厚く降り積もった雪が解け、山に、里に生命の息吹をもたらしていく。
 幻想郷の白銀の季節も終わりを告げ、ここ、紅魔館にも春がやってきた。妖精メイドたちもようやく薪割りの仕事が終わるのだと一時の休息を取り、今日は湖の周りで遊んでいる。というかサボっている。
 そんな妖精達の姿を眺めながら、紅茶を飲む影が一つ。
 「……暇ねぇ。どうしてお姉様はいつも私を置き去りにするのかしら。」
 七色の羽が春の日差しを反射し、紅魔館の屋上に輝く影を作る。フランドール・スカーレットはとても退屈していた。
 それもそのはず、今日は館の中には誰もいない。それこそメイド長も魔法使いも、主でさえも居ない。朝起きてみれば既に皆出掛けており、枕元の書置きからはしばらくしたら帰ってくるという情報しか得られなかった。仕方なく姉の紅茶セットとパラソルを勝手に借りて屋上でティータイムを始めたのが十分前。自分で淹れる紅茶はやはりというか、苦味が出てしまっていた。春風が紅茶の表面をなぜる。
 「あーあ。今頃また何か楽しいことをしているんでしょうね。今度は何を作るの?巨大ロボット?空飛ぶ船?タイムマシンなんてのもいいわね」
 「すみませんが、私も詳しくは知らないのです。ただ、いつも通り門を守れとしか。」
 軽食を持ってきつつ、紅美鈴は言った。誰も彼も出払った紅魔館だが、門番ゆえか彼女も同じく置いていかれていた。紅い髪を揺らしながらテーブルにティースタンドを配置する。
 「妹様、その紅茶、色が濃くありませんか?だから私がいれましょうと言ったのに。」
 「分かってないわね。美鈴。これにはふかーい訳があるのよ」
 「えっ、そうなんですか。例えば?」
 「退屈しのぎ」
 サンドイッチを一つつまむ。さすがたまに咲夜と仕事を変わっているだけあって、甘みが絶妙に調整されている。いつもはマナー違反と怒られるのだが、これは皿に移すのが煩わしい。思わず二つ目に手が伸びかかる。
 「……いや、残しておきましょう。まだ人が来るのですし。」
 「あれ、今日も呼んだのですか?あの人たち。」
 「呼んでないわよ。でも、呼ばずとも来る。」
 私は確信を持って言った。というか、会ってから今まで一度も呼んだ覚えはない。
 「素晴らしい信頼関係ですね。まるで友達のようです。」
 紅茶の水面が微かに揺れた。誰かが桜を植えたのだろう、春風が湖のほとりから花びらを運ぶ。彼女の風になびく紅髪はいつ見ても美しい。
 「ねえ、なんで今地味に毒吐いたの?まあ、友達っていうよりかは災害の方がしっくりくるけど。」
 「でも、私がここにいる限りあの人達は来れませんよ。今のうちに下に行ってきましょうか。」
 美鈴の心配ももっともだった。最近の紅魔館の警備は異常だ。壁には図書館の本にかけているのと同じ障壁魔法。内部には侵入者のみに反応する咲夜手製の大量の罠(よく妖精メイドがひっかかってはホフゴブリンが助けている)。ドアはいつの間にか自動で鍵がかかるようになり、空には内外問わず何も通さない結界が張られた。招かれざる客も歓迎するここの主としてはあまりにも不自然なほどに。今となっては美鈴の守護する門だけが唯一入れる道になっていた。
 「気を使わなくていいわよ、美鈴。どんな警備でもあいつらなら突破できるわ。」
 「いや、それは気にしてないのですが。というか突破されたら困ります」
 「私は困らないわ。きっとお姉様だってそう言うもの。」
 「いつもであればそうなのですが・・・え?」
 また水面が微かに揺れる。風のせいではなかった。紅魔館そのものが揺れている。
 「え、えっ?地震?いや、これはまさか・・・!?」
 さしもの美鈴も動揺している。というか、私も内心動揺中だ。このパターンは遭ったことがない。まあ、付き合いが長いゆえに大体察しはつくが。振動が激しくなる。
 「察しがいいわね、美鈴。ふかーい訳の二つ目が来るわよ。」
 振動が一瞬止まり――
 
 次の瞬間、屋上の地面が吹き飛んだ。
 
 「なっ・・・!?」
 目を丸く見開いている。無理もない。吹き飛んだ地面から出てきたのは、幻想郷にあるはずのない道具と、それを掴んだ赤い少女と、少女に掴まる三人の影。
 「と〜ちゃっく!どうですか、やはり私の発明品は最高でしょう!」
 「ゲホッ、ガハッ・・・テメェ!今度は安心って言ったのはどの口だ!前とまるまる一緒じゃねーか!」
 「あ、気絶から覚めた。殺しときましょう。」
 「ハイ、お二人さんストップ!おはろー!フランちゃん!」
 いつも通りの喧騒が心地よい。私は手を広げ、いつもの通りに姉の真似をして、眼の前の集団に言った。
 「おはよう、皆。ようこそ紅魔館へ。今日の紅茶は私の特製よ。美鈴。軽食の準備をお願い。」
 「あ、は、はい!」
 美鈴の顔はまだ茫然としていたが、さすがは門番である。声をかけた瞬間に我に帰り、階段の方へと走っていく。
 が、階段の手前で振り向いて言った。
 
 「・・・今日の掃除は手伝ってくださいよ!」