「あっ、おはよーございます! よく眠れましたか?」

 おはようございます、響子先輩。ええ、とても良く眠れましたとも。見てくださいよこのつっるつるの肌。隈一つありませんよ。兼好法師もべた褒めするレベルですよ。

「今日も健康でいいですね! 元気に修行しましょう!」

 そうですね。私はそこの柱に貼り付いてる時間割を見てると元気が減退していく思いですけど。三日目に特別修行を挟むために、少しだけ前倒しで修行がつまっています。水蜜さんとかたまにしれっと修行サボってるらしいんですが、それもわかるってもんです。

 さて、一日目が始まりました。前述したとおり、修行は全部で七つ。滝行、瞑想、山岳、読経、掃除、料理、戦闘でした。毎日の修行はこの中から三つ選んで取れます。通常は。
 現在は特別修行に私を備えさせるために、決まった時間割が採用されているので選べません。今日は山岳+戦闘、瞑想、滝行、料理で午前終了ですね。一日って何時間だっけな?

 ちなみに「特別山岳修行に備えさせてね」としか言ってないので、この時間割に聖さんは関与していません。では誰が作ったのかというとこれはランダムなので特に気にしなくていいです。「最近は水に沈める代わりに深い眠りに沈めるのがトレンド」という動機もあるくらいランダムなので気にしません。さてご飯ご飯。

「おはよー。って、豊夏さん。初日で間に合うなんて、気合入ってますねえ」

 おはようございます、水蜜さん。私、こういうの慣れてますので。朝から動くと集中力が高い状態を長時間保ちつつビタミンDが摂れますからね。米食べてりゃ問題ありませんが、人里ってそんないっぱい田んぼや収穫量があるわけじゃないのです。
 えっ、「でもみんな米食べてるじゃん」? 気にしてはいけません。たとえ妖怪の山で棚田を見かけたとしてもです。

 
「おはよう。今日は洋風に寄せてみたんだって」

 おはようございます、一輪さん、雲山さん。ダイニングには雲コンビと朝御飯がいました。今朝のメニューは玄米麦飯、じゅんさいのお吸い物、かぼちゃの豆腐胡麻クリーム煮、トマトの寒天寄せ、こんにゃくカルパッチョ、命蓮寺とうがらしのオーブン焼きです。いただき飯テロます。

 「唐辛子使っていいのか」と思われた方は、一度この元ネタと思われる万願寺とうがらしを食べてみましょう。唐辛子は刺激があるから拒否されるのであり、そういった刺激が殆ど無いこの食材は許されるのです。むしろ甘くて超美味い。

「うまい。どこで見つけたのだ、このレシピは」
「鈴奈庵の外来本と、マミゾウ殿の持ち込んだ本だ。食材が揃うか不安であったが、どうにかなるものだな。って、雲山が」
「外の世界は刺激に溢れているのだな」

 ……女苑さんが居ませんね。代わりにこころさんがいるのはまあ、いいとして。
 正確に言うと、感情が読める彼女がここにいるのは好ましくありません。しかし、こころさんには「学ばなければ理解できない感情」があるのでさとりさんとか木菟さんより100倍楽です。だから地霊殿ルートを何十週もした私の敵ではありません。味方です。

「今日は聖様がいなくて、寅丸は先に山で準備してるわね。ぬえと女苑は、うん。逃げたわ」
「皆で聖様の送り出しをしてたら、その隙を突かれたみたいで。参りましたね」
「送り出し? やけに豪勢だな。何かあったのか」

 ヤダこの子、指摘鋭い。私としてはここで気づいて頂いて全員で瑕穢の排除に向かってほしいのですが、下手に指摘するとこころさんの好感度が上がり無用なイベントが始まります。なので静観。

「……ちょっと遠いところの檀家さんらしくてね。心配しなくても、明後日には帰ってくるわ」
「明日はいないのか。困ったな、聞きたいことがあったのだが」

 極稀ですが、聖さんは魔界で「魔界神と同等の神に最も近い魔法使い」として信奉されていることがあります。当然そうなれば魔界にも檀家を持つことになります。つまりこの言い訳は嘘から出る真になる可能性があり不妄語戒には抵触しません。
 なお、真だと魔界のツアー会社がここに雪崩込むイベントが発生するので好ましくありません。嘘であれ。

「ひひはいほほっへ……んっ。何ですか?」
「そこのブロンドのやつのことだ」

 あ、どうも。百瀬豊夏です。三日間の体験修行やらしていただいてます。

「なるほど。私は秦こころ、能楽師だ。宜しく頼む」

 よろしくおねがいしますね、こころさん。ファーストインプレッションはちゃんと挨拶して少し微笑めば100点満点です。これで機嫌を悪くするのは正邪とマイとアリスぐらいですよ。

「道理で、昨日は遅くまで明かりがついていたわけだ。何か異常の事態かと思って心配していたが、歓迎会ならば安心した」
「えっ、あー、うん。そうね。……遮光できる物、買おうかな」
「?」

 寺は節制の総本山なので、大々的に油使ってますよアピールはするわけにいきません。なお近所の方々からは「なぜいつもあの時間に光が消えているのに、寺の業務が差し支えないのだろう」と逆に不思議がられているそうです。意外にもその辺は寅丸さんが調整しています。

 忘れがちですが、寅丸さんは聖さん封印に全く動じず、数百年もの間毘沙門天をやり通した優秀な方です。業務整理は適任なんですよ。たまにうっかりするだけで。

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『ごちそうさまでした』

 さぁ、準備準備。初回修行なので今回の山岳は守矢神社への挨拶→玄武の沢急流下り程度で済みます。終わるのは8から9時頃ですね。時間帯を除けば楽しいレクリエーションに見えますが、とんでもない事でございます。何せ空を飛ぶことを覚えなければなりませんからね。とりあえず梱包爆弾と穢那の火は置いていきます。

 甘露飴、炭、空の竹水筒、カンダタロープ、防御用の露西亜人形カバンに詰め込んで。熱い思いは要りません。クールにやっていきましょう。
 そういえば説明してませんでしたが、人形はイベントアイテムであるせいか皆『不壊』属性がついています。ですので防具として非常に優秀です。おまけに、どの人形を使っても攻撃を受け止める機能に差異はありません。

 しかしZootheraはそれを想定していたらしく、どの人形も防御用途で使おうとすると何かしらの問題が発生します。倫敦は純粋に掴みにくい、露西亜は防ぐたびに小さくなる、西蔵は一度防ぐと四十九時間どっかに消えるなどなど。なので確実にあと二回程度なら防げる露西亜を持っていくことにしました。

 ……何か忘れてるような気もしますが、遠足の前ってこんな感じの焦燥感に苛まれるのが普通だと思います。今回もそれだと断定してカバンを閉めます。

 それじゃ最後に、飴を噛みまして。

「出発するわよー」

 あいあいさー。



「山岳か。今日はどの崖を登るのだ?」
「登りませんよ。豊夏はまだ空を飛べないんですから、落ちたら大怪我になっちゃいます」

 飛べたら崖を登りますと言われている気がします。

「では木も上らないのか」
「それは少し、やってもらうことになるかもしれませんね。だって」
「おっとぉ! もう麓についたのよ、警戒してもらいましょうか」
「麓って……」

 道脇には立て札が一枚鎮座しております。

 『山の賓客は←
  守矢神社の参拝客は→』

 同じ内容の立て札が他に四枚ほどありますが、よく見ると微妙にデザインが違ってて凝ってるなと思います。ちなみに、これははたてさんが書いたものです。他は大天狗が書いてます。なぜここだけはたてさんが出てくるのかは現在調査待ちです。

「これは、参拝道ではないか。修行になるのか?」
「もちろんよ。確認だけど、豊夏は初級の魔法が使えるのよね?」

 ええ。情報共有がしっかりしてますね、まだ聖さんにしか言ってませんのに。

「よーし。それじゃ、ルールを説明しましょう。

 《《今か12分以内に守矢神社についてもらいます》》」

 ええ。情報範囲に差がありますね。初級魔法に『身体強化』は入ってませんのに。

 ここで全国プレイヤーの廃スコアが表示されます。転移系スキルを使うと記録が無くなるので、ここにある記録は全て実際に出したものとされています。掲載されると自動で参考映像も添付されるので不正はありません。ありませんけど不正にしか見えない。何だ54秒って。

「12分か。確かに、それなら修行だな」
「ふっふー。負けないからね、豊夏!」
「あ、私達は+2分のハンデですよ」
「……負けないから!」

 っと、先に参考記録を出さなきゃ分かりませんね。12分以内とは言っても、実際はこの一番下にある『占術愛好家』という人以下にならないとシステム的なタイムアップとはなりません。
 これは一輪さんによると「とりあえずテストで走ってもらったけど名前は非公開がいいって言うから」こうなっている一般里の人らしいです。一体何者なんだ。

「それじゃいくわよ。3! 2! 1っ!」

 ……辿り着きませんね、占術愛好家。あっ、諦めました。編集に任せたな。分かりましたよ、右枠に載せておきますよ。やればいいんでしょしゃーないなー。

「始めッ!」

 占術愛好家:25分(休憩除く)

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「山は思っている以上に起伏に富み、上に登るほど息詰まる。初めからそんなに飛ばしていていいのか、豊夏」

 いいから飛ばしてるんですよ。今回は空を飛ばなければなりませんからね。選択するスキル種によって空を飛ぶためのスキルは違い、それぞれに利点があります。
 今回メインで狙うのは霊力スキル『空紅』。弾避けに特化した精密動作向きスキルですね。欠点のスピードは他のスキルで補完する形になります。こういう基本概念で差が出る感じすっごい好きなんですけど誰か分かれ。

「速い……! うう、でも、先輩の意地!」
「その意気やよし! 一緒に勝とうよ!」

 居たんだこいしさん。

「いいだろう。私のコーナリングを見せてやる」

 じゃあ私はインベタのインを攻めますね。

「あ。そこは」
「入った! かかれぇ!」

 哨戒天狗の三人組が現れました。

 守矢神社が架空索道を作ったのは、このように《《ちょっと》》道を逸れた瞬間に山への不法侵入として対処されてしまっていた事も手伝っています。山側からすれば参拝道なんて格好の侵入経路ですから、その警戒心は分からなくもない。そう考えたら閉鎖社会に公道が通ってるのって奇跡みたいな話ですね。ああ、だからか。

 
「ふわっ! 火っ!?」
「魔法使いか! 接近戦だ! 攻撃で足を奪い、集中力を削げ!」

 ところで、妖怪の山は戦闘能力が随一と言われています。その理由がこの統率力です。閉鎖社会の利点として結束が強いため、多人数でも的確な判断で無駄のない攻撃をしてきます。戦闘とは関係ないですが、山ルートでこの人たちと会話するとほぼもれなく陽キャであることが分かります。つまり精神的にも付け入れません。

 なので七里で駆け抜けたいところですが……なんと! 《u》私、長靴を忘れてきました!《/u》 かーっ、やっちまったなー! これを生身で抜けるのか! 辛いなー!

「! 突っ込んできたわ!」
「馬鹿め! 手間が省けたわ! 狗符……ぐっ!?」

 というわけで、鈍重な私を囮にして陰陽玉を突進させます。玉に意識を向け始めたら札で攻撃。もちろんタイムアタック中なので守矢神社へ向けての疾走も忘れません。おらぁ! 道開けろ!

「使い魔!? しかも……訓練されてる!」

 金の力です。

「怯むな! こちらは三人だ、私が使い魔を対処するから二人は侵入者を!」
「分かったわ! 覚悟しろ、侵入者!」

 といっても、そう簡単には通してくれません。そうこうしてるうちに攻撃がかすり始めました。負けてもいないのにちょっと服ビリ状態です。というか右腕持ってかれました。クリティカル弾幕ヒットです。はえーよ。

「左とった! 左から攻めて!」
「わかった! くらえ、私の弾幕!」

 うええ、痺れる痺れる。それでも死んでも足は守り抜きます。万が一にも破損したらとても面倒ですからね。今回のRTA条件上、完璧に直すのはほぼ不可能ですし。足に纏わりつく弾幕を右手で払いながら、前へ走りますよ。前へ。

「そんな……! 痛くないの!? くうっ、代わって! 接近できる!?」
「いける! 峰打ち、大剣……『脳天割り』!」

 哨戒天狗の本来の役割は威嚇射撃であり、身の丈に合わない大きさの剣を扱っているのも威嚇のためです。あと筋トレ。
 そのため、その重さを活かして頭に剣を振り下ろす技「脳天割り」は、こちらからさらに回転を加えられると止められません。三割くらいの椛を除いて。
 なので札を投げて足を引っ掛ければ、簡単に空振りします。《b》前へ。《/b》

「……止めた!?」

 するんですけど、ここはあえて左手に持ったロザリオで受けます。《big》《b》前へ。《/b》《/big》

「いや、受け切れてない! 確保っ!」

 衝撃は全身を通して地面に分散させたので、左腕が再起不能になるなんてことにはなりません。しかしそれは全身等しくダメージを受けるという事でもあり、当然足は鈍ります。《xbig》前へ。《/xbig》

 そこへ哨戒天狗が背中側からタックルをかましてきました。無論、上へは跳躍距離が足りません。左右に避けるにはタイミングが遅すぎます。虚を突いて後ろへ跳んでも、この足では次なる衝撃を支え切れません。いわゆるチェックメイトです。

「取ったりぃいーーっ!」

《center》
《box:h15,overhidden,lh4》
《text:s3》《b》前《/b》《/text》
《text:s3》《b》へ《/b》《/text》
《text:s3》《b》  ゜《/b》《/text》
《/box》
《/center》

「……!?」

 ――逃げる場所は無い。不意と急所、その両方を打った完璧な体当たり。瞬く間に侵入者は絡め取られ、その身体に土をつけることになる。そうすれば、いつも成果に対して難癖をつけるあの真面目な先輩にも、目にものを見せてやれるだろう。彼女は期待に満ち溢れていた。そのはずだった。

「あれ!? 何、私、いま……」

 だが、その瞬きの後に得たのはまるで奇妙な感覚。大嵐の中を飛んでいるかのように揺れる視界と、酒に酔ったようにまとまらない思考。眼前を染める緑色が、何を表すか見当もつかない。過去の事実が、今の現実と繋がらない。

 それでも、彼女は山の一員だった。腕を振るい、触ったものに力を込め、上体を跳ね上げる。何が起きたか分からないなら、その場に居てはならない。一度戦場を離れ、冷静に俯瞰する。その時も、できるだけ味方と共に行動せよ。全て、先輩が教えてくれたことだった。
 
 その記憶を頼りに、彼女は自分を必死に客観視する。さっき体当たりを敢行した。その後、視界は勢い良く回っていた。記憶はだんだんと繋がり、やがて起き上がった瞬間へと至る。大きく一歩、こちらに踏み込んでいた侵入者。そして彼女は答えを得る。

「……《《投げられた》》!?」
「そんな! 魔法使いって、本体は人間と同じ程度じゃないの!? 妖怪を投げ飛ばすなんて、そんなこと!」

 ただ、そうなるには遅すぎた。

「あっ、先に行く気だ! 私はいい、追って!」
「了解……速い! どこに、そんなに、力が……!」

 でも、誰がそれを咎めるだろう。

「見失わない…………せめてマーク……」

 一体、この世界のどこに、

「……これ無…………層部……」

 何をすればいいか覚えている人間に、

「報告……………」

 勝てる道理がある?



「うわっ! 嘘、追いついて……きたの!?」
「上等! 更に……加速するよ!」

 いいでしょう。私もこの『身体強化』でお相手します。

 というわけで、《u》魔法スキル『身体強化』を手に入れました。《/u》こちら、『もっと動きたい』という強い願いが起点ロックになってるスキルです。だからわざと動けない状況を作る必要があったんですね。

 もちろん覚えただけじゃ駄目なので、あの踏み込みの間に十回くらい魔法キャンセルを挟み基礎取得しました。いつぞや根性を取得する際にパンチの出だしを当てて熟練度だけ稼ぎましたが、あれの魔法バージョンみたいなものです。
 ただ一つ違うのはキャンセルしても魔力が持ってかれること。昨夜のConversion道場で先に身体強化の熟練度を稼いでいなければ、二回は魔力切れを起こしていた事でしょう。魔力切れは『風邪』と同レベルの症状が出るので非常に辛くなります。時間経過で治るのが救い。
 なおその場合は根性に頼る予定になってました。結果的に体力温存と相成っています。やったぜ。

「む、無事だったか。あまり離れるんじゃないぞ。この辺は、見習い哨戒天狗の練習場でもある。下手に侵入者扱いされると、なかなか誤解が解けない」

 ……あの、なんでこころさんに先回られてるんですか? 最短距離でカーブを抜けてきたはずなんですが。やってる時はすごく切羽詰まってたんで気にしてませんでしたけど、これってつまり私がこっちに抜けてくるって信じてたってことですよね。ほぼ初対面のはずの私を。これ、相当危ない性格だったのでは?
 
 ま、まあともかく。動けないほどのダメージを受ける程度で良いなら、紅魔館でも出来たんじゃないかと仰る諸兄諸姉がおられるかもしれません。結論から言うとできるんですが、今回はしませんでした。その理由は二点あります。

「ぜ……ひっ……ひゅー……ふっ……」
「……えっと。大丈夫? ペース落とす?」
「へいき……付いてく……! 身体を鍛えないと……いい山びこは返せないから……!」
「そんなに縛られなくてもいいじゃん、種族にさあ」

 まずは《u》熟点による熟練度の貯まりやすさ《/u》です。熟点は実はある程度パターン化されているため、効率を求めると気づけば殆どのスキルで同じ行為を繰り返していた、ということがよくあります。
 今回やったのは、かなりのスキルで採用されており、かつもらえる熟練度も高めな『そのスキルを使って他人と競う』こと。だから、競走ミニゲームが挟まるこのタイミングでスキルを覚えるのがちょうど良かったのです。

「ううむ……ちょっと、鈍ってるな。最近、動きの激しくない舞が多かったからな……もう少し、修行するか」

 「それなら事前に覚えておけばいい」という指摘はごもっともです。そうすれば途中からではなく、初めからスキルを使って競る事ができるため、熟練度を余すところなく貯められます。そうせずに競走の最中に覚えたことにはちゃんと意味があります。それが《u》『スキルを覚えた直後ボーナス』《/u》です。

「あ……ちょっときつい、かも……」
「分かったわ。ちょっと陰で休んでて。私は、あんたの分も先輩としてやってくるから」
「……ふっ。何だか急に元気になりました。じゃあね一輪、私は先に行くから。そっちは私の背中だけ見てな」
「残念だけど、私は出来ない約束はしない主義よ。休みたいと思えるほどの完全敗北をくれてやる!」

 命蓮寺名物、徳の高い煽り合い。この時の雲山さんが完全に保護者顔なのは雲山ファンには堪らないそうです。でもそもそも雲山さんのように露出が少ないキャラだとどんな反応でもしてくれるだけ堪らな(

 さて、同じ行動をしたとしても、事前にバフがあればより熟練度が貯まる、というのは前にお話ししました。このバフには様々な種類がありますが、その中に『スキルを覚えた直後ボーナス』というものがあります。

 これのバフ率は『感覚先鋭化』『記憶の再生』『異常経験』なんかに比べれば一般的なので流してしまいがちですが、実は計算してみると初めからやり通すよりこのバフを利用したほうが効率が良かったりします。通常プレイならいざ知らず、切り詰めまくってるRTAのリソース管理上では大きな違いです。そのためリスクを冒してでもミニゲーム中に覚えるようにしました。そうです攻めチャーです。

 ちなみに、「これで速度が出るから長靴要らないや」とはなりません。即効性、スピードあたりのスタミナ効率、及び《《魔法ではない》》という利点はこれからも大いに活用していくことになります。さすが三種の神器。

 ん? はい、そうですよ。魔法スキル『超人 〈プレイヤー名〉』があればそれを使えばいいんです。なんでないんやろなあ。

 あ、神社が見えてきましたね。ラストスパート。

「……まだっ、足が……!?」
「か……ひっ……すー……ふー…………っ!!」

 全力でスプリントをかけていきますが、前の二人には追いつきません。さっきあれほど喋っていたことからもわかるとおり、この二人はペース配分がきっちり出来ているため、初期から勝つのはなかなか難しいです。今回は勝ちに来たわけじゃないので気にしません。

 もちろん勝つと科学スキル『勝利の方程式』を手に入れたりでプラスはあるんですけど、今回のメインはあくまで『身体強化』の熟練度を貯める事です。よってやるべきは、極限状態で動かなくなった体をこのスキルで前へ運ぶ事です。前へ、前へ、何があろうと前へ――

「うぉーーーっ!! ほーーーかーーーーっ!!」

 !?

「負けな……ひっ! わた……うぇ! 決め……た! から!」

 響子ちゃんが横を駆け抜けていきました。おかしいな、彼女の平均タイムより既に五分ほど早いはずなんですけど。走る程のスタミナは無いはずですし、そもそもそんなに走ったら次の修行まで保ちませんよ。大丈夫なんですか。

「ほう。……これは、奮起……嫉妬……決意。烈しい……感情……もっと、見たい」

 えっ、こころさんまで。何ですか、皆して本気じゃないですか。嘘だとしても新参者を持ち上げようとする気は皆無ですか、正直者どもめ。私はこれが一番効率が良い状態ですから変えませんよ。仮にもRTA走者が周りを見てペースを乱されることなんてあっちゃいけないんです。何の為に何度も同じ事を繰り返してると思ってるんですか。本番で適切な行動を取るためですよ。それを崩して周りに合わせようとするならそもそもタイムなんて狙う人間になっちゃいなんです。人並みの安心感なんてAIにでも任せていればいいんですから。

『おぉぉぉぉぉーーーーっっ!!』



「おはようございます! あなたの記録は……6分 10秒でした! 絵馬に残しますか?」

  はい
 ▶いいえ
  残すって?

「分かりました! それでは、改めて……こほん。始めまして! 東風谷早苗と申します! 守矢神社の風祝です! 宜しくお願いします!」

  願いは。
  禰宜はどこだ。
  奇跡はあったんだ。
  セキュリティ上本名はちょっと。
 ▶百瀬豊夏です。宜しくお願いします。

「豊夏さんですか! 良い名前ですね! ようこそ、守矢神社へ!」

 ……あ、これはどう答えても問題ないので『会話補助』を鍛えてただけです。別に何かあって返答を考えるのが辛くなってるわけじゃありません。本当ですよ。たとえ何かあったとしても最後の最後で僅かにロスる程度なら今後に問題はありませんから。ええ。

「おはようございます。登山はどうでしたか……あの、どうして皆倒れてるんですか?」

 私にはわかりません。ちなみに今私は『身体強化』で補助したぶん残った僅かなスタミナで立っています。気を抜いたら倒れますけど、そもそもRTAってこんな状態ばっかりなので慣れました。むしろこの状態に安心するまである。

「何かしたんじゃないだろうな。村紗、こいつは変なことしてなかったのか。……走ってただけ? そうか……」

 おはようございます、寅丸さん、ナズーリン先輩。これは何をしていた所なんですか? 境内にこんなに材木を並べて。

「船の基礎部分を仕上げている。次の修行は聞いているだろ」

 川下りでしたね。予定表の横の地図に赤い書き込みがありました。例の急流下り大会とは違うルートみたいだったのでよく覚えてます。

「よくご存知ですね。今回の修行の正式名称は『試走! 急流下りの新コース』です」

 それはもう修行と言わないのでは?

 このように、山岳修行は妖怪の山側の都合が多分に含まれています。閉鎖社会が外向けのボランティアなんてやるわけ無い。むしろ、山都合でも許可を出させた聖さんあるいは寅丸さんはかなりのやり手です。

 ちなみに、この川が増えたのは冒頭のあの雨のせいだったりします。九周目ごろではスタート地点が山に設定されているので、運さえ良ければその現場に立ち会うことができます。なおその場合、ほぼ確実に鉄砲水をセットで経験するので運が悪いとする説もあります。

「勘違いするんじゃないぞ。試走は修行の半分だ。この下るための船を完成させるところも含めて修行だからな」

 山岳修行の目的は団体行動の育成です。その為の布石としても個人種目の走り込みが存在します。どういう事かという説明は山ほどあるので割愛しますが、とりあえず今の走り込みで次の川下り修行の内容が若干変わることを押さえれば十分です。

「よーし。皆さーん、休憩は終わりですよ。部品は出来たので組み立てをお願いしますね」
『……おー』

 寅丸さんとナズーリンさんが本殿に腰掛けまして、それを合図にみんな起き上がる様子はさながらゾンビ映画。陽炎みたいに揺らめいて立ち上がります。響子ちゃんに至ってはもう液体が人の形してるんじゃないかと思う程よろけてますけど大丈夫なんでしょうか。

「……仕事割り振るわよ。まずはそうね、パーツっていくつあるの?」
「十七くらいですね。うまく行ってたら釘打ちも必要ありませんが」
「ふね……かんたん……ばらばら……」
「しっかり釘をお願いします。打つ場所には印がついてるので、順番だけ間違えないように。どうぞ、仕様書です」

 仕様書をチラ見して察したフリをします。
 別にこれしなくても良いんですが、思わぬ所から崩れていくのがこのゲームです。知ってたんじゃないかと疑われる行動は控え、ちゃんと行動には説明可能な理由と目的をつけましょう。左舷やりますね。

「右舷に行くぞー」
「……おー!」
「私もー」
「えっ……と、じゃあ、私も左舷で……」
「私は監督ね。雲山、前後を支えてあげて」

 村紗さんはこう見えて蓬莱山さんに匹敵する怪力の持ち主です。そりゃあんなアンカーぶん回してればな。なので私と二人で右舷三人とは丁度いいパワーバランスになります。噛み合ってなくても雲山さんが調整します。

「工具追加です! どうぞ!」

 どうも。

「おー、出来てる出来てる。あのブロンドの娘が新入りかい? やあ、新人。私が洩矢諏訪子だ」

 おはようございます、神様。
 洩矢さんは大体碌でもない神様連中の中でも特に腹黒であり、隙あらば信仰を迫ります。隠れモリシタンも構いません。しかしながら陥れたりする気は一切無く人の幸福のために動いているので善神です。まあ悪意で動く神なんて滅多にいないからみんな善神ですね(月を見ながら)。

「うん、返事が良いね。やる気がある人間は素晴らしい。末永くその気概を忘れず命蓮寺に……え? 三日で出る? ……ほほう」

 ナズーリンさんが余計なことを言いました。いかん、このままでは曝けモリシタンになってしまう。彼女は善神ですが人の悪意に敏感です。可能性は低いですが、守谷信者になったら三日目の山岳修行に割り込まれることがあります。すみません、うちの家ハクレインなんですよ。

「それは家の話でしょ? 君自身はまだ選択の余地があるんだ。どうかな、ウチを信仰してみる気わぁー」
「諏訪子様、修行の邪魔しちゃいけませんよ。見たいならあちらでご覧下さい」
「むぅ……わかったよ」

 東風谷さんに持っていかれました。脇から抱きかかえるそのやり方は完全に子供への対応のそれです。威厳が消失してますけどこれでも信仰は篤いんですよね。むしろいい、ってやつでしょうか。わかる。

「……ん、んん。豊夏、終わりましたか。ではあっちの釘をお願いします」

 相分かりました。それではちょいと釘と金槌お借りしまさあ。打ちながらいくつか釘をくすねておくと後々楽になります。予備も含めて十本あれば上々でしょう。よーし、左腕一本ですが気合い入れて打つぞー。



「ほら、見てください。あんなに懸命に働いているではありませんか。釘打ちも板についてます。ナズーリン、あなたは豊夏の何を疑っているのですか」
「……気にしないでくれご主人。私は人見知りなんだよ、誰が来たってこうする」
「それにしても、一際激しく見えますよ。教えてください。何か、あったのですか?」
「別に何も無いさ。それよりご主人、朝から動きづめで疲れているだろう。夜に備えて、今は寝ておいたほうがいい」

「……」

「……」

「…………分かりました。では、先に帰ります。おやすみなさい、ナズーリン」
「ああ、おやすみ。ご主人」

「……庭の金庫、高額の陰陽玉……穢れの発生源。
 ……暇はできたし。調べるか」

 

(やらかしたぁ……まじやらかした私……どんな顔して接したらいいのよ。あの子は気にしてないっぽいしやっぱ水に流すべき? いやでもあれが演技だったらちゃんと謝るべきだよね……けどそれだったとしてもわざわざ蒸し返す事なくない? だって演技してたってことは私らの関係を気にしてたってことだし……ここで言っちゃったらその気遣いが台無しだよね…………でもそしたら私いっつもこういう事をなあなあに済ませちゃうタイプだと思われないかな……豊夏は家出でちょっと先行きに不安を抱えてる時だっていうのに……私が不安を言えない相手になっちゃ駄目だよね……うぅ……でも……)

「次はあっちを支えてくださいね」

所持品:
カンダタロープ(短くなった)
ナゾキノコ(いくつか)
薬樹の葉っぱ(1,2枚)
救急セット(減った)
甘露飴(いっぱい)
よもぎ餅
竹水筒(空)
紙(減った)

命蓮寺の地図
梱包爆弾(残り一回)
穢那の火
変哲ナイフ

人形:
露西亜人形
倫敦人形

家具:
金庫

装備:
退治屋の札
ロザリオ
天然陰陽玉
法壁(小)
法鎧珞
仙充籙
七里の長靴(偽)

本:

  • 仕事の前の一仕事 知っておくべき25の救急医療
  • 正しく恐れよ 〜 奇術の初歩 二章のみ
  • 操り人形舞台裏
  • あいさつの次の言葉が思いつく本(プレゼント)
  • 速読術のすべて

スキル:
根性/応用
速読/基礎
救急医療/基礎(応用手前)
魔法スキル各種/(基礎以上のみ記述)
 - 火
 - 風
 - テアライト
 - デノイザー
 - エアサイト
 - 身体強化
会話補助/基礎
ペーパーナイフ/基礎
願/基礎
幻視/基礎(パッシブ)

やること:
人形を集める@6
瑕穢の処理

時々自分の作品読み返すんですけど、三話目くらいまで読み辛すぎない?
そりゃお気に入りが増えないわけですよ。

外野が騒がしくなってきましたが詳しくはやりません。
なぜなら脇道に逸れたら本筋を忘れてしまうからです。
というか今も忘れてばかりです。自分の過去がリファレンス。

炭は火魔法の触媒です。