で身体の修復を促進したわ」
「その無駄な脂肪、借りたわよ」
「まあ、魔女じゃなければ死んでいたわね」
「死にかけダイエットは流行るのかしら?」