「ばーか。死ね!運命の神!」
湖に石を思いっきり投げ、世界を呪ってみる。しかし悪態をついてみても、現実は何も変わりはしなかった。
地を踏みしめるのは他人の足。抱えた頭は他人の頭。池に映る私の顔は、決して忘れぬよう記憶に刻み込んだあの顔と同じ。最早疑いようもない。
私の体は、全身すべてジャケット女の物にすげ替わっていた。一体どういうことだ?ぶつかった瞬間、入れ替わりでもしたというのか?いや、そんな展開外来本だけでたくさんだぞ。
けれど落ち着きはしていた。クレイジーカルテットの定例会に出ると、嫌でも幻想郷の情報が耳に入る。その中のとある異変の話がこれに似ていたからだ。
その異変の名は『憑依異変』。相手の身体を乗っ取り、まるで二人が同時にそこにいるかのような状態になる異変だったらしい。
もちろん博麗の巫女や愉快な仲間たちにより解決済みだが、まさか今更になって私が憑依する側になるだなんて。まっこと世界は広いものじゃのう。
「いやいや、老け込んでいる場合ではない。誰かに見つかる前に、早いとこ元の体に戻らなければ。さもなければ……」
「遅いと思って来てみれば……こんな所で何呑気に寝てるのよ、正邪」
「さもなければばば!」
やばいやばいやばい、やっぱり騒ぎ過ぎた!私が居るここは湖のほとり。そして紅魔館があるのも湖のほとり。つまり騒げばすぐに見つかる場所だ!
そして見つかった相手が何よりもやばい!みとりかフランあたりならまだ説得が効いたろうに、よりにもよってなんで封獣ぬえがわざわざ出向いてんだよ!お前私を気にするキャラじゃなかっただろうがぁ!
「ん、あんた誰?私は封獣、命蓮寺の修行者よ。あんたは?」
さらりと目の前で自己紹介するぬえ。しかし正体不明の意地なのかなんなのか、『ほうじゅう』じゃなく『ふうじゅう』と名乗るあたり、警戒はされているらしい。
しかし状況は依然悪いままだ!なぜなら、まだぬえは気づいていないようだが、私の精神が移ったという仮説が正しいなら、私とぬえの間に倒れている私の体は魂が抜け出た、いわば抜け殻のはずだ。
それにぬえが気づいたら一体どうするか?そしてその近くに、いかにも怪しい身元不明がいたら?
……やばい、滅される!
「私はき……きしん。キシンという者だ。」
だ、大丈夫だ。ステイクール。まだ私は生きている。要は怪しくないように、そして私の体を回収してここから退場できればいいのだ。こんな時こそ嘘つきの本領発揮だ!
まずはその一、とりあえず自信ありげに構える!
「キシン?聞かない名ね。もしかしてこいつの関係者?」
「そうだ。実は今日、鬼人正邪と約定をしていてな。彼女は忘れていたようだが。だから、今日のところはここで帰ってくれないか?」
その二、ボロが出る前に話を切り上げる!こう言いながらこうやって私の体を担ぎあげれば、「ああ家庭の事情なんだな」って感じで引いてくれるはずだ!
「……そう。なら仕方ないわね。」
「ああ、すまないな。ではこれで」
っしゃあああ!いった!あとは私の家にでも帰って対策を練ろう!とにかくここから離れたい!とにかく――
「待った」
「…………」
無いわぁ……それはないわァ……
空気読もうよ、封獣ぬえ。お前小さい時に他人が会話してるところにいきなり話しかけていったタイプだろ。なんでここでそれ発揮しちゃうかなぁ……
「貴女、どうにもおかしいのよね。そいつを連れていくよりも先に、やることがあるんじゃないかしら?」
「……何のことだ。」
あれ?私思ったより疑われてる?え、何、そんなに怪しかったの今の。