――異世界。
とても心躍る響きである。
俺たちの住む世界は実力主義だ。たしかにそれは間違いない。
けれど、その実力は本人だけのモノじゃない。
親の実力、友人の実力、先生の実力……俺たちは、実力という薄い氷の下に『運』があることを知らない。
だからこそ、異世界に憧れるのだろう。
広い世界で、たったひとりの実力で。運など関係なく――
――誰しもが、自分の足で歩いてみたいと思うのだ――
「……なんだこれ。」
私は本をそっと置き、ベッドの上でひとりごちた。
なんなんだ、この論理の破綻した文は?まるで当然のことだと言わんばかりの文体だが、全く道理が通らない。
異世界に行ったところで運はついてまわる。いかに運が良くとも死ぬ事はあるし、そもそもこの文、実力を持たない者が異世界にありもしない|幻想<<・・>>を抱いているようにしか読めない。
幻想を理由にしてはならない。幻想郷に住む者として絶対、というか常識のルールだ。全くひどい|買い物<<・・・>>をしちまったもんだぜ。私はその本を、ベッドの脇のポーチに雑に突っ込んだ。
……自分の足で歩きたいってのは、賛成だけど。
「さて。」
自己紹介をしよう。私の名前は霧雨魔理沙。幻想郷の一般黒魔道士だ。シーフ?知らないな。それは私の家にパチュリーの本が積まれている事と関係があるのか?
……そう、私の家には本がたくさんある。
私の家は霧雨魔法店。店員は私はひとりの、こぢんまりとした店である。一応悩み相談を引き受けているが、宣伝していないのでまず人は来ない。
まあ、来てもほとんど私はいないか、研究してるからな。それに魔法の森の奥にあるから来づらい、というのもマイナスだろう。だからといって、森の外に建てる気は微塵もないし。
……そう、私の家は森の奥にある。
私の夢は星を手に入れること。と言っても、夜空の星そのものを望んでるわけじゃない。
魔法だ。星の魔法を、完全に自分のモノにするのが私の夢だ。
他にも霊夢に勝ちたいとか、見たことないものを見たいとか色々あるが、初心は今でも忘れていない。
ずっと高い空でも、足を止めることだけはしない。今まで諦めてきた事柄たちに、私はあの時誓ったのだ。
……そう、私の夢は星をとること。
「うーん、オーケーオーケー。私の記憶に不備はない。……つまり目の前のことは現実だってことだ。」
で、なんで自己紹介しているかだけれど。研究で使っているキノコの幻覚でないことを証明するためだ。
もしどこかで詰まってしまったら、それは幻覚で記憶や判断が鈍っているということだ。今私はスラスラ言えたから、目の前の景色は嘘じゃない。
そう、嘘じゃあない。
「現実かぁ……認めたくなかったなー……」
ベッドの上に座る私の目の前には――
――風が優しく、私の頬を撫でていく。
包み込まれるような柔らかな日差し。地面から生える、青々とした草たちは春を告げている。その周りに木はなく、どこまでも視界は開けている。
遠くの山々はくっきりと見え、この先の天気の心配を払い除けている。山にはところどころに桜色があった。
そこはまるで、いや、間違いなく――
――草原であった。
たくさんあった本も無く、家の部屋も屋根も、あまつさえ慣れ親しんだ森の瘴気はおろか、森そのものも無い。
そこにあったのは私の座っているベッドと、その周りにあったいくつかのものと――
――草原しか、なかった。
私は小さく溜息をつき、ベッドから降りた。掛かっているポーチを取り、中から本を取り出す。
さっき読んでいた、外の世界の小説だ。小鈴が大事そうに持っていたから借りてきたものの、どうにも期待外れでガッカリしていたのだが……
「まさか、こいつが教科書になっちまうとはな……全く、夢見がちな女は辛いぜ」
この本みたいに、誰かが言ってくれたら楽なんだがね。
|Welcome to, the wonderland.<<ようこそ、異世界へ>> ってな!