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 ボクら八人は、桃の木の脇に見つけた穴に潜ることにしたんだ。入り口はそれほど広くなく、二人も横に並べばすっかり埋めてしまえるほどだった。その代わり奥は長く、先は見通せない。そして、先頭を揚々と歩いているのだろう、サグリの足音が軽く軽く響いている。

 各々ランタンに火をつけ、ボクらは一列に並んで進んでいった。七人分の火で照らされた土壁に、地層で描かれた縞模様がふっと浮かび上がる。それは時折ずれ、ねじれ、あるいは渦を巻きながらボクらを取り囲む。

 ボクの前を歩いていたインは、その渦を見るたびに酷く怯えているようだった。まるで何かに見られているようだ、と呟いた。それはお前が臆病だからだと、ボクの後ろを歩くケイが答えた。ボクはそっとケイと順番を入れ替ようと横に避けた。お前は背中に立たせたくないと前に引き戻された。

 やがて出口の光が見えてきた。蔦か何かで遮られているのだろう、不揃いな明かりがボクらを照らしている。前方の四人がナイフでざくざくとそれを払っていく間、後方のボクら四人は周囲の警戒に当たることになった。少しずつ向こうの青空が見えてくる。

 その隙間から、ひら、と何かが入ってきた。それを掴み、僅かな光に透かして眺める。インが桜だと言うのと、急に強い光が差したのはほぼ同時だった。どうやら我慢しきれなかったサグリが全て引き千切ったようだ。

 出口は小高い丘の上にあった。なだらかな坂から覗けば、そこには見渡す限りの森があった。振り返って見上げれば、淡く赤紫に色づいた桜がボクらをかき抱いている。ここから見えるのは、それと山だけだ。

 何があるか分からない、まずは目印を――前方の指揮を執っていたメイが目を離した瞬間だった。あっという間に丘を駆け下り、森へ突っ込んでいくサグリの姿がそこにはあった。メイの怒声が森に消える。

 ボクは彼を追い、森へ飛び込んだ。サグリはボクらの中で最も好奇心が強い。二年歩き回った山に新天地を見つけたとなれば、何を言おうと止まらない。そんな確信があった。

 程なくして、ボクの後ろからざくざくと六人分の足音が聞こえ始め、そしてすぐに横に並んだ。ボクが遅いわけではない。問題はこの辺りの地面が木の根で凸凹していることだった。
 

 

「まだ見えないのかな」

 暗闇の中で、あの子がそう呟いたのを聞いた。その声は小さく震えている。

「なんだよ、イン。怖いのか?」
「当たり前じゃないか。ここは桃の木の下だよ。急に土が崩れて、桃の木が落ちてきたらと思うと……皆が普通でいられるのが、不思議でならないよ」
「遺書は書いた。問題ない」
「それで済むのはあんただけだ。イン、ここに土砂崩れの心配はない。むしろ木の根が土壌を補強している」
「そうなんだ……よかった」

 ボクら八人は、桃の木の脇に見つけた穴に潜ることにしたんだ。入り口はそれほど広くなく、二人も横に並べばすっかり埋めてしまえるほどだった。その代わり奥は長く、先は見通せない。ボクは心の中でこの穴を『ヘビの口』と命名した。

「あー、向こう側はどうなってるのかなあ。着いたら何しよっかなあ」
「気楽なままじゃいられない。まずは食料の確保、それに拠点作りだ。理想は武器が生産できる資源に近い場所だな。何がいるか分からないんだ、やる事はいくらでもある」
「夢がないなあ。ねえアサ、君も欲しい物とかあるよね?」
「ふかふかの毛布が欲しいな。なあ、ケイ。拠点には寝る場所が必要だよな」
「……毛皮を探すためなら、辺りを調査してもいい」
「やったー!」

 歩くたび、ランタンが揺れる。その度光も揺れ、壁一面の奇妙な縞模様が明滅する。やがて出口の光が見えてきた――何かに遮られているんだろうか? 不揃いな明かりがボクらを照らしている。

「ここが……」

 出口は小高い丘の上にあった。穴を覆っていた桜の根を払うと、下の様子がよく見える。そこには見渡す限りの森があった。ここから見えるのは、それと山だけだ。

「おお。果実の成る木もある」
「桜はここだけか。妙な植生だ」
「また森? これじゃ家の周りと変わんないよ」
「えっと、次は何しようか」
「草枕はしたくないなあ」
「とにかく皆、離れるなよ。ここは一丸になって行動を」
「新世界だー!」

 ケイの呼び掛けを待たずに、サグリが飛び出した。きっと何を言っても無駄だ、サグリはボクらの中で最も好奇心が高いのだから。そう思ったボクは、その後を付いていくことにした。深い草むらがガサガサと音を立てる。

「おい! ……仕方ない。皆、二人を追いかけよう」

 皆もサグリに続くことにしたらしい。ボクの後ろでざくざくと六人分の足音がしたと思えば、すぐに横に並んだ。ボクが遅いわけではない。問題は地面が木の根で凸凹していることだった。

「全く、体力無いな君は。ロウ。印を残すから、後から付いてきてくれ」
「分かった。ただ三人じゃ心もとない。誰かもう一人欲しい」
「三? アレに、ロウに……ああ。それなら……」

 次々と追い抜いていく皆を見ていると、急にボクの足が止まった。それが根に躓いたからだと気づいたのは、すんでのところで手を取られ支えられてからだった。手の主を見る。礼を言う。

「き、気にしないでよ。僕に出来るのはこれくらいなんだからさ」
「いや、礼は必要だ。これはインがずっと君を見ていたからこそ助けられたんだからね」
「ロウ!? 違っ、僕はそういうわけじゃ……!」

 あたふたと慌てるインに、ボクはもう一度礼を言った。ロウはボクが礼を言っていたところを見ていなかったから、必要だと思ったのだろう。最も大人びていると呼ばれていても、間違いは生じるものだ。それなら改めて見せればいい。時間が経ち、さっきより体の強張りが解けた。口元も力が抜けて少し緩む。

「〜〜〜っ!」
「ドウ。残ってくれたのは嬉しいけど、僕の後ろで喋らないでくれ。誤解が生じる」
「いーだろ、これくらい。何だかあの二人見てると苛々すんだ」
「……それは後で聞いてあげるよ」

 インは二人に背を向けるように、サグリの向かった方へと駆け出した。繋いだままの手に引かれるように、ボクも駆け出す。この早さで躓けば大怪我だ。今や命綱になったその手をぐっと握り返した。どくどくと脈打つ鼓動を少しだけ感じた。

「は、早く皆のとこに戻ろう! 行こっ、レン!」

 転ばないでくれよ、と後ろからロウの声が聞こえた。

 草をかき分けると、開けた場所に出た。そこで四人が立ち止まっているのが見えた。

「君は警戒心にかけている。罠に落とそうと思えばわけはない。たとえ罠から抜け出したとしても、帰る場所がないままどうするつもりだったんだ? あの桜の木にでも戻るつもりだったのか? 確かに小高い丘ならすぐに見つけられるだろうね、君も、敵も」
「う〜、誰か助けて〜」

 正確に言えばサグリだけは地面に正座して、ケイに説教を受けているようだった。そしてメイとアサはそれに目もくれず、その隣にある廃洋館を見上げている。インは二人に近づいた。

「あ、来た」
「お待たせ。……調べないの?」
「……人の気配はしない。鍵もない。つまり、八人で一斉に調べたほうが早くて安全だ」
「って、メイが言うから。説教待ちがてらここで待機していたよ。それで、何で君らは手を繋いでいるの?」
「……!? ち、ちがっ……ご、ごめんねレン!」

 インはぱっと手を放し、胸元に抑え込んだ。ボクはインに向けて繋いでいた手を振った。「ロウの手を塞ぐより安全で、ドウより支えられる」と呟くメイを、ドウがぺしぺしと叩いていた。

「はいはい、悪かった。ケイ! サグリ! 行くぞ!」
「全く。僕がいないと君は……もう来てたのか、レン」
「しめた! 脱出! 探検!」
「あっ!」

「ケイ、その辺にしてやりなよ。サグリもきっと分かってるさ」
「……変に甘やかさないでくれ、ロウ。あいつは見てて危なっかしいんだ。今回だって、狼にでも遭ってたらと思うと……」
「サグリなら勝てるじゃないか」
「それはそうだけど……」
「ああもう、入口でぐだぐだするなよ。さっさと行こうよ、二人共」

 

 一通り調べ、ボクらはここに住むことに決めた。壁や窓は所々壊れているものの、十分使える場所だ。これを見つけたサグリを皆が褒めていた。ケイもその功績だけは認めていた。

 部屋は恐ろしく沢山あった。一人に三部屋与えてもまだ余る。もっとも使える寝具はそれほど多くなかったので、ボクらはそれぞれ自分の眠る部屋を一つだけ決め、荷物を下ろした。壁を壊して一つの大部屋でみんな眠る案もあった。僕らは強盗じゃないからとドウが却下した。
 そして皆で広間と食堂の掃除を始めた。共有の場所は皆で責任を持つ。誰が言い出した訳でもないけれど、それはボクらが持つ規範だった。瓦礫を外に集め、埃を掃き出す。地道な作業を終え、綺麗な床で部屋が覆われた頃には、その成果が見えない程に暗くなっていた。
 綺麗になったのは、その二つの部屋だけ。仕方なく、その日は広間に寝具を持ち寄って皆で眠った。これからの展望だとか、昨日の小さな失敗だとか、自分の中での大きな発見だとか、そんなことを話していると皆一人一人と寝静まっていった。天井に小さく開いた穴から名前も知らない星が見えた。

 そうして一週間も経っただろうか。