地底。
そこは人類がロマンを求めた場所の一つである。
天空、大海、地底。とかく自らが敵わない大きなものに人間はロマンを感じ易い。
今、その地底で行われてようとしているのは、熱き戦い。
古代人が求めてやまなかった、その熱き戦いが、始まろうとしていた。
「ストライ~ッ!バッターアウトォ!」
地底に審判の元気な声が鳴り響く。あれほど元気でも地底に来た以上は今日が命日になるかもしれない。そう思うと合掌でもしたくなるが、生憎こっちは手の離せない状況である。物理的に。
「さあ始球式が終わりました。今宵この地霊ホールはどのようなドラマを見せてくれるのでしょうか。解説は私、古明地こいしと、」
「ついさっき簀巻きにされて連れてこられた鬼人正邪だ。とりあえずカメラ止めろ、こいつ殴るから。あとなんでバスケで始球式してんだ。」
「はい、怒涛のツッコミありがとうございました。応募頂いた事項は後でシュレッダーの耐久テストにリサイクルします。それでは選手入場です。」
「まって、話が1nmも見えてこないんだけど」
このとおり、文字通り手も足も出ない状態より自己紹介だ。私の名前は鬼人正邪。しがないただの天邪鬼である。本当は色々とやったから『ただの』というのは大きな間違いだが、今はそんなことは些細なことだ。何をやっても本当のピンチの時は過去など意味を成さないのだから。
しかしてその天邪鬼がなぜここにいるのかというと、私が教えてほしい。起きた。歯を磨いた。飯を食べた。森を散歩した。気づけば簀巻きになった。一体この一連の動作のどこに落ち度があったのか。あぁそろそろ端午の節句だしなとか呑気な思考が頭を過る。「いや、太巻きを作るなら節分の方が良いでしょ」そんな対抗意見も出てきたがどちらも食べられるのは私だから変わらな待て待て、こいしてめえ割り込んでんじゃねーぞ。
「さあ、選手入場も済みまして、これより開会式を始めます。一同、ご起立ください」
「全員既に立ってるんだけど」
「礼」
そのアナウンスとともに選手達が礼をする。ただし方向はまちまちである。お前ら何してんだ。協調性ゼロか。
「礼…霊……博麗霊夢……うわぁぁぁ!」
しかも一名発狂した。一体何があったんだろうあの天人。
落ち着いて全体を見てみると、妙に豪華な面子だった。ざっと見ただけでも、紅白と黒白はもちろん、スキマや狼女、三つ足、バイオリン、屋台女、バカ妖精、五つ目、ゾンビ、高兎、九尾、古明地こいしと無駄に多い。……ん?
「では校長先生より、式辞の挨拶です。比那名居天子は担架です」
「どっちだよそれ。後なんか選手にお前が見える気がするんだけど」
「そいつに尻尾が見えれば私だよ」
逆だろ。そう突っ込むのも面倒だが、面倒でも容赦なく校長の話は始まる。
そういや誰だよ校長って。こいつらをまとめあげる奴がいるというのか。明らかに何癖もある連中が集まっているのに、こいつらは何故か暴れだしていない。スキマとあの桃ばっか食べてる女とか、もう一歩で爆発しそうなんだが。これを抑えてまとめあげるとか、一体どんなやつが首領なのか。見つけた瞬間腹いせに反転打ち込んでやる。
果たして、出てきたのはぬえだった。
「えー、ルール説明を行います。」
…………あ、夢だわこれ。そう自覚したらなんかあの獏が後ろで笑ってる気がしてきたもん。絶対夢だ。
「残念だが、妖怪は夢を見ない。君が一番よく知っているだろう?」
うーん、この追い詰めっぷり。後ろから聞こえてきた声がそのまま私を思考の渦に突き落とす。というかいるなら見てないで助けろドレミー。
「嫌だね。私は君が一番嫌いなんだ。君のやった所業、許した覚えはないよ?」
はいはい。どうせお前はそんなやつだろうと思ったよ。肝心な時に助けないからなお前は。私が一番嫌いなタイプだ。
「結構。それよりルールを聞かなくていいのかい?脱出のヒントがあるかもしれないのに。」
黙れ、一番の脱出ポイント。お前がデレたら速攻解決するんだよ。
とは言いつつも、私はルールを聞き始めた。嫌な奴だが言うことは正論なのだ。だから嫌な奴なんだが。
しかしルールは三行で終わった。
幸いにも、何度も繰り返して言っていたので聞き逃しはしなかったが。
一、これはバスケである。籠にボールを入れて最終的に点の高い方が勝ちとなる。
二、妨害行為、及びそれに準ずる工作等は制限しない。好き勝手やるがいい。
そして三、この空間では効かない能力は存在しない。
「……」
「以上をもちまして、開会式を閉会します。この後はチームを作ってもらいます。はい、五人組作ってー」
「おいやめろ」
コート内はその一言で阿鼻叫喚の嵐となった。もっとも私たちがいる場所は放送席もとい特等席。一段高い上に壁とガラスで囲まれているので被弾の危険性はない。そこだけは褒め讃えたい。
「さて、理解したかい?何故こうなったのか。」
ドレミー・スイート。人を夢に誘い、夢を喰い、夢を創る。目の前にいるのは正真正銘のそのバケモノだ。妖怪である私は夢を見ないので、本来なら知り合う予定などなかった。が、生憎運命は皮肉が大好物である。そう、何故か会った。そしてその時にやらかしたことを今でも恨んでいる。要は私の敵なのだが、案外世話焼きらしく、危害は加えず助言してくる。まるで私の嫌いな聖人タイプだが、性格は私より悪い。だから嫌いになれない。
そんな悪性格のドレミーが、私に手を広げて近づいてくる。手を出すことは出来ないがガラス越しにそれがわかって……あれ?ピンチ?
「……推理はできる。だが説明がつかん。」
「うーん、そうだよね。なんで簀巻きにしたかの説明がつかないよね。」
それはいくらでも思いつくのだが。大方お前が思いつきで巻いたんだろ。
「惜しいね、十割正解だよ」
「それ以上に何があるんだよお前」
「見てればわかるよ。ほら、ちょうどチームも決まったし。」
一体なんの関係があるというのか。だが気になったのでコートを見る。あのメンツだし、誰だって気になるだろう。
コートに並ぶ八チーム。バランスいいな、と思ったら誰か担架で運ばれている。おそらくバランスよくなるように誰かが気を利かしたのだろう。見ると、ピンク髪の女が死にそうな表情をしていた。哀れ亡霊姫。おまえはもう死んでいる。
「一つ一つチームを見るより、試合見た方が早いよ。すぐに始めるしね。」
「ああそうかい。じゃあさっさとしてくれ」
「せっかちだな。短気は損気だよ。」
そう言った獏はいつの間にか隣に座り、ポッキーを食べていた。お前はくつろぎすぎだろ。
「君は本当に足りないな。後に続く激戦を考えてみたまえ。今しかゆっくりできないのだよ」
「簀巻きの妖怪の横でゆっくりしてんじゃねーよ」
「あ、そろそろ始めなきゃ。――皆様、長らくお待たせいたしました。これよりバスケットボール地霊杯を開催します。くじはもう引いたので早くチーム揃ってください。」
「時間なさすぎないか?」
「これくらいが丁度いいよ。ほら、一回戦だ。」
コートに立ち、向かい合う十人の少女。……必要ないと思うが、紹介しておく。まずは右からだな。
手前より、烏烏烏雀白狼。陰謀の匂いを感じる。主に妖怪の山的な。なんか雀は青い顔をしてるし。あれは間違いなく、進んで入ったのではなく脅されて入った顔だ。人数が足りないから数合わせというヤツである。やっぱ山ってクソだわ。そうまでして戦う意味がさっぱりわからないが。
だが、そんな疑問を左のチームが吹き飛ばす。手前より、吸血鬼鬼スキマ紅白天人。なんだあのドリームチーム。チートだろうあんなの。天人が青を通り越して白い顔をして松葉杖をついているが、それを引いてもあまりある戦闘力だ。休ませてやればいいのに。
「さあそれでは、地霊杯記念すべき一戦目を今始めたいと思います。両者向かい合って礼は済ませたと思いますので早速ジャンプボール!」
今まさに礼をしようとした天人の額を撃ち抜いて、地面からボールが打ち出された。グッバイ天人。そして打ち出した穴が閉まった。便利だなあ河童の技術。そしてよく見たら脇には担架隊がスタンバイしている。天人の額狙ったの確信犯だよね、おい。
「さあ、最初のボールを取るのは……おーっと射命丸選手、相手を踏み台にしてボールを取ったぁー!」
真っ先に隙間を開いた腕よりも早く、天狗がボールを取る。ちなみに踏み台にされたのは天人だ。……本気出してないか、あれ。前見た時の三倍は早いよ。
「最初にボールをとった方が流れをつかむからね。射命丸文としてはここで一気に点を取り、カメラを構える暇を作りたいはずだ。」
「お前、まともに実況するのかよ」
「試合も見ない簀巻きは黙っていたまえ。ここは戦場だ。」
獏にたしなめられる。ちょっと屈辱だ。だが私は試合よりも知りたいことがあった。
「なあ、おい。これの優勝時のメリットが全く思いつかないんだが」
「あれ?説明してないの、ドレミーちゃん。」
「知らないものをどうやって説明しろというのかね」
ここにいるくせに実行委員じゃないのかお前。あんなに大物感出しといてそれはないぞ。こっちには知る権利があるのだ。
「しょうがないなあ、教えてあげる。優勝賞品はね――」
「鬼人正邪。あなたの身柄だよ。」