「こっちこっち!足元気をつけてね!どこもかしこも岩だから!」
こいしが岩道を飛び跳ねつつ振り向いて叫んだ。そんなに叫ばなくてもここは洞窟なので勝手に響くとさっき言ったはずなのだが。
「それがわかってる割には明かりを置くだけなのよね。足場をならそうとは思わないのかしら。」
硬く苔むした岩道を封獣が続く。前の地震で構造が変わったらしい。少し歩きづらくなっている。
「みんな飛んでいくからだろ。というか私としてはお前が羽をしまおうと思わないことにびっくりだよ。」
その後ろに私だ。気のせいか赤の羽がちょいちょい首に当たっている気がする。最後尾についてこっそり逃げ出す計画は既に破綻していた。解せぬ。
「でも臨戦態勢なのはいいことよ。いつ何が来るかわからないからね。」
レーヴァテインについた液体を振り払いつつ殿のフランドールは言った。確かにここではその通りだが、何の躊躇も無しでいけとは言ってない。私は道中で切り伏せられた桶妖怪と大蜘蛛のことを思い出した。
「さてさて、橋に差し掛かりますよ。この時間なら橋姫は飲みに行ってていませんからね。妬まれずに行けます。」
そして、最前列でひょいひょいと進んでいく新人、みとり。橋姫はいないのか。残念だ。
「地霊殿に居候の身分の割に、ずいぶん知ってるじゃないかお前。」
「そういう性分でしてね。気になることはとことん調べるのが癖なんです。」
「……だろうな。そうじゃなきゃ私等はここにいないだろうし。本当にはた迷惑な依頼をしてくれたもんだ」
みとりが言った本題。それは、何故か自分にばかり災難が降りかかるから原因を調べてほしい、というものだった。
地底の揉め事をここに持ってくるな。もちろん私はそう言ったのだが、起こった災難を聞いているとそうもいかないような気がしてきたのだった。
小さなものなら、一日に十回程転ぶ。家の茶碗が何もしていないのに割れている。大きなものになると、自分の家だけが地震の落石で潰れていたり、果ては地上にいても太い光線に当たったり(おそらくあの魔法使いだろう)と、様々なことが起きており、しかも最近はどんどん酷くなっているのだという。
なるほど、それなら頑丈な奴しかいないここの集団はピッタリかもしれない。だが、ここに来ないで鬼に匿ってもらえよ。
私の言葉の最後の方は威勢良く返事をしたフランドールにかき消され、私は全く乗り気そうな顔をしていなかった封獣(終始何も言わなかった)とともに、完全に強引に最初に災難にあった場所――地底へと連れていかれたのだった。
「とは言っても、ついてくるってことはあなたも気になっているのでしょう?」
いつの間にか横に居たフランドールが、首をかしげながら話し掛けてくる。近い。
「……バカ言え、私の安全に関わることだから来てるだけだ。」
顔を逸らしつつ答える。実際、災難だらけのやつをこの集団に引き込んだら私の命が風前のマッチ棒だ。今のうちにどうにかしたいのは本当である。だから嘘ではない。
「素直じゃないわね、天邪鬼。」
「逆符撃ち込むぞ、封獣。」
「はいはい、そのへんでね。もー、二人とも似たもの同士なんだから仲良くすればいいのに。」
「「違う!」」
図らずして声が揃った。洞窟内に音が響き渡る。封獣がかつてない顔でこちらを睨んでくるが見なかったことにした。
「いいですねぇ、仲がよろしくて。私もそのような方が欲しいものです」
「これをそう見るなら改造手術を受けることをお薦めするわ」
「重点的に眼をな」
「あなた達もついでに受けてきなさい。頭に響いて五月蝿いのよ」
フランドールがレーヴァテインを私たちの間に振り下ろす。
「のわぁ!危なっ!」
「よっ、と。はいはい、悪かったわよ。」
間一髪避ける。封獣は余裕で避けているが、私は慣れていないのだ。髪が焦げた音がした。
「もう、暴れないでよね。そろそろ旧都につくよ。」
こいしが横薙ぎに振りかえようとするフランドールを止める。
「……ちっ、分かったよ。」
とりあえず休戦する。こんなことをしに来たのではないのだが。
「助かりましたよ、こいしさん。さて、旧都の光が見えてきましたよ?」
みとりが言ったのと同時に、私は楽しげな祭囃子が聞こえてくるのに気がついた。
……冬支度しなくていいのかな、地底連中。