戎瓔花とAI技術を恐れる人達

この話の中に人間は一人も居ません。

全体を見通すためのプロット
戎瓔花とAI技術を恐れる人達プロット

昔々あるところ、一匹の鬼がおりました。

その鬼は地獄に来てからというもの悪行三昧。遅刻ばかりで礼節はなく、仕事は大雑把に終わらせてしまいます。その振る舞いが上司の逆鱗に触れようとお構いなく、ついには上の配属を振り切って、最も楽だと言われていた仕事へ勝手に転属したのでした。

転属初日、鬼は賽の河原を訪れていました。地獄の端の端。この世の最前線。盗み出した上司の書類から割り出した情報によると、ここで積まれた石を崩すのが仕事のようでした。早速天を突くほどに積まれた石の山を、自慢の金棒で破壊します。

「あ……」

石が空から降り注ぐ中、かつて山だった穴を挟んだ向こう側に誰かが見えます。目を凝らしてみると、それは子供の霊のようでした。霊は呆然としながら、空と穴を見比べていました。見開いた目からは段々と涙が滲んでいるようでした。

「なんだ、なんだ、泣いているのか」

鬼が霊に話しかけると、霊は訥々と話し始めます。

「わたしの……やまが……」

「そうか、俺が崩した山は、お前のものか」

鬼はそう言うと、金棒をぐるりと回して肩にかけそのまま立ち去っていきました。鬼はただ自分の考えを自分に確認しただけで、一切会話するつもりはなかったのです。一人になった霊は、地面に突っ伏してしくしくと泣きました。押し殺した声がいつまでもその身を震わせていくかのように見えました。

「こんな大きいだけのものならば、かんたんに壊せる。どうして誰もこの仕事につかないのだろう?」

いくらか経ったあとのことです。枯れた喉と赤く腫らした目を携えて、その霊は河原をとぼとぼと歩いておりました。そこへ誰かがやって来ました。

「こんにちは。私は瓔花。戎瓔花よ」

霊は疑問に思いました。賽の河原は河原であり、開けた場所です。隠れる場所など無いはずなのです。では、目の前のこの娘はどこから来たのでしょうか? 霊は尋ねました。

「ここよ。この裏」

瓔花は霊の手を引いて、地面の模様へと消えていきました。ぎょっとしている間に、霊もその模様に引っ張られます。
それは石によるトリックアートでした。地面の石が並んでいるように見えて、実は石が積まれて山になっているばかりか、その裏には塹壕のようなものが掘られていたのです。霊は自分の頭がおかしくなったのかと疑いましたが、残念なことに正気でした。

「驚いた? 私達の秘密基地よ。ここで石の積み方を試せるの」

塹壕の中には、たくさんの試し積みされた石が置かれています。矢印の形もあれば、アーチを描いているものもあり、更には生前好きでよく眺めていた最古の木造建築の石造再現版もありました。

「一箇所、二箇所、三箇所……いくらでも使っていいわ。けれど、そう長く留まったり、沢山置いたりしないでね。そしたら――」

――私達、ただじゃいられないわ。
霊は、自分がとんでもないことに巻き込まれてしまったことを自覚しました。石を積めば輪廻できる。ただそれだけを語っていたあの鬼は、どれほど最小限の仕事をこなしていたのかを理解しました。思わず口をついて恨み節を語りだすところでしたが、慌てて押し黙りました。霊は六秒ルールを知っていたのです。

「さあ、見つからないうちに始めましょう。基本の積み方を教えるわ」

瓔花は二十個ほど石を見繕い、半分を霊に譲って積み始めました。六秒耐えた霊はそれを真似し始めます。それが教育の始まりでした。

「なんだ、なんだ、こんなもの」

明くる日。鬼は金棒を振り回し、次々と塔を破壊していきました。事務所から離れるほどに石の塔は大きくなっていくのですが、そんなものは意にも介しません。がしゃんごろごろ、がらがらどんどん、辺りは一面石の音と霊の悲鳴や嗚咽や泣き声で溢れていました。

「ふん。こんな程度で反省など、あまいあまい。強度も、高さも、まるでなっていない。それが反省になるものか」

鬼は少しだけ語彙が豊富になっていました。ここ数日の彼の仕事ぶりを見た、直属の上司による矯正の賜物でした。鬼が積み石を壊すのは、単なる嫌がらせではありません。霊が働いた親不孝を反省させるためです。ですから黙ったままでは都合が悪いのです。再三再四の注意により、鬼は渋々それに納得したのでした。

「きょうは調子がいい。あっちもやってしまおうか」

一方鬼は、渋々とはいえ、上司が自分の為に時間を割いてくれたことを理解していました。それはつまり借りを作ったということになります。鬼は貸し借りが嫌いでした。特に受け取らざるを得ない貸しをした上で、返せと取り立てていた前の上司が嫌いでした。だから今度はさっさと、《《自分なりに》》返してしまおうと画策していたのです。鬼は上司がやると言っていた区画に足を踏み入れました。薄い霧がかかっていました。

ずんずんと歩いていくと、石の山を見つけました。なんの変哲も無い富士山型です。これまで見てきた塔は、少なくとも崩されないようにと、稚拙に組まれた石垣やこちらに向けられた石杭程度はありました。しかし目の前のそれは、単に山になっているだけのように見えました。

「なんだ、なんだ。奴め、おれにむずかしい方を押し付けて、自分だけ楽しようとしていたのか。ふざけるなよ」

鬼は自慢の金棒を振りかぶって、山を根本から削り取り、打ち上げました。石の雨が降り注ぎます。その雨の中、鬼は辺りを見回して、この山を作った霊を探しました。しかし居ません。

「   」

不意に、上から何か聞こえたような気がしました。音の元を見ると、子供の霊が《《石の塔》》に腰掛け、鬼を見下ろしていました。
鬼は困惑しました。困惑しながら金棒を握り締め、ぎりぎりと身体を引き絞るようにして力を溜めます。その石の塔は、石の山と同じ場所にありました。単純な山を積んでいたように見えて、その実中心部だけを別の石で積んでいたのです。壁で防ぐのではなく、崩されることを前提とした石で包んだ塔。それが石の山の正体だったのですが、鬼がもう一度金棒を降るとその塔も吹き飛んでしまいました。

吹き飛びゆく石塔。その上に乗っていた子供の霊は当然一緒に飛ばされていましたが、不意に誰かがその霊を空中でキャッチしました。誰かは霊に向けて親指を立てます。

「ナイスファイト、よ!」

戎瓔花でした。瓔花はそのまま霊を抱きしめ、ゆっくりと地上に降ります。そして離してやろうと腕を解きましたが、霊はその腕にしがみつきました。微かに震えているようでした。そこへ鬼が語りかけます。ください

「なんだ、なんだ、お前は?」
「この子の石積みの師匠よ。……って、いつもの鬼じゃないのね」
「ふん。どうでも良いだろ。それより、師匠だと?」
「ええ。石積みを教えたわ」
「なんだと!」

鬼は金棒をぶんと振り、瓔花に向かって振り抜きました。横っ飛びで交わした瓔花に、バチバチと飛び散った石が飛んできます。瓔花はぎゅっと霊を抱きしめました。

「いたっ、いたっ! 何よ、危ないわね!」
「石積みは反省のためのものだ! 自分で何もかも見つけて積まねば意味がない!」

「積めばいいというものじゃないんだ、この偽善者めが!」

石を積むことは単純作業です。
それを通して、次は親より長く生きるのだと願うのです。
それが、石積みそのものを楽しんでしまったらどうなるのでしょうか?
表面だけを見るならば、次も親より先に死んでしまっても、また楽しい石積みがあるからと、いつまで立っても変わらなくなってしまいます。

瓔花の願いは、「死んだことそのもの」に対する教育でした。
なぜ死んだのでしょうか? それは、世を楽しむ心が無かったからだとしたのです。

世を楽しんだなら、離れていたくない世界であると、この現世をそう思えるようになったのなら――

――それは、生きることへの執着へ。
人間としてある為の、答えを得ることになるでしょう。

知ってるよ。あの世も、この世も楽しい場所だ。
どこでだって楽しめる。

だから――

私が決めるんだ。

彼らは苦しむことが目的です。石を積むことは手段であり、決してそれは極めるものではありません。

しかし、瓔花にとってはそれが目的で、存在理由でした。

骨がないことを気にするあまり、彼女は骨を神聖視するようになったのです。
それはいつしか骨という概念から逸脱し、換骨奪胎

石刀「王力」

、霊の横を通り過ぎていきます。

「大きいだけの塔など、かんたんに崩せる。そんなもので功徳になるわけがないだろう」

https://true-buddhism.com/teachings/sainokawara/

鬼は上司の書類23p五行目を引用しました。仕事を大雑把に終わらせるのだとしても、何も知らずに生きているわけではないのです。むしろ細かく必要のない作業を何故そこまでやるのか。鬼にはそれが理解できませんでした。

「次だ」

粗暴で粗野である事が、ここでは勤勉になるのです。

「ほう、お前が新しい獄卒か」

鬼が向かったのは、職場でした。石を崩す仕事はできましたが、それが本当に上手くできたのか分かりません。石を崩すことで何が起きれば正しいのか。その答えを求めるために、鬼は職場の鬼に尋ねます。

「なぜ、石を積むのだ」
「話が四季様より早いな。石を積ませ、霊たちを反省させるためだ。親より先に死ぬなどという不孝者には、それが最も効く」

職場の鬼は簡潔にそう答えると、本を閉じて脇に寄せました。裏向きに置かれた本からは、タイトルがわかりません。

「お前の話は聞いている。ここでも仕事を適当にこなすのだろう。だがそうしたとき、困るのは我々よりまずお前だ。四季様はそれを見越したのだろう」

「だが残念だったな。俺は鬼だ。お前のような

鬼は持ち前の洞察力で次の展開を予測しました。これだから滅茶苦茶やってても首にならないのです。たとえ自らの行動があらゆる人々の行動を変えてしまうとしても、鬼は無視して行うタイプでした。

本物の地獄
神を殺すための場所
それさえしていればいい、という考えを万年単位で染み込ませてから、強制的に輪廻させる
やることがプラスなのかマイナスなのかだけで、最終的に派手に失楽園させてそれを再現する欲望を持たせ、人間を作るというシステムは何も変わらない