俺はきっと、慧眼だったんだろう。
そう考えないと、心が折れてしまいそうだった。
入学式でやたらと色素の薄いアイツを見かけて、
しかも触れたら折れないか心配になるほど細っこくて、
どうもどことなく陰りのある雰囲気を醸してて、
それでいて顔立ちは整ってたもんだから。
ああ深窓の美少女とかあんな感じなんだろうな、と。
女子の輪にちょっと入りづらそうだな、なんて。
なら俺が取り持てるかもな、だとか。
まあ、ぶっちゃけ何か関係を持てないかと画策していたわけなんだけど。
だからノリよく話しかけたまでは良かったんだ。
「初めまして。アンドロイドの二条奏海です」
いやぁ、技術の進歩って目覚ましいよなあ。
「アンドロイド」
「アンドロイドです。ここへは感情を学びに来ました」
「感情」
「ついでに記憶も探しに来ました」
「記憶」
「今の所は学園長の髪の毛ほどしか見つかってません」
もうさ、情報が過積載。
外から見たらタイヤが楕円形な感じ。
そっと車線を変更して、追い越すのが一番だなって。
けどさ、これもう輪に入りづらいとかじゃないじゃん。
完全に輪を解体しにかかってる発破技士じゃん。
このあと、俺は他の女性とも仲良くなりに行くんだよ。
この子をこのままにしたら気が散っちゃうよ、俺。
「へえ。どう? 良い記憶だった?」
「記憶というより記録でした。私を作ったのは私みたいです」
「何それ、スッゲーじゃん。脳科学とか専攻してた感じ?」
「まだ分かりません。ただ筋肉や骨を機械で再現するのは得意みたいです」
「あ〜、そっちか〜」
でもさ、どうしようか。
出会ったばっかだし、事情にずかずか入るわけには行かないけどさ。
どっちに向いても事情に囲まれてる感じがするよ。
事情の包囲殲滅だよ。
「ってことは、サイバネティックスってやつかな? 良いじゃん、機会があったらよろしくな。代わりに、俺は二条が怪我したら治してや」
「第二種電気工事士の資格を持たない人は触らないでください」
そう言って、俺の握手を弾き飛ばしたんだけどさ。
もうね、半端ない。威力が普通に戦車級。
肩から捥げそうな勢いで吹っ飛ぶんだよ、握手が。
それで何かかすめてさ、壁にくしゃって叩きつけられるわけ。
すげーな、知らなかったよ、俺の掌。
こんな卵の殻みたいな音鳴るんだな。
「……この都市で取れるっけ?」
「取れますよ。私もここで取りましたし」
「記憶が無いって」
「記録はあります」
それ、危なくない?
「知識だけはある素人」を意味しない?
一番うっかり怪我するやつじゃん。
やべーよ、早く資格取らないと。
「む? 今、何か俺の頭を掠めなかったか?」
「あ、あぁ。野球ボールが窓から入ってな。大丈夫だ、もう片付けたから」
「そうか? ならいいが。物騒だな、壁にヒビを入れられるボールが飛び込むとは」
「まったくですね。私からも強く言っておきます」
「……それは助かるな。頼むよ、二条」
これ、もしかして遠回しな謝罪だったりする?
反省してるって意識表明だったりする?
だとしたら、相当不器用な人だけど。
決めつけは良くないから言わないけどさ。
「ところで、何か熱心に描いていらしたようですが。何ですか、それ?」
「ああ、これか。実家で使う反射パン窯の設計図だ」
「おおー。高さ3mですか」
「待て。何を反射するんだ」
「炎だが」
「『反射炉』って書いて消した跡がありますね」
反射炉で、パンって何だ。