後で知ったことだが、ゼンはいつも小悪魔たちの中で一番に仕事を始めるらしい。
 だから見つけるのは容易かった。

「あ、おはようございますパチュリー様! 珍しいですね、僕に話しかけてこられるなんて」
「ゼン……」

 よろめきつつも前に立ち。

「え? あの、どうしたんですか、大丈夫ですか? お顔が真っ青ですよ」
「ゼェェェン!」

 狙いを定めて胸に飛び込む。そのまま床にダイブ。衝撃はちゃんと魔法で軽減している。

「うわわ!? 何!? なんですか!?」
「ごめんなさいぃ……でもしばらくこうさせてぇぇ……」

 彼ら彼女らは契約を交わした小悪魔だ。だからこうして急に飛びついても許される。いや私が許す。知識? 知恵? 欲望の前には無価値なり。だから傷ついた私の心を癒やしてくれ。頼む。

「は、はぁ……まぁ、いいですけど」
「ありがとうゼン……」

 ……割と衝動的に飛び込んだけど、許してくれるのか。いかん。これは癖になりそうだ。妖精メイドが惚れるのもわかるわこれ。飛びついても男か女かわからないけど。
 でもあまりやり過ぎてはいけない。なにせ私はこの子と妖精メイドのことは知らない体なのだ。無知を盾にしてセクハラの限りとか最低の行為だからね。これ? これはまだスキンシップよ。

「はぁ……三十分くらいこうしたい」

 あ、しまった欲望が口を貫いた。しょうがない、ゼンの魔性のせいとかにしておこう。ゼンが悪いのだ。いや私はその百倍悪いのだが。後で謝っておかねば。

「それはちょっと……というか本気で変ですよ、パチュリー様。一度診てもらったほうがいいのでは?」

 やべえよ、天使がいるよ。悪魔だけど。私の発言をサラリと受け流してくれたよ。しかもめちゃめちゃ心配してくれるよ。なんか心配の方向性が違う気もするけど。

「ありがとう、大丈夫、大丈夫だから……」
「うーん、でも、精神汚染などでしたら僕の手に負えませんし……どうしたら」

「とうっ! その心配はありませーん!」

「げっ! あっち行け! ……むきゃー!」

 本棚の陰から待ってましたと言わんばかりに飛び出てきたコアが、私の首根っこを掴んでゼンから引き剥がした。

「あ、コア先輩! おはようございます! ちょうどよかった、パチュリー様がなんだかおかしくて」
「へいへーい、オーケーオーケー。みなまで言わなくていいよ、ゼンくん。パチュリー様は私がきっちり治しましょう!」
「どの面下げてそのセリフを……むぎゅ!」

 文句の一つも垂れようとしたら、手でそっと口をふさがれた。
 そしてこっそり鼻も塞がれた。おい、ちょっ、息、呼吸! 

「治せるんですか! あぁ、良かった〜。僕もなにか手伝いましょうか?」
「ふっふっふ。嬉しいわねえ。けど高度な魔法を使いますので、私にしか治せないんです。だからここは私に任せて、ゼンくんは自分の仕事を全うしてくださいね。そしたらきっとパチュリー様も喜びますよ!」
「は……はい! では、よろしくお願いします」
「イエス! 任せられた!」

 威勢の良い返事をして、コアは私の首根っこと顔をしっかりホールドしながら、私を机へと引きずっていった。このどう見ても主従以前の問題の絵を見ても、ゼンはただ笑顔で手を振るのみ。

「早く良くなってくださいね、パチュリー様!」

 いや、悪気はない。きっとゼンは、全部信じているのだ。さっきのコアの話を。私そんな子を押し倒したの? 今更になって半端ない罪悪感感じる。
 まあそれは後で土下座でも何でもするとして、まずいわね、ちょっといい子すぎるわ。今度謝りついでに教育もしなくちゃ。頭から羽生やした奴は信じてはいけませんって。
 薄れゆく酸素と意識の中ゼンに手を振り返していると、私の机に到着した。
 さっき遠見の魔法陣を描いた机だ。だが今は何も無い。他にバレたらまずいのでちゃんと消したのだ。

「さあ! それではパチュリー様、次の小悪魔を覗いてみましょうか!」

 ……消したんだ。もう、手遅れだったのだが。

 きっと知りたいことがあると思う。けどそれは、言葉にしてしまえば三行で終わるから終わらせるわ。

 ・覗きがバレて
 ・誰にも言うなと念を押し
 ・秘密にする代わりに覗きを私にも見せろと迫った

 ……うん。何この最低なマザーグース。三行の前にあいつに三行半突き付けたい。けどコアが監視下にいなかったらそれはそれで言いふらされないかと心配になるわけで。あぁ、面倒……。記憶処理もっと学ぼうかな。
 なんて考えていると、コアが私の顔から手を離した。反射的に息を思いっきり吸い込む。ってやば、埃が──

「けほ、けほっ」

 ……なんかそれほどでもないな。誰かこのへん掃除したのかしら。まあ、多分咲夜あたりだろう。今度お礼にクッキーを焼いてやろう。ハートでフェルトなやつを。

「大丈夫ですね? パチュリー様」
「心配じゃなくて確認なの?」
「あったりまえですよ! むしろ大魔導師パチュリー・ノーレッジ様に心配や遠慮は失礼だと思ってます!」

 コアがえへんと胸を張る。うん、こいつ忠誠心はあるんだよな。他のものが無いだけで。
 あぁ、この子の紹介をしておきましょう。C担当、コアである。
 私の側近を自称しており、書庫整理だけでなく、本を読んでる時にコーヒーを淹れてきたり、それに自作のお菓子をつけたり、座り心地のいい椅子を香霖堂から輸入したりと色々な仕事をしている。

 そう、実に色々な仕事をしている。

 善悪関係なく。

 だから今回のように、厄介事を持って来ることもまれにある。いや違うわね。性格が性格なだけに、厄介事はよくある。おかげで私の中で数少ない、名前と顔が一致しているロクでもない小悪魔だ。
 なので気軽に軽口も叩ける。

「親しき仲にも?」
「フォーリンラブ」
「そんな甘酸っぱい諺は無い」

 幼なじみから始まるストーリーかよ。そんな人生なんてないわよ、普通。そう思うのは私が幼少期を百年近く前に過ごしたからかしら。
 そう考えたら、小悪魔たちとも七十年程度の付き合いか。……逆に私、よくも知らずに生きてこれたわね。こいつを除いて。

「いいじゃなぃですかぁ、信じさせてくださいよぉ。幼なじみも、先輩後輩も、その破局も」
「あなたって本当模範的な悪魔ね。意外と上位なの?」

 上位で小悪魔というのもよくわからないが、うちの小悪魔の小は小間使いの小なのでおかしくない。それに本当の小悪魔でも上位であることはまれにある。魔界の神話にも小悪魔が神を討ち取って上位小悪魔になった話があるそうだし。そこまでやっても大悪魔にはならないのか、と思った。

「ほらほら、そんなことは後でいいんですよ! 他の小悪魔たちが来る前に、次始めちゃいましょ!」
「もうやってるわよ……不本意ながら」

 あからさまな話逸らしだなと思いつつ手を動かす。
 前にも言ったとおり、遠見の魔法式はよそ見してても作れる簡単なものだ。あくまで私にとって、だが。
 だから話しながら式を組み直している。ああ、もちろん桜のワンポイントは外した。今そんな気分じゃないのよ。代わりに彼岸花のワンポイントを付ける。よし。

「へえー、この魔法ってこんなふうに出来てるんですねぇ」
「あなた、式に式を割りこませたのに知らなかったのね」
「私あくまでエンドユーザーですので」
「……」

「知らずに使うだなんて、未知を探索する魔法使いとしてどうなのか」と言いかけてやめた。
 その言葉、私にも刺さるからね。知らずに小悪魔使ってきたからね。もうバットで打ち返されたら全部ホームランよ。その心を読んだのか知らないけどコアはずーっとにやにやしてるし。
 ようし決めたよ、全員分見終わったらこの子にお仕置きしてあげようじゃないか。その上で私はみんなに謝ろう。土下座土下寝土下スタンド何でも来いよ。いやその覚悟があるなら今やめろって話だけど。
 あれだ、そう、乗りかかったタイタニックみたいな。死なば諸共みたいな。ええいそうだよ知識欲だよ。一人知った以上もう止まらないわよ今更。いざ倒れ逝くその時まで欲望のまま生きてやる。
 その決意とともに組まれた魔法陣は、いつもより気高く見えた。その厳かな雰囲気のせいで、ついゆっくりと腕を置いてしまう。なお、使用用途。

「できましたか! それじゃあ早速始めましょう! 私、少々皆様のことには詳しいですからね! 名前を言って頂けたら指定もできます!」

 あとなんでコアはこんなにハイテンションなの。その百分の一でも吸い取ってやろうかと思ったけど、コアのテンションを取り込んだら体が持たなそうなのでやっぱり却下。喘息、眼精疲労に続いて筋肉痛が仲間入りとか笑えるわ。私友達は少なく深く派だから。君たちとはまたいつか会おう。

「あらそう……じゃあ、Y担当」
「インさんですね! かしこまりー!」

 居酒屋のような掛け声とともに、コアも魔法陣に手を入れた。そして陣が回転し、瞬き、浮き出て起動する。
 不謹慎ながらわくわくするわね。私のテンションは未だ低いままだけど、ま、楽しむときは楽しみましょうか。