心地よい振動だ。
まるで心音に呼応するかのようなそのリズムは眠気を誘うには十分だった。辺境の地に追いやられた私でもその音楽を聴いた時には反逆の念を忘れたものだ。
ゆらゆらとたゆたう夢のごとき時間はいつまでも忘れられない。あの時そうしてくれていたのは一体誰だったか。あの羽は――
「はっ!?」
目覚めた場所は誰かの背中だった。周りはすっかり暗くなって……あ、地底か。
「もう、大丈夫?鬼と互角の飲み比べなんてするからよ?」
優しい声をかけてきたのはその背中の主だった。羽邪魔。
「……ああ、大丈夫だから下ろしやがれフランドール。」
「はいはい。」
仕方ないな、というふうにフランドールが下ろす。とっ、と危なげなく地面に降り立つ。私は軽くそのへんを見回した。
静かな場所だった。旧都の外れのあたりらしい。遠くに祭りの光が見える。祭囃子も聞こえる。私は持ち物を確認し、何もなくなっていないことを確かめた。
よかった、と思うと同時に足下の違和感に気づく。見てみると、辺り一帯の地面がしっかりならされていた。何かと思い近くの看板を見ると、ここは地底妖怪の住宅地であるらしい。なるほど、地下ではよりあって暮らしているのか。地上の弱者もこんなふうにすればいいのに。
そう思うついでに先ほどの話を思い出す。会話の限りでは飲み比べ(鬼相手)をしていたらしいが、うまく着地できるほど体のバランスが取れるということは、過去の私は適度なところで止めてくれたらしい。記憶にないけどグッジョブ私。
「……フラフラだったらやってやろうと思ったのに。鬼相手でなんでそんなケロッとしてるのよ」
「あん?いたのか封獣。生憎と適量飲むたちなんでね。まともな飲み比べなんぞ誰がするか」
自信満々に答えたが適当だ。もちろん覚えていない。あの鬼に捕まってからさっきの異常に現実味の強い夢までの間の記憶が抜け落ちていた。
そういえばあの夢はなんだったのだろう。地上に戻ったら店主にでも聞いてみるか。夢にも造詣が深そうだし。
「つまり鬼相手にイカサマしたの?あなたって本当、バカね。」
「まともに飲んで死ぬほうが馬鹿だろうよ」
(……樽飲みのどこでイカサマするんだろう)
古明地が何か言いたそうな顔をしていた。って、
「全員揃ってんのかよ。宴会の途中で抜け出してきたのか?」
「え?ああ、そうよ。そろそろ二時間たちそうだったからね。」
フランドールが伸びをしながら答える。
「っつーことは、あのバカのところに行かなきゃならんのか。帰っていい?」
「「「ダメ」」」
「ちっ。ってか、随分お前らおとなしいな。いつもならもっとテンション高いのに。ま、あんな飲み会なんぞに行けばこうなるか」
「えー、あーそうだね。しょうがないよね。」
生返事の古明地。
「そうよね、鬼相手だものね。仕方ないわ。」
適当のフランドール。
「……真っ先に飲み比べ始めたあんたが潰れなきゃ、私らだってもっと元気だったのよ。」
残当の私。あれ?
「そいつは悪かったな。謝らないけど。」
「殺す」
「あ?」
「あーもー、犬猿の仲なんだから。そろそろ行くわよ。この住宅地の奥がみとりちゃんの家なの。」
奥を指さす古明地。たしかに、あからさまに隔離されたような位置に一つ光が見える。当たり前か。災厄の塊だし。
「そうよ。こうしている間にもみとりの元では一分に六十秒もたってるんだから。」
「それ一緒だろーが」
いつもの掛け合いとともに、私たちはその光を目指して出発した。