カンダタは考えます。
おれが毎日地獄の責苦を受け続けているのは、けして誰かに言われたからでも、世界がおれに押し付けている窮屈な決まりごとのためでもない。
あくまで選んだのはおれだ。おれが望んでいるから、ここにいるのだ。そうでなければ、この地獄に暮らす鬼どもは、おれの勝手気ままな行動に振り回され、その心を朽ちさせながらも人を苦しめる、何よりも不幸な者共になってしまう。
おれは、おれのために誰も苦しめたくないからここに来たのだ。死んだからと言ってそれを曲げてしまって良いはずがない。きっとこの糸は、そのおれの覚悟を試す試金石なのだ。
そう結論づけると、カンダタは手慣れた手付きでくるくるとその糸を丸め、一つ所を固く結びます。二重、三重と纏められた糸は縄となり、カンダタの頭がすっかり入ってしまうほどの大きさの輪っかを模っていました。
次にカンダタは、手頃な針の山を探しました。果たしてそれはすぐに見つかりました。針は誰にも迷惑をかけず自分に処罰を与えられるため、何度も何度もつかっていました。そのおかげで、カンダタはこの針の山を隅から隅まで知り尽くしていたのです。
見つけたのは横向きに生えた太い針でした。その見える危険に誰も刺さる事は無いため、それは未だに白く美しいまま、針本来の輝きを残しておりました。
カンダタは器用にその針に取り付くと、ぐるりと糸を一周させ、グイグイと引っ張りました。少なくとも、カンダタ一人を支えるだけの強度は十分ありました。
そしてカンダタは、針の上に立ち、輪っかを首にかけました。彼の心持ちは、初めてそれを実行したときと寸分違いません。迷いなど、曇りなど、何一つもありません。紫色に染まる夏の山頂の朝焼けのように澄み渡っていました。
そして、
カンダタは、
自分ばかり救われた気になり、周りの皆がどう思うかを気にしない。カンダタのその身勝手な心が、
御釈迦様が糸を支えていたのは、カンダタの体重を支えるためでした。カンダタが登るたびに糸が伸びていては、いつまでたっても上にたどり着きません。そうならないように、御釈迦様はずっと糸を支えていたのでした。
それが、人を殺めたのです。
近くで生き返ったばかりの亡者に話しかけました。
お前、明日も死にたいか。
そんなわけあるか、馬鹿め。
それなら、賭けをしないか? 見てくれ、この糸。どこから伸びてるか分かるか。これを登ればどこに行けると思う。
……地獄は理不尽ばかりだ。罠じゃない保証がない。
賭けと言ったろ。お前が先に行って、この糸の先を見てきてくれ。俺はそれまで誰も登らないように、この糸を見張っていてやるよ。悪い話じゃないはずだ。
……
蓮池の縁からこの一部始終を見ていたお釈迦さまが、その意味に気づきます。そうはさせるものかと、勢い良く糸を引っ張り上げました。けれど、それは手遅れでした。
苦の糸
それは結局、もぬけの空だったのでした。