「到着!ここが『異空間ロード』ね!」
 アドレーヌは裂け目から降り立ち、眼前の灰色の世界に叫んだ。
 壁も地面も空も、まるで協調性無く動き続けるこの異常な世界にあって、彼女の元気はとどまるところを知らず。
 「あのっ……いやっ……手が早すぎる……」
 まるでその手に掴んだワドルディから、元気を奪っているかのようだった。
 
 結局、ワドルディが発言を後悔するのは、他の世界――すなわち異世界へ行く方法を聞き、みるみる笑顔になっていくアドレーヌを見て五分後の事だった。
 異世界に行く方法はいくつかある。とある鏡を通ったり、靴下に吸い込まれたり、誰かが異世界から来た跡を使ったり。しかし、こちらから望んだ異世界に行くとなれば、方法はほぼ一つのみ。それがこの異空間ロードだ。
 異空間ロードは時間と空間を超えて色々な場所と繋がっている。なのでもしうまく中を通れれば、望んだ時、望んだ場所にワープできるのだ。
 だがそれはとある魔術師が改造した船、ローアがあっての話。何も無しに入れば望んだ場所に着くどころか、どこからともなくやって来る壁『ディメンションウォール』に潰されたり、ある秘書のように元の世界にすら帰ってこれなくなったりする。
 という説明を異空間ロードの裂け目の形状の特徴を交えつつワドルディが話していると、アドレーヌはおもむろに紙を取り出し、色鉛筆をささっと走らせ聞いてきた。
 
 『裂け目ってこんな形?』
 
 そして今が五分後である。アドレーヌに掴まれ連れてこられたワドルディは激しく後悔していた。
 「さあワドくん!絵の具がありそうな異世界を探すのよ!」
 「無理ッス!何スか絵の具がありそうって!というかここを自由に通るならローアが必須って言ったッスよね!?」
 「大丈夫、大丈夫。こんな感じのとこ前も通ったじゃない。ほら、ホロビタスターとかウルルンスターとか」
 「あの時はクリスタルがあったじゃないッスかぁ!って待って、そんなに先先行かないで欲しいッスー!」
 ワドルディの必死な叫びも虚しく、アドレーヌはどんどん先へ進んでいる。途中に敵がいてもお構い無しだ。
 いや、後ろからすでにディメンションウォールが迫ってきているので進まざるを得ないというのが正しいが。
 「うう、何度見てもひどい圧迫感ッス……しかもカービィさんがいないから押し戻すこともできないし……」
 「ちょっと、壁ばっかり見てちゃダメよ。ちゃーんと目的の異世界を探さなきゃ」
 「……そもそもローアもクリスタルもなしに、異世界とつながる裂け目とか見つかるんスかね……オイラ、見たことないッスよ」
 「大丈夫だって。私も見たことないから!」
 アドレーヌは自信満々に言った。全く自身の行動を悪びれていない。それどころか見たことない場所に行けてラッキーとすら思っていた。
 「初めから詰んでるじゃないッスか!もう帰りましょうよ!」
 「ちっちっち、まだ冒険は始まったばかりよ?慌てるには早いわ。もしかしたら意外とあっさり見つかるかもしれないでしょ?」
 「その自信はどこから!」
 「あの辺かしら」
 アドレーヌがすっと指さした先には、なんと行きと同じような星形の裂け目――ではなく、中に大量に目が見えるいかにも禍々しい紫色の裂け目があった。その禍々しさを軽減するように、裂け目の端は可愛らしいリボンが付いている。
 しかしそのギャップがいっそう禍々しさを増強していた。
 「……あれは違うんじゃないッスか?何というか、ダークマターって感じがするんスけど」
 「そう?まあ、それならワドくんの勘を信じましょうか。次探すわよ次!」
 そう言って、やはり先行するアドレーヌ。流行る気持ちが抑えられないといった感じだ。
 絵師というのはみんな、絵の具一つのためにここまで危険な冒険を続けられるのだろうか。ワドルディは思ったが、よく考えれば彼女にはリンゴ一つのために世界を救った友人がいることを思い出して口をつぐんだ。
 「ほらほら!早くしないとおいてっちゃうわよー!」
 「わかってるッスよ!」
 ともかく、アドレーヌを一人で進ませるのは危ない。
 ワドルディは一刻も早く絵の具を見つけて帰ろうと、強く地を蹴り駆け出した。
 
 「あっ!また見つけた!……あれもさっきと同じ裂け目じゃないの!次っ!」
 「オイラも見つけたッスけど、……同じッスね。先に進みましょう」
 「きゃあ!ワドくん足元!」
 「え?うわっ!大きい裂け目!?わ、わわわ!っわぶっ!」
 「ふー、危ない危ない。ミニカブーラーを描くのが遅れてたら落ちて……あ、やば、ワドくんそれ早く降りて後ろ壁ぇっ!」
 「う、うわあああぁぁぁ!!!」
 そして一時間後。異空間内は、てんやわんやの大騒ぎ。
 無理もなかった。最初に見つけた紫の裂け目、それがなぜか次々と増えていっているのだ。軽く見回しただけでも十は見つかる。
 それらをかわすだけでも精一杯なのに、忘れた頃に壁が後ろから迫る。それが二人を否が応でも焦らせていた。壁のせいで休む場所もなく、二人は疲れ始めていた。
 「おかしい……裂け目が多すぎるッス……さすがに帰りませんか?そんな急ぐことじゃないッスし、一旦戻っても……」
 「……そうね……ちょっと急ぎすぎたわ。そうしましょう」
 とぼとぼと歩きながら、アドレーヌはスカートのポケットから紙を取り出した。そして行きと同じように、色鉛筆で星形の裂け目を描く。
 「あれ……実体化しない」
 「……え」
 紙を鉛筆で弾く。描き足してクオリティを上げる。しかしなにもおこせない。結局力任せに後ろから叩いて、ようやく実体化した。
 「よしっ!」
 「そんな力業でいいんスね……」
 「まあまあ、実体化したからいいのよ。さあ帰るわよワドくん!こんなとことはオサラバよ!」
 裂け目の向こうに見える、黄色く光る星。時間としては一時間ほどだったのに、まるで何ヶ月も離れていたかのように久しぶりに感じる。ワドルディがそんな郷愁に浸っていると、また頭を掴まれた。
 「ちょっ!何するんスか!何も帰りの時まで掴む必要は」
 「空間移動の時はみんないっしょに!これは鉄則よ!」
 そういってアドレーヌが裂け目へと跳ぶ。よほどここに居たくなかったのだろう、目を瞑って、思いっ切り。
 「だったら手をつなげばいいじゃないッスか……あ……?」
 そして二人の体は、あっという間に吸い込まれていった。
 
 
 星形の裂け目の手前に開いた、目玉だらけの紫色の裂け目に。