震える手で二つを受け取る。今日だけは自らの力の無さに感謝した。おかげで挙動の不信を悟られない。
というか私も緊張なのか本当に力が入らないだけなのかわからない。敵を騙すのに味方ならともかく、自分から騙すことになるとは思わなかったわ。
「ありがとう」
「どういたしまして。ところで、あの、パチュリー様。寝転がった状態からどうやってお書きになるのですか?」
……うん、そだね。よく考えたら寝転がりながら片手とか文字書けないわ。緊張だな、これは。
ちくしょう、ツキなんて死んでしまえ。なんで一番弱ってる時に容疑者Yが来ちゃうのよ。いやなんでも何も、ただ心配だったからなんだろうけど。
でももしここでインが『テメーが覗きの犯人かァ?好き勝手しやがってよォ、主だからって容赦しねェぞ三下ァ!』とかやってきたら二秒で死ねるからね。なめるなよ私のひ弱さを。魔法抜きなら虫とインファイトできるからな。
いや、いや、落ち着けパチュリー・ノーレッジ。
未だ魔法が使えなくて不安だからって思考にバイアスをかけるな。
この子が魔法妨害の犯人と決まったわけじゃないし、そうだとしても凶悪犯だなんて誰も言ってない。見たところまだ普通の子なんだし、ここはなんとかして丁重にお帰りいただいて、魔法が使えるようになってからまた応対するのが一番だ。
で、なんとかって何?
「あの、パチュリー様?目の焦点が合ってませんよ?」
「……はっ」
まずい、考えすぎてまたトランスしてた。流石に怪しまれたか。
いや、問題ない。まだ後遺症で通せる範囲だ。とにかく今はなんとかメモを書き上げ、インを図書館に帰せばいい。
いや、いや、落ち着けパチュリー・ノーレッジ。
未だ魔法が使えなくて不安だからって思考にバイアスをかけるな。
そもそもインに会おうとしたのだって、もしもインが犯人になるほど力のある小悪魔だったらという万が一を考えて、だったはずだ。その上でインが反抗的小悪魔である想定までするのは、些かやり過ぎというものじゃないか。もう少し彼ら彼女らを信じるべきだろう。
隕石が落ちるのを怖がっていては外に出られない。落ちてきた時に考えればいいのだ。幸い今は細かな石の礫に過ぎないのだし、まだやりようはある。
で、やりようって何?
「……パチュリー様?目の焦点が合ってませんよ」
「……はっ」
いかんいかん、考えすぎてまたトランスしてた。流石に怪しまれたか?
いや、まだだ。まだ後遺症で通せる範囲だ。まだほんの少しだけ時間がある。だから今のうちに、やりようを何か考えねば。
…
……
………
だめだ、魔法を使った方法しか出てこない……
想像以上に私は魔法に依存してたらしい。だからって魔法無しの生活なんてやる気ないけど。今更職無し住居無しで生活しようだなんて考えないでしょ?あんな感じ。
だって考えてもみなさい。そもそもインに会おうとしたのだって、もしもインが犯人になるほど力のある小悪魔だったらという万が一を考えて、だったはず。
でも会って確信したわ。この子は間違いなく私の魔法に干渉するような子じゃない、普通の子よ。
なにせ私の使った遠見の魔法は、間に媒体を挟まないという高等なもの。幻想郷広しといえど、これを発動できる人間ないし妖怪は限られてくる。
つまり自然と、私が容疑者に含まれるのだ。力のある小悪魔ならそれに気づかないはずはない。しかも折よく私が倒れた。いくらなんでも何かあると怪しむものだろう。
しかしインは見舞いに来た。別に来なくても怪しまれないのに(見舞いに来なかった小悪魔は普通にいた。数が合わなかった)、至って普通な様子で、何か言いたげにするような挙動もなく、彼女は来た。
間違いない。あの魔法妨害の犯人はインではない。
「ありがとう」
「どういたしまして。ところで、あの、パチュリー様。寝転がった状態からどうやって書きなさるのですか」
……ほら、私の奇妙な行動に対してもちゃんと言ってくれるほどに普通だ。
「あのう、もし書けないのであれば代筆しましょうか」
インがすっと手を挙げる。何この子、めちゃめちゃ普通なんだけど。誰よ小悪魔全員カタギじゃないとか言った奴。後で締め上げてやるわ。ってそれコアじゃない。またあの子の余罪が増えた。それもメモしてもらおうかと思ったけど、まあそれは決意じゃないし、後で自分で書きましょう。それ以外の罪は何って問われたら私のことまでバレかねないし。
「ならお願いするわ。はい」
「はい。ところで、なんて書くんですか?」
「『筋肉5kg』」
「……なにか錬金術でも始めるんですか?」
「いや、筋トレよ。脂肪は燃焼できても、筋肉をつけるのは魔法じゃ難しいの。あ、それと『AMB』ね」
「はぁ」
「自力で口を抑える力が残ってるのがほんとに凄いわ。渡しましょうか、私の魔力」
「たっ、…………! のん……だ……」
「おーけい」
フランドールが羽の飾りを二つ外し、私の首に突き刺す。……容赦無くない? 右手に刺してもいいのよ? ……そこそこ痛いんだけど。というか前分けてもらった時はそんな工程無かったわよね? ……やっぱまだ怒ってないか。
「…………すー……はー」
激しい痛みが続く中、とにかく落ち着くための深呼吸。あー、魔力が効くー……
「ふっ」
「!? ごぼっ!」
ちょっ! フランドール! やめっ、そんな勢い良く流し込まないで! 溢れる! 変なとこから溢れちゃうって! あっ、ああっ!
「ふぅ。体が回復するまでにかかる時間を破壊したわ。これで筋肉痛は消えたでしょう……どうしたの」
「…………ふっ。何でもないわ。ありがとうフラン」
意味深なセリフで興味を引きつつ、特に理由はないけれどフランの死角へコンデンスドバブルを運ぶ。そのまま少し黄色く染まったバブルを排水口へシュート。よし。
「ところで、これがあるなら最初からやっても」
「最初からやったら反省しないでしょ?昨日と今日の痛みはぜーんぶ必要経費。きっちり自分の中に落としておきなさい」
「……はい」
高密度魔法が使えるほど高度な魔法使いなら暴走の怖さは身を持って知ってるから興味本位で暴走させたりなんてしない
ディゾルブスペルを通したとはいえ、あれを受ければ集中が乱され、自立魔力を開放してしまう。といって、ディゾルブスペルに全力を注いでいるからあれに対処する魔法は使えない。だからイタチごっこだろうとこれしか方法が無い。
それはつまり、回避方法ができる以前に高密度化されたか、使用者が意図的に自立させたかのどちらかだ。でも後者はありえない。高密度魔法を扱えるような魔法使いが、暴走の怖さを知らないはずがない。
加えて、この場合の使用者はインなのだ。自立魔力に指定されている魔法は認識歪曲で、それが叶えようとしているのはインの望んだ普遍。従って使用者はイン。つまりありえない。
だから前者でしょう。こっちだと数千年単位で自立魔力を維持していることになるけど、後者より筋は通る。それに努力を認めて給料が足せるから素晴らしい。問題はそれを遠慮なく私が消していいのかってことだけど。