地底で最も必要なことはなんだろうか。
 「腕っぷしの強さ」と答えた者もいる。
 「酒の強さ」と答えた者もいる。
 だが、弱小妖怪である私は違う。それはこういう状況の時に最も必要なものだ。
 
 「おう!地霊殿の妹じゃないか!どうだ、一杯やっていかないか!」
 「よっ、そこの綺麗な羽のお嬢ちゃん!どうだい、こっちで一緒に飲まんかね!」
 「うん?おお!お前、あの地上の指名手配犯やないか!ほれ、飲み比べやってかんか!」
 
 「――結構だ!!」
 答えは「声の大きさ」だ。
 
 
 「ったく、どこもかしこも連日祭り、飲み会のパレードじゃねーか!だから地底は嫌いなんだ!」
 ガヤガヤと喧しい旧都の真ん中で私は叫んだ。
 地底の中心街、ここ旧都はいつ来ようが常に人混みだらけだ。その理由は人混みの大半を占める地底妖怪の宴会である。今は秋で新酒が美味しいからと宴席を設けているのだ。が、ちょっと前は暑気払いと言って飲んでいた。要はとりあえず飲みたいのだろう。
 その意気込みは凄まじく、一歩歩けば飲み会に誘われ、二歩歩けば酒盛りに誘われ、三歩歩けば宴席に誘われる、まさに酒飲みの魔境。そこを無事に通り抜けるには、酒の強さや腕っぷしより、はっきりと断るための声の大きさが重要視される。はっきりと断らなければ強さ比べ(鬼相手)を挑まれることもあるため、私にとっては命がけだ。まったく、
 「本当、どうして毎回こんなにも酒席だらけなのかしら。地底は静かな方が地底らしくて好きなのだけれど」
 「……ああ、まったく反意だよ!封獣!」
 嫌々ながらもその通りだ。私も静かで一人になれる場所が多い地底の方が好きなのだが、こいつらは好き好んでうるさくする。鬼は最も嫌いな種族の一つだ。もっとも、飲み会に誘われまくっている後ろのこいつも鬼といえば鬼だが。
 「ほう、姉御と同じ金髪……さてはお前、強いな?ならば勝負だ!飲み比べで!」
 「ごめんなさいね、ミスター。今は急ぎなの。これくらいで許してくれないかしら?」
 「ん?――おお!右腕が切れよった!けど綺麗に切れたから繋がりよる!すげえ!」 
 訂正。鬼といえば間違いなく鬼だ。突っかかったあいつも悪いが、話しかけてきた相手の腕を切る奴が鬼でなくてなんだと言うのだ。
 「たぶん一番早いからね。ある意味正しい対応だと思うわよ?」
 前にいたはずの古明地がいつの間にか隣にいた。どうやらこいつも接近癖があるようだ。
 「じゃあお前もたまにあれやってんのか、古明地?」
 「まっさかぁ!私はあんな綺麗に切れないわよ!」
 「そこじゃねーよ。つーかお前、なんでここいるんだ?みとりについてって案内するんじゃないのか?」
 「んー、『よく考えたらお客様が来るのに片付けていませんでした!すみません、先に行きますので二時間後くらいに来てください!』だって。」
 「…………」
 ……今更何を言ってんだ。もう怒る気も失せたぞ。つーかこの人混みの中どこでゆっくりしろというんだ。
 その私の表情の変化を読み取ったのか、古明地が言った。
 「あ、大丈夫だよ!もう場所はとったから!」
 「……不安しかないんだけれど。」
 向き直って封獣が言う。今までにない心の一体感を感じたが、それを言うと殺し合いに発展しかねないので口をつぐむ。
 「そんな心配しなくても!もうフランちゃんは到着してるよ!」
 わお、リーチ。フランドールの今は急ぎってそういう意味かよ。逃げ場まできっちり塞いで、しかもこれが無意識だというのだからタチが悪い。
 「どこだよ。場合によっては私は拒否するぞ」
 だか私は諦めない。これが最後の悪あがきだ。神よ、私に今一度チャンスをくれ。そうすれば
 「あれ!」
 古明地が指で指し示した方へ、ほとんど無意識的に顔を向ける。
 今でも私は思う。この時首を回したのは私の生涯の汚点だと。最大の、とは流石に言えないが。
 
 「ハッハァー!さあさガンガン飲め!飲まないと冬は越せないぞ!……ん?おお!お前は!」
 そこに居たのは長い金髪の女性。右手には杯。左手には酒瓶。――そして額に赤い角。神はチャンスをくれたが貧乏神だったらしい。てっきり今日の不運は使い果たしたものかと思っていたが、どうにも最近の貧乏神は羽振りがよかったようだった。
 「な、なん、お前、ここ、ひ、人違いだ!いらない!帰る!やめろぉ!こっちに来るな!」
 こちらにずんずんと歩いてくるその妖怪に私は聞き覚えがあった。あってほしくなかった。噂と寸分違わない、勇ましい体躯をした鬼が、私の首に手を回す。死んだ。
 「そう言うなよ!久しぶりの再会だ!さあ飲もう!おっ、地霊殿の妹と寺の回し者じゃないか!こいつは楽しくなるぞ!」
 私は思い切り息を吸い込んだ。タメ息のためなどではない。地底で最も必要な能力を発揮するためだ。最期の抵抗のために。
 
 「嫌ああああぁぁぁぁぁあああ!!!」
 私の声は遠く、地上まで響いたかもしれなかった。しかし、現状打破すること叶わず。
 私が今際の際に聞いたのは、古明地の「えっ?知り合い?」というとぼけた声だけだった。