うんまあ、逃がしたんだけど。
 「ぜぇ……はぁ……」
 いや、私も頑張ったんだ。ほんの僅かな魔力の残滓を辿るとかいう、全くやったことない事やったからな。それで二里ほど追跡したんだから、もっと褒めてもいい。貶してもいい。
 もっともその魔力の残滓は、最終的に魔法の森に入っていたんだけど。
 「お前……ふざけんなよ……」
 悪態をついてみても、返事は行きて帰らず一方通行。憤懣を地面にぶつけてやろうかとも思ったが、そんな何も生まない行為をする元気ももうない。
 魔法の森は、名前に恥じず魔力が満ち満ちていている。言うなれば魔力の海だ。そこに魔力の残滓などという小川が入ったのである。
 砂漠の砂粒というやつだ。端的に言って、無理。
 「……」
 それでも一応、何か手がかりを残していないかあたりを探ってみた。
 けど、無駄。
 春が近づき、蕾を大きく膨らませて今にも咲かんとする桜に無性に苛ついただけに終わった。
 「……帰るか」
 よく思い出してみれば、あいつはこいしや封獣が知ってる程度の有名人なわけで。どこに行くかぐらい、あいつらに聞けば多分わかるだろう。結果論ながら無駄足だよちくしょうめ。
 そんな毒づきを心に浮かばせながら、私はふらふらと帰路についた。
 
 
 「おや?いつの間に外に出たんですか、正邪さん」
 紅魔館に帰り着くと、いつもと変わらず門番が出迎えてくる。今はその笑顔すらもなんかうっとうしいが、それでもここを通らないといけない。
 紅魔館には門がある。そりゃ、門番がいるから当たり前だろう、というところだが、問題はここ以外から紅魔館には入れないということだ。
 ぱっと見、門の上には何も無く、飛べば通過できそうだがそれは見かけだけ。実は何者も通さないバリアが張られている。
 このバリアを外から通過できるのは、とある通行証を持つもののみ。つまりは紅魔館の面々だけだ。私のような客人は外に出るたびに門を通らねばならない。まったく、誰に対する仕掛けなんだか。面倒も極まったもんだ。
 ちなみに中から外へは利便性を保つためとかなんとかで誰でも通れる。もともとは外の世界で普及している『オートロック』という術らしい。知らない内に外の世界は魔法に支配されちまったのか?ま、どうでもいいか。
 そういや、あの河童もここ通ったはずなんだよな。ああいうのはお前の時点で止めるものじゃねーのか、おい。
 「お前の不始末を消しに行ってたのさ。燃え広がっちまったがよ」
 「えっ!不始末?わ、私また寝ている間に誰かふっ飛ばしたんですか……?」
 そっちじゃない。お前職務中に寝てるのかとか、寝てる時でも門番できんのかよとか言いたいことはあるが、とにかくそっちではない。
 「あんたが通した河童がいただろう?そいつが私等に向かって攻撃してきたんだよ。まったく、門番なら敵と味方の区別ぐらいつけてくれ」
 私がそう言い放つと、彼女は頭に疑問符を浮かべたような顔をした。おいおい、しっかりしてくれ。
 「河童?今日はあなたがた以外、誰も通していないのですが」
 「あんたが通さなきゃどっから入るんだよ。幻だったとでも言うつもりか?現に私も、妹様もダメージを受けてるのによ」
 「……フランドール様が?」
 私がフランドールのことを言うと、門番は急に怪訝な顔をした。
 まあ、気持ちはわかるけど。あのどう見た感じでも最強生物の妹様がダメージを食らうだなんて、レミリアがプリンを嫌いになるくらいありえないことだ。
 「けどな、信じられなくても事実だぜ?私はこれからもう一度部屋に戻るが、お前もついてくるか?自分の目で見りゃ納得いくだろう」
 「ふーむ……」
 門番は下を向いて考えこんだ。十秒。二そしてゼロ秒後、門番の周りに無数のナイフが出現した。とっさに布を取り出して回避。
 「のわわ!?」
 「うおっ!危な!」
 ひらり布。身に纏えば弾幕の方から避けてくれる使い勝手のいい道具だ。
 しかも避けるのは弾幕だけではなく、視線なども一緒に避けられるので逃げるのにぴったり。異変を起こす前から持っていたというのもあって、少しばかり愛着が湧いている。おかげで使用回数はダントツの一位だ。
 私の持つアイテムの中で唯一、なぜか劣化していないからというのもあるが。
 「っ……ふー。おいメイド長!こいつを罰するのは自由だがよ、客人まで巻き込むのはどうかと思うぞ!」
 ナイフがぶつかり合う金属音が聞こえなくなるのを見計らい、布の下から外を覗く。
 そこにいたのは案の定、さっきも会ったばかりのメイド長。
 「あら、ごめんなさい。あなたにかまう暇もなかったもので。ええ。美鈴?」
 「……ふーっ……!」
 私の隣にはナイフでハリネズミになった門番が、ではなくナイフを全て受け止めた門番が。
 でも両手両足脇太腿手首足首まで使ってるあたり、かなり全力だったっぽい。あってよかったひらり布。私だけだったら多分ミンチだよこれ。
 「あの……これどうにか……」
 「ええ。わかってるわ」
 メイド長が指をパチリと鳴らすと、そこら一帯のすべてのナイフが消える。明らかに一人が持てる量じゃないが、わざわざ紅魔館から持ってきてんのか。まさかな。
 「で、美鈴。どうして侵入者がいるのかしら?」
 「私らと一緒にあいつを歓待してた奴のセリフか、それ」
 「誤解よ。ちょうどそろそろ修練の時間だから、そのついでに聞きに来ただけ」
 「門番も驚いてたんですがそれは」
 「あなたが急に目の前から消えたからじゃないかしら?」
 時間軸を混ぜっ返すな。布被る前から驚いてたっつの。
 「今日は誰も侵入していません。おそらく別の方向から来たのではないかと」