通ってきた扉が自動的に閉まる。
 「おおう?一体なんなのだ、これは?」
 こころはひとりごちた。洞窟の穴の向こうにあったのは、石で作られた部屋だった。石の壁に石の天井。部屋の角には複雑な彫刻がほどこされた石の柱。奥には上に続く木で作られた坂がある。手すりも完備だ。
 何よりも目を引いたのは、目の前にある、カタコトと回る水車だった。それが部屋の中心を貫く柱を回している。よく見れば近くに錆び付いた歯車が落ちており、長年使われ続けた機械なのだとわかる。もっともこころに理解できるものは何一つとしてなかったが。
 「ガタガタうるさいな。破壊してやろうか。」
 理解できない音はただの騒音でしかない。そう思い薙刀を出したところで思いとどまる。そういえば地中にも河童がいると聞いたことがあった。この正体不明の物体達は、もしかしたら河童の所有物なのかもしれない。つまりこの場所は河童の本拠地なのかもしれない。だとすれば破壊すればまずいことになるだろう。主に神霊廟とかへの請求が。
 (でもせっかく来たのに何も無いというのもな。上を見ておくか)
 こころは薙刀をしまい、奥の上へ続く坂へと向かった。別に帰ってもいいが、白玉饅頭を我慢したぶんだけの価値は欲しい。面白そうなものがあったらまたこいしとここに来よう。河童の本拠地ならいくらでもそういうものはあるはずだ。そう期待しながら坂を登って――失望した。
 「……。」
 何も無い。くるくると回る柱。その奥の扉。二階にあったのはたったそれだけだった。上を見れば大量の歯車が回る様子が観察できるが、ただそれだけだ。
 
 
 すっ、と般若の面をかぶる。
 「……落ち着け、われわれ。柱にぶつけたところで何も変わらない。」
 薙刀を取り出す。こころの体は、流れるように柱に向けて薙刀を振り抜くモーションをとった。振ってはならない。今ここで壊せばもしかしたら命蓮寺にも請求が行くかもしれない。世話になっている人々に迷惑をかける。それはこころにとって許されないことだろう。
 「いや、でもいいか。白玉饅頭に劣る本拠地など滅ぶがいい!」
 ただ、感情を我慢できる感情があったらの話だった。非情にも薙刀が柱に振られる。木の柱程度ならやすやす切り刻める、妖怪の薙刀が。
 そしてそれがまさに柱に触れんとした時――
 
 「おやおや、物騒な少女ですね」
 すぐ後ろから声が聞こえた。
 「わっ」
 驚きの表情を用意する暇もなく、突然後ろに何かが現れたのだ。前に跳んで距離を取り、向き直る。
 「ふむ、驚かせてしまいましたか。失礼いたしました。」
 「なんだお前は?もしかして河童か?」
 薙刀を構えて戦闘態勢をとる。そして相手の様子をうかがう。
 とても胡散臭い男だった。顔こそ常に笑みを浮かべているが、どことなく笑っていないように見える。服が紫を基調とした青と金、というカラーリングなのも、あのスキマ妖怪のようでとても怪しい。何よりも背負っている大きなリュックと、それに付いている大量のお面がその怪しさを倍増させていた。
 「違いますよ。それよりもアナタ、大変な目にあったようですね…」
 その男は手を左右に広げ、こころに近づいていく。
 「……近づくな。怪しい男。」
 「おや、警戒されますね。私はむしろあなたを助けようとしているのですが」
 男はこころを指さした。その糸目から感情は読み取れないが、確かな自信を感じる立ち居振る舞いだ。だがこころはむしろ猜疑心を持った。それを塗りつぶすほどの胡散臭さだったのだ。
 「助けるだと?私は困っていないが」
 「強がらなくても大丈夫ですよ。アナタの面からは強い感情を感じる。それもアナタの持つ六十六個の面全てからです。」
 「!!……何故それを?」
 まさか初対面の人間にそれを見抜かれるとは思っていなかった。今まで会ってきた人間は、倒しにかかりはすれど面の力まで考察してくる奴はいなかったからだ。こいつは本当に人間だろうか。
 「しかも幸せだけではない。悲しみや怒りを抱えたお面もある。それだけの感情の面に囲まれるとは。アナタは何かと不自由な暮らしをしてきたのではありませんか?」
 「いや、不自由はしていないぞ。毎日が楽しい。」
 そう言うと、謎の男は首を傾げた。
 「おや?それは変ですね。普通の人間が六十六ものお面に適応するなど有り得ないはずなのですが。」
 「人間だと?私は妖怪だ!面霊気のこころ様だぞ!」
 「人間ごときが私を測るなよ。」
 「ふむ。」
 男はあごに手を当てた。しばし考えた後に言う。
 「………………もしやアナタ、面が本体だったり?」
 「む?ああ、そうだ。わたし、キレイ?」
 「………………………………」
 男は一分ほど黙った。そして突然何かを思い出したように上を向き、こちらに向き直ってずんずんと歩いてくる。
 「な、なんだ?私はただの妖怪だ、それ以上近づいたら撃つぞ」
 その言葉は男の耳には届いていないらしい。構わずにこころの目の前まで近づく。
 「ひっ……」
 こころが思わず悲鳴をあげる。その瞬間、男がこころの両肩を掴む。
 「きゃっ!?」
 男は両目を見開き叫んだ。
 
 
 「素晴らしい!!」