「ハッハァー!さあさ飲め飲め!途中参加でも歓迎するぞ!なあみんな!」
 「「「「「イヤッハァー!」」」」」
 やかましい鬼どもだ。
 宴席は嫌いだ、と地下にいた時にそこの鬼に言ったと思うのだが、どうもこの鬼は物覚えまで三歩必殺らしい。何が鬼の四天王だ。私からしてみればどれも同じ、頭に凶器を付けた人間である。
 「ん?封獣どうした、酒が進んでいないじゃないか。足りないのかい?」
 足りないからと言ってそんな抗議の仕方をする妖怪になった覚えはない。私はぐっと猪口の酒を飲み干した。これで満足か星熊勇儀。
 「おう!いい飲みっぷりだ!おまけでもう一杯ついどくぞ!」
 逆効果だった。私はそこそこ酒に弱いほうなのだが。歴史を見ても猛獣系の妖怪はだいたい酒に弱いだろう。私はその上混成部隊だ。酒に強くなるなどあるはずもない。
 「……天邪鬼と知り合いなのかしら?」
 こうなれば会話でつなごう。あの様子を見る限り、天邪鬼と勇儀は何らかの関係があるのだろう。一方的に。死ぬほど興味が無いが酔い潰されるよりはましだ。
 「おっ、やっぱり気になるか?ちっと長いが酒の肴として聞くかい?」
 やはり乗ってきた。計画通り。人はいい印象を持った人のことを話そうとするものである。ほとんどが元人間の鬼にももちろん当てはまることだ。というか、こんなに苦労しているのもそこの天邪鬼が酔い潰れたせいなのだが。後で暇を見つけて皮一枚ちぎっておこう。
 「ええ。お願いするわ。」
 「よし来た!あれは遠い遠い日のこと……」
 昔話みたいな導入だ。これで面白くなかったら徳利を投げて天邪鬼を叩き起こそう。せいぜい頑張ってくれ、昔の天邪鬼。お前が頑張れば耳一つに減刑してもいいぞ。
 
 
 
 それはある暑い夏の朝のことでした。
 大江山に住んでいた星熊勇儀たちはいつもの日課を行っていました。日課とは昨日のうちに冷やしておいた酒を、洞窟に取りに行くことです。鬼にとっては酒は命。それゆえいつも鬼四天王とその側近が交替で取りに行っていました。そして今日は勇儀たちの日だったのです。
 勇儀たちは次々と酒を運んでいきました。たるが二つ。たるが四つ。たるが八つ。鬼が一匹。うん?と勇儀たちは気づきました。たくさんのたるに交じって運んだものは、一匹の鬼でした。その鬼は黒い髪に、いくつかの白い髪束を持っていました。眉間の上の髪は赤く染まっていました。そして何よりも、とても弱っているようでした。
 とにかく鬼王に聞こう、そう思い勇儀たちはその鬼を鬼たちの集合場所に連れていったのでした。鬼たちは喧々諤々です。よそ者の鬼を入れるわけにはいかない。だが弱った鬼を見捨てるのが正道か。鬼は弱き者に用は無い。鬼は非道の集団ではない。嘘をつかないがゆえに議論は白熱します。そして鬼王は言いました。
 ここに置いておけ。弱いかどうかは、回復してから私が決めると。
 その日からその鬼は集合場所で働き始めました。その鬼はとてもよく働きました。怪我をしているというのに、炊事も洗濯も難なくこなすのです。建築は少し苦手でしたが、問題という程ではありませんでした。ただ、一つ問題がありました。それはことあるごとに四天王や、鬼王を殺そうとすることです。
 もちろん四天王や鬼王ですから、その程度で殺せるはずも、殺すはずもありません。いつもギリギリまでその鬼を峰打ちして追い返していました。幸い闇討ちなどはせず、正面から向かっていくため、他の鬼からは逆に好かれました。そして四天王や鬼王も、強者に臆面なく向かっていくその姿がとても気に入りました。が、気に入っていない鬼もいました。側近たちです。側近たちは誰よりも四天王の強さに惚れ込んでいました。それゆえに、四天王を殺そうとするその鬼をどうしても好きになれませんでした。ですが、四天王が気に入っている鬼を追放するわけにもいかず、ずっと逡巡していたのでした。
 そして百数十年が経ちました。いつの間にかその鬼は四天王を凌ぐほどの力を持っていました。回復しそうな骨を何十何百と四天王に折られ続けていたのです。そりゃあ強くなります。そしてこの百数十年でようやく回復力が追いつき、鬼は完全回復しました。ついに鬼王と対面する時が来たのです。
 ところが、対面する日の夜。その鬼が久しぶりに傷の痛みから解放され、ぐっすりと眠っていた時でした。ぎしり、ぎしりという音がその鬼の耳に入りました。普段ならその程度の音では起きません。ですが、その音が自分の部屋に近づいていることに気づき、その鬼は飛び起きました。障子がすうっと開きます。
 そこに居たのは、あの側近たちでした。手には刃物を持っています。その鬼は問いました。なぜだ。鬼に横道あらず。そう言ったではないか。側近は答えます。このまま鬼王に会い、認められてしまったら、私たちの敬愛する四天王が殺されてしまうかもしれない。これが我々の正道なり。そう言い放ち、側近たちは襲いかかったのでした。
 その鬼は一目散に逃げました。遠くへ、遠くへ。足がつり、腹が痛み、腕が止まっても走り続けました。恐ろしかったのでしょう。怖かったのでしょう。鬼は走り続けました。そうして、その鬼はどこへともしれず消えました。行方を知るものは誰もいませんでした。
 
 
 
 「……というのが私とあいつの馴れ初めかな」
 「どこが馴れ初めなの、それ?最後まで馴れてないわよ?」
 いつの間にか聞いていたフランが突っ込む。同意だ。
 「だから私はこいつに嫌われているんだよなぁ。こいつと付き合ってればまた誰かが背中を刺してくるんじゃないか、って」
 勇儀が床に倒れ伏せた天邪鬼を指差す。顔が前髪と同じく真っ赤に染まっていた。確実に酔っている。
 「自業自得でしょうに。自分の側近ぐらい管理しなさいよ。」
 「ははっ、耳が痛いね。まあその側近は後でじっくり」
 「はい、やめやめ!酒が美味しくなくなる!」
 こいしが止める。ファインプレーだ。この先は間違いなく血なまぐさい話になるだろうし。
 「……けど、このおかげで正邪は助かったのね。」
 フランが言う。
 「え?どこがよ?」
 「気づかないの?被るのよ、ちょうど。」 
 勇儀が答える。
 「よく勉強してるね、紅魔の妹。鬼が大江山に入ってから百数十年後。」
 「そう、あなた達が退治された年よね。むしろ貴方達は、正邪を助けるために逃がしたんじゃ……」
 「うんにゃ、それは無い。そのために側近を犠牲にしたりなどするものか。少なくとも私はね。」
 「……」
 一瞬だけだが、勇儀の横顔に影ができたような気がした。そのために側近を犠牲にする奴がいたんだろうか。そういえば、そんな事態になったのはそもそも――
 「あ、そろそろ二時間じゃん!ごめんね、勇儀。人を待たせてるの。」
 「おお、そうか。ならばこれを持っていけ。」
 勇儀は懐から酒を取り出した。
 「これは?」
 外見はただの瓶だ。ラベルも何も貼っていない。だが酒だということはわかる。
 「話を聞いてもらった礼だ。機会があったら四人で開けてみろ。」
 「ありがとう、星熊勇儀。」
 フランが深々と礼をする。館育ちはやはり違う。
 「そこまで固くならんでもいいさ。どうせ私は飲まないしな。」
 「サンクス、ゆーちゃん」
 「……いや、いいけども」
 こいしは誰相手でもこの調子だったのか。少し尊敬した。
 「姐御をちゃん付けで……!」
 「しかもあだ名で呼んでおるぞ!」
 「やはり地霊殿は魔窟……」
 なんか周りの鬼が噂を始めたんだが。目立つ前に退散しよう。
 「……ありがとう。じゃあそろそろそこのバカを起こさないと。」
 「うん?おぶっていけば?」
 「やだ」
 即答する。こいつを背負う?なんの冗談?背負っている間に六回は殺せるぞ。
 「しょうがないわね。私が背負うわ」
 フランが名乗りを上げた。
 「えー、私も背負いたい」
 「こいし、あんたは先頭でしょうが。先頭がスピード遅いのは困るわよ。」
 「ぶーぶー」
 「置いてくわよ、フラン、こいし」
 「聞いてよ!」
 手を振りながら、私たちは宴会場を出た。フランの「軽っ!」という声が少し気になったが、あまり気にしないことにする。野良妖怪なら軽いヤツなどざらにいるし。
 ……それにしても、四天王と同等か。今のこいつがそれほどの強さとは到底思えないが。機会があったら聞いてみよう。
 
 そう、全てはあの酒を開ける日に。