「……てめぇ、ふざけんじゃねーぞコラ。」
 「いやいやいや、巫山戯てなんかいなかったわよ。ただこう、パッとあっちが消えたっていうか」
 確かにみとりは何故か旧都に入った瞬間からフラフラしていて、見失いそうだったのは間違いない。だが、そこではない。
 「そっちはもうどうでもいいわ。そうじゃなくて……」
 私は目の前の家を指さした。
 
 「目的地がわかってるなら最初に言えっつーんだよ!」
 
 
 
 
 
 みとりとはぐれた。
 そう知った私たちはかなり焦った。なぜなら目的地である最初の災難の場所、みとりの家はみとりしか知らないと思っていたからである。
 ともかく、みとりを探すため案が出された。
 一、この場に留まる。(人混みが多すぎて不可能に近い)
 二、聞きこみ捜索。
 三、諦めて帰る。(すぐに却下された。解せぬ)
 というわけで聞きこみで探していたのだが、十分ほどしてから古明地がこう言ったのだった。
 「もうさ、みとりちゃんの家の前で待たない?」
 
 
 
 
 
 「最初からここ来れば万事解決だっただろうが!何がしたいんだお前は!」
 「やっぱりみとりちゃん探すのも大事かなと思って」
 「探すよりも待ち伏せた方が効率いいに決まってんだろが!アホか!」
 地下は私の声がよく通る。そのせいで実は私もうるさくて耳が痛いのだが、そんなことは気にしていなかった。怒りのままに言葉を叩きつける。
 「あのデカさなんだからぱっと見でいないなら居ないだろ!だったらさっさと教えろよ家を!」
 「でも」
 「つーかあいつはなんで頼んどいて消えてんだよ!最後まで責任持ちやがれ!」
 「……私に言われたって知らないわよ!」
 ついに古明地も叫び始める。二人の声は反響し、強め合い、さらに大きくなる。
 「……やれやれ。私としては早めに終わるならなんでもいいのだけれど。若いと威勢がいいわね。で、どうするの、リーダー?」
 後ろで封獣がフランドールに何か言っている。馬鹿にされている気しかしないが後回しだ。
 「大体な!お前は毎回分かったふりし過ぎなんだよ!ちったぁ周りに相談して考えろ!迷惑なんだよ結果的に!」
 「正邪ちゃんだって時々好き勝手動いてるくせに!そういう時の後処理は私たちが動いてるんだよ裏で!分かってるの!?」
 「……プトリック』」
 後ろでフランドールが何かを唱える。それもまた後回……えっ、唱える?
 「知ったことか……ってちょっ、てめ、おおお!?」
 「わっ、わっ、わわわ!」
 「まっ!巻きこんでる!私もろともいってるって!」
 私の疑問は一瞬にして氷解した。私の隣を弾幕がかすめたかと思うと、次の瞬間広い洞窟が弾幕で埋め尽くされる。
 やばい。ついに切れてしまった。今撃った弾幕は禁弾『カタディオプトリック』。地面や壁の跳ね返りを利用し、軌道を読みづらくさせ、直線の弾幕でとどめを刺す、フランドール七枚目のスペルだ。ただし跳ね返りを利用するため、安置が存在せず、誰かを守りながら撃つのには向かない。それは弾幕を必死に避けている封獣が証明していた。
 「……こちとら風邪気味なのに来てるのよ。なのにどいつもこいつもうるさくてうるさくてしょうがないわね。頭に響いてガンガンするの。これ以上やるようだったらここごと生き埋めにするわよ。閻魔に一度会っておけば少しは反省するでしょう。バカは死ななきゃ治らないって言うしね。あなた達なら死んでも帰ってこれるでしょう?私は信頼してるもの。だったら今死ね、すぐに死ね。今ならサービスで4/2殺しで済ませてあげる」
 あ、ブチ切れてる。というか、風邪気味なのは今知ったんだが。それを察しろとはなかなかフランドールも言うやつになったものだ。最初会った頃はあんなに……最初からああだったな。
 関係の無い思考が頭の中を駆け巡る。こういうのをなんと言うのだったか。走馬灯?
 「現実逃避してる場合じゃないわよ、天邪鬼!」
 封獣の一喝する声で私は正気に戻った。ギリギリで弾幕を避ける。
 「はっ!わ、ととっ!」
 「正邪ちゃん、上!」
 こいしが叫ぶ。上?
 「お、おわわわ!」
 見上げるよりも先に体が動いたのは本能というやつだろう。生物の積み上げたそのシステムがなければ、私は上からの岩塊に命を託すところだった。
 「……っ!」
 避けながら周りを見る。前からは弾幕。上からは弾幕で破壊された天井。よく見れば周りも少しずつ破壊され広くなっていっている。このままでは崩落、ともすれば落盤もありうるだろう。
 「なんだありゃ、威力おかしいぞ!?ちぃ!古明地、休戦だ!封獣!先にあれ止めるぞ!」
 「りょーかい!」
 「……共通の敵システムってやつかしら。」
 「なんか言ったか!?」
 「何でもないわ。やるわよ!」
 三妖が飛びかかる。だが、なかなか近づけはしない。頬を掠めていく弾幕はその異様な熱量で僅かに、だがたしかに体を焼き焦がしていく。そう長くは戦えないだろう。
 「……おい!フランドール!」
 私はフランドールに向かって叫んだ。だが、奴は全く聞いていないようだ。息を吸いこみ、次のスペルカードをかまえる。
 「禁忌……」
 |まだ、スペルが続いている状態で。<<・・・・・・・・・・・・・・・・>>
 「まずい!スペルが同時発動される!」
 「は、はぁ!?何よそれ!反則じゃない!」
 封獣の言うことは最もだが、反則ではない。幻想郷の決闘規則、スペルカードルールにおいて定義されるのは『決闘に美しさを持たせること』とか『避けられない弾幕を撃たないこと』などであり、スペルを二つ撃ってはならないとか書いてない。
 ちなみに、弾幕の威力も『一撃で死なず、殺し合いにならない程度』としか書いてないので、妖怪相手なら岩を破壊するほどでも構わない。いや、構うけど。
 「『フォー……」
 「ちょっと、何ぼーっとしてるの!どうすんのよ!間に合わないわよこれ!」
 いや、間に合わないなんてものじゃない。奴はスペルカードをこちらに向けてかまえているのだ。スペルカードルール第二条。
 「ねえ、こっちにスペルカードを見せてるってことは……」
 スペルカードを使う際には『宣言』しなければならない。ただしその際、|声を出す必要はなく、何を撃つかがわかれば良い。<<・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・>>
 「ビ……」
 
 
 「……別に全部唱えきらなくても発動できるよね?」
 
 
 その一言とともに、新たな弾幕が形成された。許されぬ楽園の知恵の実を表した、フランドールの試作スペル。禁忌『フォービドゥンフルーツ』。
 フランドールの持つスペルの中で、もっとも避けさせる気がないスペルだ。当然である。これは弾幕ごっこ用ではなく、文屋に撃つものだからだ。それが岩を削るような威力で飛んできている。ああ、流石に死んだな。
 弾幕が逃げ場を消していく。私は悟った。四方から迫るその弾の壁からは、今持っている反則アイテムでは確実に逃げられない。
 隣の二人は驚いた顔のまま固まっていた。無理もない。突然死が襲ってきて平然としていられるものなどそれは生物ではない。その意味では二人ともとても人間らしくて、私は少し笑ってしまった。
 不意に、ほとんどの反則アイテムを地上に置いてきたことを後悔する。あいつがせかさなければ、このアイテム以外にも持ってこれたのだが。それに、もっともっと使ってやれただろうに。
 すまない、道具たちよ。
 申し訳ありません、姫様――。
 
 
 
 
 
 
 
 「そこまでです」
 不意に、弾幕が晴れた。
 
 
 
 
 
 
  「あちゃー、やれやれ。ずいぶん派手にやりましたねえ。」
 その声はフランドールの後ろから聞こえた。ドサリ。と、同時にフランドールが倒れる。こちらを指さしている赤い影が、丁寧な物腰とともに呑気に歩いてくる。
 「……」
 対する私達は一言も喋らなかった。目の前にいるのは争いの元凶であり恩人。複雑な気持ちにもなるだろう。
 「……よう、何十分ぶりじゃないか。何してやがったんだみとり?」
 ま、私はそんな空気は読まないが。
 「やー、すみませんね。つい良さげなキュウリがあったもので。ついでに酒も。飲みます?」
 みとりが懐から瓶を取り出す。
 「……フランちゃんは?大丈夫なの?」
 次に古明地が口を開く。しかし最初に出るのがそれとは。私には到底理解できない境地だ。
 「ああ、問題ありませんよ。近づいてちょっと活動を『禁止』しただけですので。」
 「活動を禁止ですって?」
 封獣も話し始める。ただ膝が震えている。今更だがこいつ、もしかしてヘタレなのでは……
 「私の能力です。まぁそれは今関係ありません。私は調査を頼んだのですから。」
 「……は?」
 「おや、お忘れですか?私は悪運の原因を突き止めてくれと言ったはずですが」
 その言葉を最後まで聞いた瞬間、私は目の前が白くなるのを感じた。頭が熱くなったかと思うと、体が無意識に駆け出し、みとりの胸ぐらを掴む。
 私は今の状態を適切に表す言葉を知らない。が、感情の名前は知っていた。
 「…………」