一応、状況を整理しよう。
フランドールは元々、私に怒っていた。それは私があまりに体を大切にせず、何度も不必要な傷を食らっているかららしい。だから危ないことであっても、私達になにか手伝わせてほしい。あなたが傷つくのは見ていられない。まとめるとこんな感じか。
正直、身に覚えはない。いらない傷とかあったっけ。だから怒っているのだろうけれど。
インは銀の河に落ち、『異常を認識させない程度の呪い』を受けた。なにか特殊な状況でない限り、誰かに助けを求める事もできない。しかもこの呪いは私のディゾルブスペルでも消し切れないほど強い。でも元より呪いを解くつもりで来たんじゃなく、言葉が伝わるうちに|助け《殺し》てほしいと言いに来ただけ。こっちはこうか。
……部下の爆弾発言に対して、びっくりするほど驚きが無いな、私。まあ、気は落とさないようにしましょう。そんなんだから知ることを始めたし、これからも続けるんだから。
整理終わり。
「フラン」
久し振りに、私はその愛称を口にした。
僅かに震える彼女の手に、そっとギプスを重ねる。
「ありがとう。そんなにも私を気遣ってくれて」
「……じゃあ!」
「ええ。これから貴方達をできるだけ頼るようにするわね。よろしく」
「! ……よろしくね!」
ぱっ、と彼女は花が咲いたように笑った。それはとても可愛らしく、美しく、先に結論を言ったことを後悔しそうになる。まあ、そんなことは後でも出来るんで。今はやることやりましょう。
「ただね。ひとつだけ、訂正しておきたい事があるわ」
「え?」
ピシ、ピシと音が鳴る。削られた欠片が床で跳ねる。それすらも魔力の嵐の中で、その姿を消していく。幻視したのは、荒れ狂う海のような魔力と、頼りなくヒビまみれになった私の魔法。
限界ね。
「今まで私は、不必要な傷なんて一つも負ってない」
右手を構える。
軽く息を吸う。
瞬間。
――ディゾルブスペルが砕け散る。
さて。まずはインに魔法を打ち込む。砕けたディゾルブスペルの破片を透かして場所を確認し、認識できているうちに新しく用意した魔法を右手から発射。
ちょっと砕けるのが早くて焦ったが、無事に命中した。ディゾルブスペルは上級魔法だし、もう少し保つと思ってたんだけど。どうもインの呪いとやらは予想以上に強いようだ。これなら作戦は上手く行きそう。
「ぐうっ!」
「えっ、誰!?」
もちろん、打ち込んだのは攻撃魔法などではない。もはやお馴染みディゾルブスペルだ。呪いが一時的に失われ、フランドールがインを認識する。
「無駄、ですよ……! 呪いを消そうったって……この程度じゃ……!」
「解っているわ、イン。フランドール! 破壊準備!」
直接だからか、さっきの数倍早く消えていくディゾルブスペルをよそ目に、素早くフランドールに指示を飛ばす。
ん? 愛称? 無理無理、何度も使うとか恥ずかしくて耐えられない。レミィでさえ恒常的に使うのに六十年と大事件四つくらい挟んだのよ、内気な私にはあと五、六年は欲しいぜ。
「…初仕事、か!」
狼狽えていたフランドールは、私の言葉に即座に反応し『目』を探し始めた。この間僅か0.3秒。この子、ちょっと優秀と私への信頼が過ぎないか。友達が離れていかないか心配だ。
「対象は!」
「私が掴んだ物」
丨ベッドから飛び起きる《説教フリーパスを手に入れた》。もちろん身体強化付きで。こっちのほうが体の動かし方にしっくり来てしまうのが物悲しい。いいさ、明日から筋トレ頑張る。代わりに今日はこれを頑張るから。インの頭に右手をやんわり伸ばす。
「あ、は……なるほど、それなら、確実に死ねる……」
「死なさないわ。代わりに、ちょっと耐えてね」
「……何を」
その右手がインに触れる前に、更に魔法発動。初級魔法『魔法の手』。物体を貫通してなんでも掴む魔法だ。これをディゾルブスペルの中へ強引に突き刺し、インの体まで一気に刺し込む。
「して、い?」
「『掴んだ物』でいいのね!」
「ええ。1、2の3で行くわよ」
フランドールの手に赤い光球が現れるのを横目に確認する。彼女の『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』の根幹、移動させた物体の目だ。あっちは妖力で出来ているから、問題なくディゾルブスペルを通過する。
何をやっているか、そろそろ察しがつくだろう。
インの呪いをぶっ壊す。
「1、」
概要はこうだ。魔法の手で呪いの根源を掴み、フランドールがそれを破壊する。彼女が直接破壊することもできるが、破壊が連鎖してしまったりショック死したりしかねないので、こうやって包んで少し制御するのが一番安全だ。
しかし賢明な魔法使いはこう考えるかもしれない。そんなポンと根源が見つかるのか。根源があるという異常が認識できないのではないか。
問題ない。呪いの効力さえ消してしまえば、私を欺く程の大魔法を常時垂れ流す根源など、魔法習いたての子供でも幻視できる。現に今見つけたし掴んだ。それにコアとインの話から、根源の正体はほぼ確定している。それがある場所も、見る前から予想はついていた。あとは単なる確認作業。
だから、これはもう異常ではない。
相手は私にとって普通の物質。
――賢者の石だ。
「2の」
ディゾルブスペルは働き続ける。魔法の手を容赦なく蝕み、形が揺らがせる。掴んだ石を取り落としそうになったが、気合でこらえた。
私のディゾルブスペル、他人からしたらこんな感じなのね。浮遊魔法を物にかけられるようになってから練習してないのもあるけど、全力で維持してる魔法の手がガリガリ痩せていく。
おっ、今の太さいいな。あれを筋トレの理想にしよう。
「3!」
「ドッカーン!」
そして、光球が握り潰される。
まずは手汗が一気に乾いた。どうでもいい。
次にギプスと包帯が消し飛んだ。医者からボッコボコに叱られそうだが、どうでも……よくない。後が怖い。
部屋の魔力が薄まる。
「……」
触感が変わる。
手を覗く。
石が軋み、亀裂が入り、サラサラと崩れていく。
「あ、……あり得ない、こん、な……」
「あり得るわ」
その石の粒一つが消滅するまで、つぶさにきっちり見届ける。
魔力流が幻視できないことを確認する。
念の為、状態検査を発動。異常値無しのオールクリア。
「うん、うまく行ったわ。イン、もう大丈夫よ」
気が抜けたのか、意識を失い私に凭れかかってきたインをベッドに寝かせる。
「お疲れ様」
靴を外し、布団を掛けてやり、ベッドに腰掛けて少し休む。
「ふぅ。無事に終わったのね」
ほっとした顔で、フランドールはそう言った。
…
……
…………
……終わり?
えっ、本当に? 解呪対策とか、呪い返しとか、腹いせの攻撃魔法とか、そういうの無しの完全無血解決か。ほう、なるほど。
困る。