「これを見て。どう思う?」
そう言って彼女が渡してきたのは、ゴリゴリの官能小説だった。
「せやな……うん、何で?」
男は流石に困惑した。彼女がそう言う一秒前、二人は自己紹介をしていたからである。無論その十秒ほど前は初対面だった。彼女が依織、男が瓢と名乗るまで、互いの呼び名すら分からなかったはずだった。
分かっていたのは背格好くらいだ。依織が十代半ば、亜麻色の髪に黒の襟付きワンピース。瓢が二十代初め、消炭色の髪に白の道士服。けれどその情報は、瓢の混乱をより増すだけだった。
「これは大切な質問なの。断るという選択肢は存在しないわ」
「その……まぁ、もう見てもーたし断りはせんけども。何でかは気になるやろ」
「答えてくれたら解説するわ」
「ずっこいなぁ……」
瓢はパラパラと小説をめくった。わざわざ濡れ場を開いて渡してきたせいで、前後の流れが分からなかったからだ。最初から読み、さっき見た濡れ場を流し見て、最後を読む。ものの10分と経たずに読み終え、改めて目次を探すがどこにも無かった。この薄い本に探し抜けがあるとも思えなかった。
「……悪うはないな」
「……ほほう」
その答えに依織は笑みを浮かべた。そこに見た目相応の可憐な美少女はなく、ただ狩りの獲物を見つけたかのような獰猛さだけがあった。瓢は見なかったことにした。
「けど構成と、絵についてや。すんなり理解できる。キャラを引き立てる背景がある。……わざわざここ開いたんやから、ここの感想がほしいんやろけども。言わんで」
「は? そこ抜かすとか勃起しないチンチンじゃないの」
「おい」
「ここ、公共の場なんやけど……下の話を堂々したらアカンやろ」
「あら。公共の場だからこそいいのよ。ここでの下ネタは、攻略情報の交換と大差ないわ」
「イカれとんか?」
「ずいぶんないい草ね。じゃ、あなたは何しに来たのよ」
「そりゃまあ、昔滅んだ都市の生の知識を学びに……」
「生の話をするのよ。生の話もされて当然じゃない」
「……なんやろ、致命的に齟齬がある気がするんやけども」